第213話 恐竜ウォッチ 10月中旬
<<サイレン>>
ゲスト2人と徳済さんと俺で、サイレンの町並みを歩く。とりあえず今日の宿、ホテルに向かっている。
送迎馬車は呼ばなかったようだ。
ちなみに、メイドさんに風呂敷、というか広めの布を貰ってゲスト2人の着替えを包んで貰った。
「多恵、あんたねぇ。要人と会わせてくれるんなら、ちゃんと事前に伝えなさい。日本国家として恥ずかしくない調度品の一つでも手土産に・・」と、アマビエさんが言った。
「いいじゃない。非公式なんだし。それよりも、外務卿の縁者と知り合いになれて良かったわね」と、徳済さんが言った。少し上機嫌だ。
「それは感謝するわよ、まったく。それにしても、ここが異世界なのね。イメージと違うわ」
アマビエさんはそう言って街並みを見渡す。
ここは石積み建築がメインだが、俺も石積み工事をしたから解る。
土魔術のある世界にとって、石積みはとても便利なのである。
まさに石積文明と言っても過言ではないくらい、便利なのである。例えば、自分で部屋の間取りを変えることが出来るし、テーブルも椅子もタンスも自由自在なのだ。
「どんなイメージをしていたのか知らないけど。ここの人達の文化水準は決して低くは無いわ。庶民でもおしゃれな服とか選んで着てるし、上下水関連もちゃんとしてる。医療も発達しているし、スラムなんかもない」と、徳済さんが言った。
「一番の違いは自動車が走っていないのと、コンクリートジャングルが無いこと。電柱も電線もカラフルな看板も無い。石積みを基調とした綺麗な町並みね。人口密度も結構多い」とアマビエさんが言った。
「自動車はないけど、走竜馬車や騎乗トカゲが走るから、大きな道は真ん中を通っちゃだめ。たまに移動砦が通過する時もあるから、その時は速やかに退避すること」
「確かに、町が綺麗だ。ゴミも落ちていない。臭いも無い。これは・・・まさかな・・・文明水準に誤解があるのかもしれない」とは水政くん。
日本政府は、写真や動画、中学生の書いた作文などを入手しているはずだが、そういった資料による分析と、イメージが異なったのだろう。
「そういえば、初級魔術訓練くらいしておいた方がいいかもしれない。魔術障壁くらいは使えるようになっておかないと」とは俺。
「そういえばそうね。今日は糸目さんはいらっしゃらないのかしら」
「あいつは軽空母でお使い中」
「そう。魔術訓練は後ででいいかしら。そろそろ着くわね。多比良さん、ロビーで少しお話いい?」
・・・・
彼らの宿は、日本人御用達のホテルにした。もちろん、シングル2つを予約しておいた。
彼らが部屋に荷物を置きにいっている最中、徳済さんとロビーで軽く打ち合わせ。
「と、いうわけで、概ね順調なんだけど、彼女が恐竜を見たがっているの」
「彼女ってヴェロニカさんかぁ。何でまた」
「第2世界の人にとっては、恐竜はとても珍しいのよ」
まあ、恐竜は珍しいだろう。
「しかし、今は軽空母無いよ?」
「マルチロールも無いの?」
「あるけど、俺は恐竜には詳しくない」
「どうしてもって言われてるのよ。何とかならない?」
「エスコートは誰がする? 素人さんをマルチロールに乗せるなら、俺は随伴で単独飛行した方がいいだろうね。運転はツツに任せるとして、彼女の話相手は?」
「私が行くわよ。あの2人は高遠くんに投げちゃった。今日の予定は、学園の子供達を見せるだけだし」
俺のミッションがまた追加されたようだ。いずれはこういうツアーも企画しようと考えていたけど、また急な話である。まあ、少しくらいならいっか。
・・・・
徳済さんのおねだり、というか、スーパーリッチのわがままにより、急遽恐竜ウォッチツアーを行うことに。
その前に、さくっと花火職人集団を呼んできて準備をお願いする。打ち上げる場所はバルバロ家の庭だから、呼んだ後は依頼しておいたクリスと、準備のために雇っておいた冒険者の人に案内を任せて後は放置。
次に『ラボ』に行き、急いでハーネスの準備をする。
ついでにガレージ用のアナザルームに格納しておいた予備のマルチロールを出して軽く点検してもらう。ロングバレルは当然取り外した。
「何処にも異常はないですね。魔力も満タンです」と、ラボの人が言ってくれた。彼女は元針子連合の美大出身の人だ。何故か艦載機のメンテも出来るのだ。
