第219話 水政くんの報告と五稜郭築城準備 10月中旬

<<首相官邸 内閣官房室>>


会議室には、水政氏と官房長官の2人。水政氏が先に提出していた異世界お忍び旅行の報告書のヒアリングが行われていた。


「報告は読んだ。改めて問うが、日本人は誰一人欠けておらず、しかも元気に暮らしていると?」と、官房長官が言った。


「はい。約600人、全員いるとのことです。誰に聞いても同じ回答が返ってきます」と、水政氏が返す。


「しかも、このラメヒー王国は、日本人にも基本的人権を認め、さらには子供達の教育を受けさせる権利に同意し、勉強の機会を与え、しかも住宅や食費まで含めて無料とはな・・・」


「大人達の住居も、引っ越さない限りは無料にしていたようです。さらに、税制優遇まで」


「文明はともかく、人権意識は高いようだ。貴族が強い権力を持っているとはいえ、国の要職は選挙で選ばれている。基本的価値観は我が国と共有できそうだ」


「貴族はギルドの元締め的な意味合いが強いです。いや、この国はおよそ300年前に成立した国家です。そういう意味では貴族のまねごとをしているようなものでしょう。いわゆる中世ヨーロッパの貴族とはまた異なった概念だと思います」


「そうか。政治も善政とか?」


「司法は領主が司っております。ですが、領主も貴族ですから、彼らは経済、警察、それから司法権を握っていると言えます。しかし、街にはスラムもありませんし、ゴミ一つ落ちていません。みな生き生きとしておりましたし、善政の様に感じました」


「周囲に戦争をしているような国家は無しと・・・・」


「ラメヒー王国自体は、他の国家と戦争をしていません。隣のリン・ツポネス国と海峡利権を巡って対立した歴史はあるようですが、今では友好国です。隣のマ国とはとても仲が良い様ですし、別の大陸にもエンパイアという友好国があるようです。ただし、マ国は神聖グィネヴィア帝国と戦争をしております」


「そうか。国家というものは、紛争を抱えていない訳はない。無ければとっくに一つの国家になっているだろうからな。友好国に敵対国がいる程度はなんら問題は無い。宗教問題もないようだし・・よし! ラメヒー王国との国交樹立は問題ないだろう。次は、日本人幹部達だな。カルトや洗脳、賄賂などの状況はどうだった?」


「彼らに、極端に偏った宗教や政治的な発言はみられません。賄賂は分かりませんが、特別裕福な生活は送っていないように感じました。徳済氏は元々お金持ちですから、高そうな服装でしたがね。多比良氏なんかは、いつも同じ服とブーツを身に着けていました」


「そうか。別でもたらされた情報とも合致する。もう、600人失踪事件は事件ではなく、事案、いや事故扱いでよいだろう。勇者召喚をどう捉えるかだが、助けを求める儀式は何処にでもあるものだ。この際、問題視しなくてもよいだろう。それよりも、一刻も早く異世界の国家と国交を樹立し、異世界利権という実を取るべきだ。後は異世界転移のキー。これの入手が課題ではあるな」


