数コール後、先生と電話がつながる。

『失敗したな?』

 開口一番そう言われ、俺は苦笑いを浮かべた。今は家の自室に戻り、金指先生に今日の成果を報告している所だ。

「言われてみれば、シミュレーションの結果、先生がシステムの履歴を見たら、わかるんですよね」

『お前にしては、気づくのが遅れたな。まぁ、それだけ一杯一杯だったってことか』

「……そう、みたいですね。瑠利子の身勝手な行動に、イライラしていたみたいで」

『おい、川越。お前――』

「わかってますよ。アイリスにも言われました。お前は協力の意味を知っているはずだ、って」

『ほぅ』

 金指先生が、興味深そうに唸る。何が、ほぅ、だ。

「でも、瑠利子のやつ、何であんな行動しか取れないんだ? 少し考えれば、自分が敵に塩を送ってる事に、気づきそうなものなのに」

『お前、敵に塩を送る、って言葉の意味、知ってるか?』

 俺が何か言い返す前に、金指先生は先に言葉を続けていた。

『敵に塩を送るって言葉はな? 諸説あるが、当時武田信玄が同盟していた今川氏真との関係を悪化させ、塩の供給を止められたのを知った上杉謙信が、塩を送ったのが語源とされている。敵であっても、苦境の時は助ける、と、そういう意味だな』

「敵であっても、助ける……」

『なぁ、川越。お前――』

「わかっています。瑠利子は間違いなく、俺の敵じゃない」

『わかっているなら、いい』

 そう言って笑った後、金指先生は一方的に電話を切った。そしてそのままスマホを操作して、俺はある吸血鬼の連絡先を表示させる。

 画面に表示させた文字は、勝呂瑠利子。俺は一息つくと、通話ボタンを押した。ただ機械的に流れる通話音。それが永遠に続くのではないか? と錯覚しそうになる。でも幸い、それは俺の勘違いだったようだ。

『……なーに?』

 聞こえてきた、少し枯れた様な声に、俺は自然とこう言っていた。

「ありがとう、出てくれて」

『……バーカじゃないのぉー』

 貶されているにも関わらず、俺の口は笑みを刻む。

『とーまからの連絡なら、出るよ。あーし』

「……そうか」

『それでぇー、何のよーじ?』

「お前、何で学校、退学したくないんだ?」

『……どーゆー意味?』

「俺達とペアリングして、課題に取り組んでるって事はさ。学校、退学したくない理由があるんだろ?」

 そう言うと、瑠利子は少し黙った。そして、小さく、こうつぶやく。

『……好きなの、あーし』

「え?」

『がっこー、好きなの』

 今まで聞いたことのない憂いを帯びた幼馴染の声色に、俺はわけもなく落ち着かなくなる。そんな俺に気づいた様子もなく、スピーカーから瑠利子の声が聞こえてきた。

『好き。がっこーが、好き。こんなバカなあーしでも、ダメなあーしでも、そのがっこーの生徒だ、ってだけで、むじょーけんで受け入れてくれるみたいで、ここに居ていーんだ、って思えるから、好き』

「何もしなくても学校に通えるのは、中学校までだぞ」

『そーだよ? このがっこーに入れたのも、たまたま推薦が取れただしねぇ。あーし、自分じゃ、何も考えられないからさぁー』

 その声と共に、クッションが潰れるような音がした。瑠利子は今、ソファーかベッドに横になったのだろう。一方俺は、彼女の言葉に首を捻る。

「でもお前、そんなに成績悪くなかっただろ? 何でそんな――」

『あーもー、やっぱりとーま、わっすれってるーぅっ!』

 俺の言葉を遮って、克実が抗議の声を上げる。

『とーまが、最初にあーしに言ったんだからね? あーしがこーなったのは、とーまのせいなんだからーぁっ!』

「最初?」

 そう言って俺は、瑠利子と出会った時の事を思い起こした。

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