第350話 姉妹丼と親子丼

<<マ国軍 旗艦シンクウ 作戦会議室>>


「聞いておる」と、イセが言った。


めちゃめちゃ不機嫌だ。

イセは、旗艦シンクウの作戦会議室の椅子にどかりと座り、頬杖をついている。俺とディーは、とりあえず立ったままだ。ここには、イセと俺たちの3人しかいない。イセが、俺達の顔を見るなり人払いをしてくれた。護衛は部屋の外にいる。


ガイアの話をディーに聞いた後、困った時のイセえもんとばかりに、イセのいる巨大移動砦におじゃましたのだ。


そして、ガイアの話をしたら今に至る。まあ、不機嫌になるのも分かるけど。今回は、ラメヒー王国の公爵令嬢が、核兵器用の核物質を持って逃げたのだ。


「どうしよう」と、取り合えず言ってみる。


「どうしようもないな。タマクロー家の人物がアレを奪ったと言うことは、何時何処で起爆されてしまうか分からんということだ。アレの爆発に巻き込まれてしまったら、確実に死ぬ」と、イセが言った。


イセから、何故だか少し後ろめたい気持ちが流れてくる。おそらく、『サイレンの兵器』について、俺に黙っていたことに対し、バツが悪いのだろう。イセは、どうもそういうところがある。面倒臭いことは、一旦秘密にして、後に投げてしまう。


しかしな・・・まさか、イセ達が核兵器級の爆弾を持っていて、それを実戦配備させていたとは。


だが、それは第2世界の核兵器とは少し違う。いや、起爆方法が違うと言ったところか。

その起動方法とは、ドワーフ族という古の種族の体内に爆薬を宿し、魔術を用いて起爆させるというもの。


そして、ディーが言う所の『核兵器そのもの』、その理由とは、本当に核物質を使用するから。


細かく分けた超高濃度核物質を、キャリア役を務める人物の体内に宿し、敵地に移動した後、それを合体させて起爆させる。それが『サイレンの兵器』と呼ばれるもの。古の時代、大破壊より前の時代より存在する最強の破壊兵器。


今回は、カテジナーテに埋め込まれていた核物質を、ガイアナーテが奪った。そして、ラメヒー王国の移動砦が石積製であることをいいことに、ガイアは土魔術を使用して門番に気付かれずに移動砦を脱出したようだ。


結局、世界が変わっても、は、ほぼ同じものが存在していた。なんだか、とても悲しい。


だけど、曲がりなりにも、この世界で核兵器の存在を知るものはほぼいない。それは、殆ど使われて来なかったと言うことなんだと思う。


ある意味平和だったんだな。マ国は、戦争で国土の大半を失ったけど、それでも核兵器はほぼ使用してこなかった。当時のマ国の為政者の考えや、マ国と核兵器の管理者である古のドワーフ王国の関係は、まだよく理解していない。だけど、少なくとも、マ国の為政者は、かなり理性的だったのだろう。


さて、思考を戻そう。


その、第1世界バージョンの核兵器が、ガイアによって持ち出された。


何故? 目的は? まあ、目的は、姉であるカテジナーテを守るためか、若しくは、自分が核兵器になって、モンスターに特攻するためか。おそらくだが、それは後者、すなわち、特攻だろう。かつて、王城でガイアと戦争観について語り合った事を思い出す。あいつは、国を守るために命を掛けることは、美徳だと言っていた。


だからガイアは、ここで命を掛けようとしている。スタンピードを消し去るために。


「すまん。すまんなあ。タビラ・・・」と、ディーが泣きそうな顔で言った。


ディーから、後悔と怒り、そして悲しみの感情が流れてくる。


「今回のキャリアは、カテジナーテだったんだ。第2世界のC国に亡命しようとして、太平洋沖で拿捕された、ガイアの実の妹だ」と、ディーが言った。


今回は、罪人を自爆兵器に仕立てたということだろうか。人権問題に厳しいラメヒー王国にしては珍しいと思った。いや、自爆兵器を持っている時点で、人権も何もない気がするが・・・


「我がタマクロー家は、核物質の番人なんだ。国を守るため、核兵器のキャリアも多くがタマクロー家が担う。本来、今回のキャリアは、オレだったんだ。だけど、オレが、お前と、その・・・」


ディーが、自爆兵器の使用者・・・か。

複雑な気分だが、国を守る、一国の独立を守るとは、そのくらいの気概がある集団がいないと成り立たないのだろう。ラメヒー王国においては、それがタマクロー家だったということだ。理解はできる。理解はできるが・・・それは、あまりにも過酷なことだと思った。