「はい。こればかりは数日でどうこう出来る問題ではありませんでした。おそらくですが、トップシークレットと思われます」


「それはそうだ。我が国があちらの立場であっても、自由にはさせないだろう。よし。事件の捜査本部は解散。その方向で行こう。首相には、私から報告しておく・・・」


「分かりました。では、私はこれで」 水政氏は、どこかすっきりした表情でこの場を去ろうとする。


「・・・おい。お前まさか、責任を取ろうと考えているんじゃないだろうな」


「あれだけセンセーショナルに捜査を展開したのです。誰かが責任を取らなければ、収拾が付かないでしょう」


「なぜ、我が国がお前を派遣したと思っている?」


「内閣官房の一人、多比良と同郷同学・・・それ以上でもそれ以下でもないかと」と、水政氏が言って無表情になる。


「く・・・所詮は地方大学出身か・・・」


水政氏は、それには何も答えず退席していった。



◇◇◇

<<清洋建設 特別室>>


『速報です! 600人失踪事件の捜査対策本部が解散されました!』


ここは、清洋建設特別室。シャッター付きの巨大なガレージを兼ね備えている建物だ。

ここは、言わば異世界対策室になっている。最近の俺のオフィスでもある。

そこのテレビが速報を伝えていた。


「ほう。動いてくれたみたいだな」


「おや、多比良さん。おめでとうございます、と申し上げてよいのですかな?」とベクトルさんが言った。


「いやいや。元々がえん罪だったわけで。普通に戻っただけです」


ここの特別室では、俺とツツ、それからベクトルさんが、パソコンをかちゃかちゃしながらテレビを見ていた。


今は、五稜郭築城メンバーの選定作業を始めているところである。

別室では、糸目と彼女と同郷の船医、それから助手のノルンが流れ作業で魔力判定と健康診断を行っていた。


その数、合計1000名。作業が終わるのに数日かかる予定だ。


同時に、俺たちはコンペ資料を確認して五稜郭の最終イメージを確定させる。


こちらの作業は、もうほぼぼほ確定していて、後は設計メンバーの選定と彼らにネタをばらして同意を得るだけである。

本当は、日本の法整備を待ってからと思っていたけど、早くても12月と聞いて、もうそれは無視することにした。裏を返せば、12月までは違法でも無い訳だし。


「ふむ。要求性能はこんな感じですかな?」


技術部長さんであるベクトルさんがイメージを纏めてくれる。ざっと資料に目を通すが、こちらのイメージ通りだ。出来る男だ。


「うん。それで行きましょう! 細部は後からどうとでもなるし」


「土魔術による石材の加工ですか。結構万能なんですね。彼の地で石積み文明が栄えた理由が理解できました」


そうなのだ。一見石積は古いと思ってしまいがちだが、第1世界にとっては非常に合理的なのだ。それに速攻で気付くとはなかなかするどい。


「そうそう。でも、構造的に無理な形はあまり好ましくはないと思います。その意味でも形は重要だと思うんですよ。まあ、構造計算は難しそうですけどね。経験的なものに頼るしかない」


「しかし、鉄筋を埋め込むことは出来るのでしょう?」


「出来ますが、付着や熱膨張の程度がコンクリートと同じとは限りません。耐久性に問題が生じる恐れがありますね」


「そうですか。その辺は実験もやってよろしいのでしょう?」


「いいですよ、そんなことくらい。どんどんやってください」


「はい。分かりました。それと、こちらのご提案の方はどうでしょうか」と言って、ベクトルさんに見せられたのは、開発計画のロードマップ。


「いいと思います。優先順位として、最初に防衛隊の養成。それから、宿場の建設。これは後々にも五稜郭の街の一部となるわけですね。次に通潤橋で水の確保、そして城壁の築造をして、旅館、港湾の順に建設していくと」


「はい。防衛隊員の選定は済んでおりますが・・・」


「教導官は未だ決定しておりませんが、最悪糸目に任せればなんとかなるでしょう。課題は、彼らの信頼性。お解りとは思いますが・・・」


「大丈夫ですよ。彼の地を武力でどうにかしようなんて考えておりません。今は、あなたと異世界国家の信頼を勝ち取り、関係を築くことが第一です」


ツツの方を見ると、特に警戒はしていない。大丈夫だろう。彼らとしても、ここで欲を出して締め出される事態は避けたいだろう。実際、俺はマスゴミに腹を立てて締めだしている訳で。


そういえば、先日、前田さんの友人のようつべ部隊が異世界入りしている。これから異世界の情報提供はネットがメインとなることだろう。

マスメディアは当面入れないことにしているし。


・・・


夕方、本日の所は無事終了。ここにはしばらく通う予定にしている。


清洋建設の事務所から、ゲートの途中にあるアナザルームに移動する。ここでは糸目とノルンが後片付けをしていた。


「どうだった? 糸目」


「どうだったって?」


「反重力適性者の割合とか?」


「そうね。反重力適性者は、割合としては予定通りね。空間はまだ出ていない。土は順調かな」


「そっか。まあ、明日からも頑張ってくれ。それから、教導官の話だけど」


「ふう。ダーリンったら、私をどれだけ頼りにしてんのよ。いい加減過労気味よ? ノルンと一緒なら何とかなるかもしれないけど」


「え? 私?」いきなり名前を呼ばれたノルンがきょとんとする。


この2人は気が合うようだ。変態同士だからだろうか。


「アンタ、相当な実力者でしょ」


「ま、まあ、そうね。冒険者だし」


「そ。まあ、あまり詮索はしないでおくわ。エンパイアの民が何でメイクイーンにいるのか、なんてことはね」


「その辺あまり聞かないでよ。でもね。魔術の教導官なら、心当たりがあるわ」と、ノルンが言った。


「教導官の心あたり?」思わず聞き返す。


「うん。パン屋のノーラとその娘」とノルンが意外な名前を挙げる。


「なんで超田舎町のパン屋なのよ」と、糸目が聞き返す。


「その辺もあまり聞かないでよ。でもね。彼女達って、今度疎開しなきゃでしょ? お金を稼ぎたいって相談されていたの。旦那もいるから、タビラさんのお妾さんって訳にはいかないでしょ? 料理人はオキタちゃんがいるし」