「了解。急遽恐竜ツアーに連れて行くことになっちゃって。大忙し」
「明日からはサイレン秋祭りですからね。私も楽しみです」
そういえば、ファイターの塗装なんかもこの人の作だとか。日本から取り寄せた塗料で描いているらしい。
イセ機は深い赤と黒、ジニィ機は深い青と黒、俺は白地に黒の稲妻、オキタ機は白と水色のカラーリングを選んでくれた。なお、オキタ機と言いつつも、俺の所有しているファイターを貸し出しているだけだ。
そのまま点検をしてたいら、徳済さんがヴェロニカさんを連れて、ラボに到着する。
「わお! それで飛ぶのね!」
ヴェロニカさん大興奮。持ち前の金髪ブロンドが揺れて、きらきらと輝いているように見える。
「ミズ・ヴェロニカ。今日のパイロットは彼、ツツよ。随伴には多比良さんに付いてもらうわ。彼はスーパーマンみたいに飛ぶのが上手なの。もし、貴女がこの飛行機から落ちても、きっと彼が助けてくれるわ」と、徳済さんが言った。
勝手なことを言わないで欲しい。
というか、徳済さん、英語でしゃべっている。才女は違うわ。
「でも、ハーネスはちゃんと付けてくださいね?」
念を押しておく。
・・・
「じゃあ、ツツ、上昇!」
「はい! 上昇」
ツツがマルチロールを上昇させる。それに会わせて俺も上昇。久々の単独反重力魔術。
たまには自分で飛ばないと、制御の感覚を忘れそうだ。
そのままサイレン北部へ。トメの石切場の近くまで飛行する。周囲にモンスターはいない。
恐竜が観察しすいように、地上10m位の所まで下降する。
その辺で草食ってた適当な草食竜に近づく。
「わお! あれが恐竜ね。サイより大きいわ!」と、ヴェロニカさん。喜んでくれて何より。
だが、「ねぇ、もっと大きいのはいないの?」とヴェロニカさんが言った。
秒で飽きたようだ。流石スーパーリッチ。
「大きいやつと言えば、湿地帯の方ですかね。首が長い草食竜がいます。確かスーパーサウルス」とツツが言った。
「はは、ツツ、今から人外魔境にでも行くか? リバーサーペントを探してみよう」
「やつらはマジでヤバいからお勧めしません。大きいヤツなら海まで出ればいますね。アルケロンの大群を見れば彼女も満足されるかも」
ふむ。考えを整理して、前席に乗っている徳済さんに伝える。
「徳済さん、大きいのは河や海まで出ないといないって言ってあげて。結構遠いよ」
前の方で徳済さんとヴェロニカさんが相談しする。
「ティラノサウルスはいないのかって」と、徳済さんが後ろを振り返って言った。
「ヤツは古城近くの森に出るらしいけど、上からは見つけにくい。森に入るのはかなり危険。お勧めしない」
「じゃあ、どうするのよ。チップははずむって言ってるわ」
なんとわがままな。まあ、恐竜ツアーも異世界旅行の魅力の一つになると思う。ここは、その予行演習と思って頑張ることにする。
再びツツと相談する。
「五稜郭まで転送ゲート使って飛んで、そこから海を探すか? 流石に危険かな。マルチロール1機じゃ」
「そうですね。いっそのこと、軽空母まで飛んでオキタのファイターや輜重隊のマルチロールで海上を探してはどうでしょうか」と、ツツが言った。それは良い考えかも。
「あ、それで行こう。俺も軽空母の様子を見たかったし」
・・・・
一旦、マルチロールを格納し、『シリーズ・ゲート』で軽空母へ。
軽空母に着くと、ヴェロニカさんはその時点で大興奮。
何かキャーキャーと叫びながらベタベタと触りまくっていた。
ヴェロニカさんは、すぐに徳済さんによって屋上に連れて行かれた。
「か、艦長、何事でしょうか」と、若干引き気味のオルティナが言った。
「ごめん、オルティナ。お客さんなんだ。恐竜が見たいんだって」
皆少し引いてる。
「恐竜? 何だってあんなモノを・・・」
「いや、第2世界じゃあいつら絶滅してるから」
「絶滅しているのですか? あいつらが?」
信じられないらしい。厳密には鳥類がいるから絶滅ではないんだろうけど。
急いで軽空母の位置や状況を確認する。今は、ラメヒー王国北部の山脈を抜けた先の平地を流しているらしい。成果は、数はぼちぼち大物少なめとか。
もう少しで大休憩を取るところなんだと。
「大休憩の時に出るか。オキタには悪いけど、随伴させよう」
・・・