言葉が出ない。


俺が無言でいると、ディーは、「オレは、子を産む気はなかった。だから、オレがキャリア候補だった。だけど、だけど、オレは・・・お前と・・・」と言った。


「まさか、俺とお前が男女の仲になった。だから、お前が外されたと?」


「そうだ。だから、代わりに脳死状態のカテジナーテに。そして、それを奪って今度はガイアが」と、ディーが言った。ディーは、とっくに破顔して涙を流している。


おそらく、核物質を体に宿すと、炸裂させなくても人体に悪影響があるのだろう。だから、恋人がいるディーは外されたのか・・・ディーは公爵家の長女。世継ぎをつくるのも仕事のうちなのだろう。これまでは、恋人をつくる気が無かったため、キャリア候補だったということか。


「ガイアは・・・ガイアは、お前の事が、好きだった。だけど、オレがお前と、その、繋がってしまったから・・・おそらく、絶望したんだ」と、ディーが言った。ディーは、ずいぶんと気分が沈んでいる。


俺は、自分を悔いる。

だって俺は、ガイアの気持ちを知っていた。ここでは、日本人的価値観は通用しない。嫁との問題が解決してからは、重婚なんて気にする必要が無いことも知っていた。それでも、俺は、ガイアを気にしてやれなかった。


後悔する。何故こうなった? いや、どうやったらいい? どうやったら解決する?

足りない頭で考える。


俺は、一つの解決策に至る。そして、「ディー。俺たち、結婚しよう」と言った。


「え?」


「もちろん今からだ。はい結婚」と言って、目の前のディーを抱きしめる。「俺とお前は、もう夫婦だ。うん。今度子供もつくろう」と続けて言った。


多分、俺たちに国の法律なんて関係ない。結婚と宣言したら、その瞬間から結婚なのだ。


「う、うん。だびらぁああ」


ディーが馬鹿力で俺を抱きしめ返す。あばらが折れそうだ。


「だがなあ、ディー・・・」


「何だ? タビラ。エロいことか?」と、ディーが言った。


「そうだな。俺はエロい。しかも変態らしいからな。だから、姉妹丼を試したくなった」


「お前・・・俺とガイアを一緒に抱くつもりか?」と、ディーが俺の腰回りを抱きしめながら言った。


「そうだ」


「うん。あいつは嫌がるかもしれないが、オレが押さえつけておいてやる。だから、だからガイアを頼む」と、ディーが言った。


ガイアは、恐らく、空から移動するだろう。

ならば、マルチロール? いや、移動はおそらく岩手ガンテだろう。


俺は見た。移動砦軍のヤードに、大量の岩手が準備されているのを。その一つを奪えば、簡単にモンスターの大軍に突っ込む事が出来るだろう。

本来あれは、一人で飛ばせるような代物ではない。

だが、今は、『魔王の魔道具』のお陰で、個人でもとんでもない量の魔力を保有できる。

制御は1人でも出来るため、今は個人で岩手の運用ができるのだ。


それに、レーダーに関しては、少し孔がある。


敵味方識別信号は、移動砦を含む空軍と戦車にしか付けられていない。


個人には付けられていないのだ。なので、本来であれば地上で動き回る歩兵は、敵と区別が付けられず赤く映る。


だが、混乱を避けるため、城壁上にいる動く物体は、敵とも味方とも判定されない設定になっている。


だから、岩手を奪って味方信号をオフにした場合、味方陣地の近くにいる限り、レーダー的にはステルス状態になるのだ。

また、上空に味方信号を出している飛行機が多ければ、逆に味方識別信号をオンにし、それに紛れることも出来る。その後、敵のいるエリアに入って敵味方識別信号を切れば、レーダー的に敵に紛れてしまい、発見は容易ではなくなる。