軽空母でパン屋を雇うのも一興だと思うけど。


「いや、回答になって無いけど。まあ、パンを魔術で焼くのは難しいって聞くけど。それでも・・・」


「彼女は魔道を習得している。それだけは教えておいてあげる。それ以上は聞かないで」


糸目とノルンがこちらをチラチラ見てくる。俺が判断せよということか。ノーラさんと言えばかなりの美人だ。これからやってくる人達は、初めての異世界、それも人類未踏の地に来るのだ。きっと不安だろう。教導官がムサイおじさんより、美人の方が目の保養になっていいのかもしれない。


「いいんじゃない? 今度メイクイーンに行った時にでもお願いしてみて。お金の交渉は、ごめんだけど糸目お願い」


「はいはい」


・・・・


糸目とノルンを軽空母に残し、バルバロ邸に御飯を食べに行く。というか、最近ノルンは軽空母を根城にしていやがる。犯罪に巻き込まれるのはごめんなんだけど。

バルバロ邸に着くと、奥に見知った人が。


「あ、徳済さん、それにヴェロニカさん? お疲れです。今日の御飯はここ?」


「そうよ。いつも高級店ばかりじゃないの。味ならここも負けていないしね」


「はぁい! タビラ」アメリカ人のヴェロニカが気さくに手を振って挨拶してくれる。


「ヴェロニカさん、かなりお肌が良くなりましたね」


「そう!? サンクス。でも、最初は年寄りって思ってたのね?」


「うっ、そんなにいじめないでくださいよ・・・ここ、ご一緒していいです?」


本当はまったりしたかったけど、ここで無視するのも憚られる。


「いいわよ。少し話したいこともあるし」と徳済さんが言った。


「何かな?」


「3点ほど。一つは首相との面会依頼が来ているの。2点目は旅行のことよ。美容魔術って、施術後少し暇になるの。ヴェロニカの時みたいに野外に出るツアーを企画したいのよ。3点目は、アマビエ新党の取り扱い。今、美緒はメディアに引っ張りだこ。もちろん、異世界に行ったからじゃなくて・・」


「最初から失踪事件は異世界転移って言っていたからでしょ」


「そう。で、どう?」


「う~ん。あ、ありがと綾子さん」


このタイミングで御飯が出てきた。


「1点目。首相の件は徳済さんに任せた。俺は前に出たくない。高遠さんは日本人会会長兼、三角商会関連で忙しいだろうし、前田さんは俺と一緒で政治向けでは無い。アマビエさんの方の件にも繋がると思うけど、一回会って見極めてもいいんじゃないかな」


「そうね。こっちの日本人のためにも一肌脱ぎますか。で、2点目は?」


「旅行の方? 俺の方はアドベンチャーツアーを売りにしようとしてたんだけど、コラボもいいんじゃないかな」


「何よ、軽いわね。話はどれだけ進めてんの?」


「まだだね。旅行自体は、五星リゾートに任せようとしてるけど。それから魔道飛行機が必須だから、それの運用する人も必要になるし」


「ふうん」


「目論見としては、あの古城とかどうかと思ってて。あそこならサイレンからもヘレナからも近いし、お金の半分はラメヒーに入れるんだし、移動とか古城の貸し出しとか協力してもらってさ」


「そうか。そこのスタッフにうちの美容魔術士も入れたら施術もできるもんね」


「周りは自然豊かすぎて、ティラノサウルスが出るらしいし。夜行性の肉食竜もでるし、モンスターも出るし。池も綺麗だし」


「うんうん。コンサートとかも出来るわね。よし! クリスさんに相談しましょう」


「今度、五星リゾートの人を呼んで会議するけど、徳済さんも参加すればいい」


「ヘイ! タエにタビラ? そんなにいい場所があったの?」と、ヴェロニカさんが言った。すこし不機嫌にさせてしまったか。しまったな。


「ソーリー、ヴェロニカ。でもね、国の許可や準備が整うのは未だ後なのよ。話が実現したら、ヴェロニカにはちゃんとアナウンスするわ」と、徳済さんがフォローした。


彼女には、もう一度来て貰ったらいい。客としてなのか、歌手としてなのかは分からないけど。

まあ、まだしばらくは異世界にいるのだ。ここを満喫してほしい。

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