見通しのいい丘の上に、3基の移動砦が停泊する。そのうちの1基は軽空母だ。
ラメヒー王国の移動砦に軽く挨拶をして、恐竜見学ツアーに出発。
ここからはすでに海が見える。いい景色だ。
軽空母の飛行甲板に、俺のファイターに乗ったオキタと、予備のマルチロールに乗った徳済さんとヴェロニカさんとツツがスタンバイ。
オキタのファイターは、魔力温存のため休憩。代わりに俺の白黒ファイターに乗って貰うことに。
2機の艦載機と俺が一斉に飛び立つ。
オキタに先行してもらい、何か大きい恐竜を探してもらう。
・・・10分くらい経過。
前を飛ぶオキタ機がバンクし、『パァン』という音を鳴らす。何かいた時の合図だ。
「下に何かいます。2時!」とツツが言って、右前を指さす。
あれはアルケロン。おお・・・数十匹いる。
「ミズ! 下を見て!」と、すかさず徳済さんが叫ぶ。
「わお! 大きな亀。アルケロンね。凄いわ! ね、もっと下に降りられない?」とヴェロニカさん。
「どうなの? 多比良さん」と、後ろを向いた徳済さん。
恐竜を舐めてはいけない。古城の森では、敵の軍隊が攻撃を受けてダメージを負っていたのだ。俺も食われそうになってヒヤッとしたし。
「危ないから駄目。いや、アルケロンの動きが何か変だ! 逃げてる。襲われてる!?」
「はいい!?」と徳済さんが叫ぶ。
アルケロンの群れの後ろに巨大な陰が見える。
今、我々は上空30mくらいの所にいる。そこからはっきりと甲羅が見えるカメの恐竜は、おそらく5m以上はあるだろう。
その後ろの水中に、真っ黒い陰がゆらりと踊る。
アルケロンはそれの気配を感じたのか、ちりぢりになって逃げる。
「上昇!」「はい!」
マルチロールを一気に上昇させる。下を見ると、全貌が把握できた。
うおおおお、でけぇ。水中に何かの陰が見える。何mあるんだこれ。20mくらい? いや、それ以上かもしれない。
「モササウルスね!? アルケロンを捕食しようとしている」と、ヴェロニカさんが言った。
ドッゴン! 地球がうなる様な音とともに、ライズが起こる。
一瞬、巨大な口が亀を捕食している様子が見えた。
水柱としぶきが立ち上がり、虹が発生する。
「きゃぁあああああ!」
スーパーリッチが大興奮なさっていらっしゃる。いや、ツアーガイドとしては大成功なんだけどね。
「おお、凄い瞬間が見れましたね」
ツツも驚いているようだ。巨大亀がそれより巨大な恐竜に襲われているとは。
「あ、オキタがもう一度バンク!」と、ツツが言った。
今度はなんだろう。オキタ機の前方を探す。
「もう一匹さっきのがいます!」とツツがオキタ機の方を指す。
「なんか喧嘩してない?」
ドッゴン! ドッゴン! 大地を感じさせるような重低音が連続する。とんでもない量のしぶきが空に巻き上がる。
「うわぁ! 海水が。マルチロールが錆びるぅう」 海水が真上から降り注ぐ。必死にバリアを張る。
エサを取り合っているのか、巨大な恐竜2匹が噛みつき合っている。
「ファンタスティック! エクセレンツ!」
ゲストがご満悦でよかったわ~。恐竜の喧嘩のお時間も、そろそろ終了。潜ってどこかに行ってしまった。ツツが帰還を知らせる魔術を発動、それに気付いたオキタが帰還を開始した。
・・・・
軽空母に戻ってからも彼女の興奮は収まらない。
「ねえ、タエ? ここには何人いるの? 何をしているの?」
「え、っとぉ」
徳済さんが言いよどむ。一応、軍務中だからね。
「ミズ・ヴェロニカ。実は、彼らは軍人なんです。今回は無理を言って彼らの休憩中に恐竜ウォッチしたわけでして」と、俺が答える。
「そうだったの。無理を言叶えてくたのね。チップははずむわ」
魔石ハントの事は言わないでおいた。だって、自分がハントするとか言いそうだもん。
その時、アラームと共に艦内放送が入る。フラグだったか・・・
『鬼ヤドカリ接近。8時。遊撃されたし』
やっぱりモンスター来襲。一気に艦が慌ただしくなる。今は着陸休憩中だったから、鬼ヤドカリでも十分脅威だ。
「軽空母上昇。艦載機、発艦準備せよ」
急いでオルティナが指示を出す。今の司令官はオルティナだ。俺は無視するのが正解。
なお、鬼ヤドカリは空に上がってしまったらザコだ。
ドゴンンンンン・・・・ドゴンンンンン・・・・
上昇途中で砲撃音が聞こえる。どうやら、ラメヒー王国の移動砦からの砲撃音らしい。