まあ、ここまでは最悪の想定。だが、やりようはある。


意を決し、チラリとイセの方を見る。


イセは、「行ってこい。だが、最後はここに、帰ってこい」と言った。イセは、一瞬悲しそうな顔をするが、直ぐに気丈になる。イセは強いな・・・


イセ、俺の嫁。


今度、親子丼するか? と、イセから意識が流れてくる。


とても不思議な感覚・・・これは精神感応の極意、思考の読み取りなのか? トモヨには、まだそんな能力は無いと思っていたけど。


それ、イセ様が送ってきてんの。高度な精神感応術者は、そういうこともできる と、トモヨが言った。


そうか。人に聞かれたくない話だからだろうか。でも、オキタとイセの親子丼かぁ・・・いや、ガイアとその母親の事なのかもしれないけど・・・


親子丼は冗談じゃ。わたしも、ついて行こうか? と、イセから意識が流れてくる。


だが、俺は『一人で行くさ』と考えて、そのまま振り返らずに部屋を出る。後ろから、ディーがついて来るのを感じながら。


イセは大人しく、そのまま部屋に残った。どうやら、意外と信頼されているようだ。いや、こういうときは、夫を立てる性格なのだろうと、勝手に解釈することにした。



・・・・

<<空母シンクウ 飛行甲板>>


歩いて巨大な飛行甲板に出る。後ろにはディーと、廊下で合流した護衛のマダコがいる。マダコも、実は俺の嫁だったりする。まだ、したことはないけど。


さて、マイファイターでガイアを探すかと考えていると、そこに懐かしい機体とそれを準備しているメカニックがいた。


超音速ファイターと、エウさんだ。エウさんも、俺の嫁。今回、観戦武官扱いでマ国軍にいるとは聞いていたけど、ここにいたのか。


俺は、歩いてエウさんの前まで行く。


「エウさん・・・」とだけ言って、次の言葉が出てこない。俺も、緊張しているのだろうか。


「これが、必要かなと思って」と、エウさんが超音速ファイターを見上げて言った。


相変わらず、不格好な機体だ。

直径2mくらいの円筒形を横に寝せ、その上に操縦桿と座席が乗っている。


初期型と少し異なるのは、小さな尾翼や水平翼が付いたのと、座席が前後の復座になったこと。


そのヤラレメカみたいなロボットが、巨大な飛行甲板の一角に駐まっていた。


エウさんは、頭のいい人。おそらく、ガイアが行方をくらませた後、俺が探しに行く事を予想していたのだろう。


そこが、死地かもしれないのに。


それでも、そのための道具を準備する・・・俺は、良い嫁を持ったなぁ。


エウさんとディーがチラリと目を合わせる。無言だが、どこか対抗心のような感情が流れ込む。今ここにおいて、喧嘩しないで欲しいが。


いや、違うか。この超音速ファイターは、。一人は操縦、もう一人は空間バリア制御員だ。


俺以外に、もう一人乗ることができる。つまりはそういう事だろう。


だが、ディーは、目の前の機体を見つめ、「オレは、これの操縦はできない」と言った。少し悲しそうだ。


「ここは任せて。絶対に連れ帰ってくる」と、エウさんが言った。


つくづく良い嫁だ。ディーは、エウさんに一定の敬意を払っているらしく、大人しく引いた。


さて、どうしよう。俺が今から行うのは、モンスターに突撃するであろうガイアの捕縛。間に合うかどうかも分からない。ガイアの起爆の方が早ければ、確実に死ぬ。


こんな事に、巻き込みたくはないが・・・一瞬、八重に相談すべきかとも考えたが、あっちは今ラスボス戦だ。


それに、相談したところで、この状況はどうしようも出来ない。いや、《次》のためには情報があった方がいいのかもしれない。


思考に沈みそうになったその時、超音速ファイターの操縦桿に付けられた電子モニターに通信が入る。


すぐさまエウさんが操作し、「正体不明の飛行物体が南下、おそらくこれが・・・」と言った。


やはり、飛行物体で南下か・・・


「でも、これは変ね。もうかなり進んでる。なんで気付かなかったの?」と、エウさん。超音速ファイターのレーダー画像を見ている。この機体は、いつの間にかハイテク仕様になっていた。


レーダーには、北上する赤いエリアから逃げるように、白い点が多数蠢いている。その中には、敵地で動かないものもある。おそらく墜落した機体だろう。ガイアは、それらに紛れ、発見が遅れたものと推察される。


「俺は行く。ディー、このことを、八重に伝えてくれなか?」


「あ、ああ、必ず。直ぐに行く」と、ディーが言った。後ろにはマダコもいて、頷いている。どうやら、ディーにはマダコが付いてくれるようだ。頼もしいな・・・


俺は、「エウさん、行こう」と言った。


エウさんは、「OK」と言って、嬉しそうに超音速ファイターに飛び乗る。


エウさんは俺の嫁。ならば、一緒に死地に行ってもいいはずだ。いや、死ぬつもりは毛頭ない。

嫁を、一人増やしに行くだけだ。


俺は、エウさんの後ろの座席に、勢いよく飛び乗る。


エウさんは、「エンジン始動、反重力展開」と言って、運転席のレバーを操作する。


その直後、異世界産ジェットエンジンが始動した。

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