「なになに? 今度はどうしたの?」と、ヴェロニカさんが言った。
「ミズ・ヴェロニカ。モンスターです。今から遊撃します」
「モンスター?」 声がイチオクターブ上がる。
一応、事前に説明はしてあるはずだけど。聞くのと見るのとじゃ全く違うのだろう。
「ミズ・ヴェロニカ。出てきたモンスターは地上を歩くタイプです。飛んだら安全です。ご安心ください」
「見たいわ!」と、ヴェロニカがまたわがままを。
「ええ、ここの窓から見えますわ。ほら、2基の移動砦がすでに砲撃開始しています」と、徳済さんが言った。
ドゴンンンンン・・・・ドゴンンンンン・・・・
打ち続けている。倒し切れないのか? 鬼ヤドカリごときに何故・・・
『艦載機発進』
軽空母から3機の艦載機が発進する。1機は俺の白黒ファイターだ。オキタのやつ、俺ので出やがった。
交換間に合わなかったのか? まあ、いいけど。
ヴェロニカさんは、意外にも自分が倒したいとは言わず、じっと窓から見学していた。
うちのマルチロールが十字砲火を開始する。
しかし、この鬼ヤドカリは固い。なかなか消えようとしない。多分、大物なのだろう。
だが・・・真上からオキタが雷系の魔術を落とす。
もの凄い轟音と共に、昼間だというのに目が痛いくらいの閃光が走る。
その後、鬼ヤドカリは、しゅわ~となる。流石にこれでとどめとなったようだ。
魔石回収のために、オキタ機がモンスターに突っ込む。艦載機を使うとこれができるから魔石ハントがはかどるのだ。
・・・・
「はぁい。魔石」と、オキタが大きめの魔石を抱えて戻って来た。
「お疲れオキタ」
「あ、おじさん。おじさんのファイターずるい。何あの馬力。良い魔石使ってる。僕のと交換してよ」
「だめ。あれは俺の」
「はぁい。疲れた」と、オキタが言って、魔石を糸目に渡す。
「済まんな。連チャン出撃させてしまった」
「いえいえ~~おじさんのファイターから魔力貰っておいたから~~。おいしかったぁ」と、オキタが表情をくりくりと変えながら言った。
「まあ、少しくらいならいいぞ」
「一体、どこからあんな魔力を・・・ぶつぶつ」
そう言いながらオキタは厨房に下がって行った。これから仕込みでもするのだろう。修行中の身とはいえ、あいつも大変だ。
「おや、こちらのご婦人はどなたですかな?」
ラムさんがやってきた。ヴェロニカさんを見て早速声をかけてきた。
「スペシャルゲストさん。手を出さないでくださいね?」
「そうよラムさん。祥子に言いつけるわよ。では、ミズ・ヴェロニカ。サイレンに戻ってよろしいかしら?」
「・・・モンスターを倒すとあの石が取れるのね。彼らは石を集めてるんだ」
ヴェロニカさんは上の空だ。嫌な予感。
「私も倒したい。魔石をお土産にしたいのよ。お願い!」
ああ、悪い予感が的中。徳済さんがこちらをチラチラと伺ってくる。
「サイレンで、ゴブリンハントでもしましょうか・・・」
森深くに入らなければいいだろう。俺は観念した。
・・・・
一通り、サイレン周りのゴブリンハントを行った。
「ふへ~~疲れた。何で元気なのあの人」
サイレンの周りをうろうろと飛んで、ゴブリン数体を発見。こいつらは石を投げるという対空攻撃方法を持っているから、ある意味鬼ヤドカリより厄介だ。でも、ザコはザコだ。
ロングバレルで一発だし。
ヴェロニカさんは、徳済さんと2人で必死に球を込めて、『きゃ~きゃ~』言いながら、大興奮して撃っていた。
3匹の群れを3回倒してハンティング終了。
ちっちゃな魔石は俺が拾ってきてあげた。ご満悦だった。
ヴェロニカさんは『ラボ』で降ろしてお別れ。
俺の方は、そのまま『ラボ』のガレージで艦載機の洗浄をして、花火師の様子を見に行ってと大忙し。
でもまあ、仕事があるのも幸せだ。何より、少し現実逃避が出来るし。
今は、スタンピード、日本国の迷走、桜子の告訴、ハイブリッド兵器、築城、そして何より、第2世界の異世界を渇望する勢力に気を使うのが面倒だ。
恐竜見学ツアーや魔石ハント体験ツアーも、いきなり言われると困るけど、ちゃんとコースを研究したらかなり楽しめるのではないかと思った。
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