第201話 スタンピード討伐隊結成式前夜と見送り 9月30日~10月1日
<<サイレン タマクロー邸>>
今日は9月30日。明日はスタンピード討伐隊結成式で、今日はその前夜祭である。
ガイアも実家に戻って来るらしい。久々だ。
今、俺が寝泊まりしているのは軽空母。軽空母を泊めているのは『ラボ』で、ガイアが来るタマクロー邸はここから歩いて1分だ。一応、ツツも一緒に行く。
玄関につく。「ごめんくださ~い」と屋敷の奥に向けて挨拶する。
そうすると、奥からメイドさんがとたとたと歩いてくる。
「タビラ様。いらっしゃいませ。こちらです」と、メイドさんが言った。
ここのメイドさんともすでに顔見知りだ。
少し年かさのメイドさんの後ろをついて行く。
メイドさんは形のよいお尻をふりふりしながら歩いていく。
ふむ。見ていて飽きない。そのままサロン室に向かう。
がしゃ~~ん! 『何でじゃ! 何でお姉様なんじゃぁああ~~~!』
部屋の中から大声が聞こえる。メイドさんが扉をノックするのを躊躇する。
『おいこらガイア。待て、誤解だ』
『何が誤解なのじゃ! タビラのうちに泊まりに行ったとお聞きしました! 何も無かったわけはない。それに、お姉様のその体、女になっておるではないですかぁ~~~』
『待て、何でこれが女なんだよ。全く胸も無いだろ』
『私を誰だと思っておられるのじゃ。これでもタマクロー一族の女じゃ。分かる。お姉様は恋をしておられる。恋をした女性が男性の家に泊りに行ったのじゃ。何も無かったなんて信じられぬのじゃ~~』
うわっ、部屋の中では面倒くさい展開が・・・
「あの、メイドさん、俺、帰った方がいいのかな」
「いえ、出来れば入って誤解を解かれてあげてください」
がちゃん! と、メイドさんがノック無しで扉を開ける。喧嘩慣れしているんだろうか。
「あ! タビラ。よく来た。ほら、早速ショットバーで一杯やろう。ガイアとも久々だろ?」
「タビラぁ・・・」と、ガイアは涙目でこちらを振り向く。
ガイアは以前会った時より幾分、ふっくらしていた。前はがりがりだったからな。
そして、翻るシングルドリル。こちらも気持ち大きくなっている気がする。
「そうだな。久々だなガイア。明日は討伐隊結成式だってな。立派になって」
「そ、そう、久しぶりじゃ。日本の酒を仕入れてくれたと聞いた。い、一緒にいただこう」
「わかった。やるか」
なんとかガイアの機嫌も直った? みたいだ。
・・・・
サロン室の中には、本当にハイカウンターが出来上がっていた。部屋の雰囲気も、調度品などを置いて少し落ち着いた感じに仕上がっている。
バーテンダーは執事のベガスさん。この人は本当に何でもできる。というか、アラフィフ(推定)紳士であるベガスさんにぴったりだ。
タマクロー姉妹と俺とツツの4人で椅子に座る。俺の左右にガイアとディーが座ってくれた。両手に花だ。
俺はソルティードックを頼んだ。つまみ的な料理も運ばれてきた。
海鮮系もある。俺の大好きなイカや貝類もある。きっと、俺の好みを知ってのチョイスだろう。
「聞いたぞ。キャタピラー子爵の件、まさか国賊だったとはな」と、俺が話題を切り出してみる。
「金のためにグ国を国内に手引きするとは。ヤツは魔術戦闘の末、大事なところを蹴破られていたそうじゃ。
そう言ってガイアはマティーニをかぱっと呷る。ディーはカクテルではなくてウィスキーロックだ。この一族は姉妹とも酒に強いようだ。
この姉妹は見た目子供にしか見えないが、姉のディーは35歳で妹のガイアは25歳のはずだ。
だから、お酒を飲むこと自体は問題では無い。
だけど、明日は朝からスタンピード結成式だ。こんなに飲んで大丈夫なんだろうか。バーテンダー兼スーパー執事のベガスさんが注文通り出しているから、多分大丈夫なんだろうけど。
「あれやったのおばあちゃん達なんだよなぁ。戦前生まれの女性はやっぱ怖いわ」
「そうじゃ。討伐隊のエース級のくせに、日本国の軍人でもない、しかも老婆にやられるとは。きっとエース級の地位もお金で買ったのじゃろう。プハー! お代わり」と、ガイアが言って、カウンターにグラスを置く。いい飲みっぷりだ。
「スタンピード討伐隊のエース級の選抜は、買収なんてできないはずなんだがなぁ。攻撃魔術の威力なんて、見ただけでバレるからな。でも、この間のケイヒン事変では、日本人女子中学生に元英雄級が負けたというし、分らんな。あ、オレもお代わり」
「なぬ? 女子中学生? それは俺も知らない情報だ」
「その話なら、討伐隊の中でも噂になっておる。その元英雄級殿は水魔術士だったんじゃ。それを一気に肉薄されて棒で障壁をかち割られ、ヒビの中に手を入れられて、そのまま炎で焼かれたらしいのじゃ。まったく、水魔術士が火に焼かれたらいかんだろうに」
「そ、そうか。さすが日本人。きっと誰か知らず、いきなり斬りかかったんだろうなぁ」
俺は、遠い目をせずにいられなかった。
「その中学生はほら、一度うちに来ただろう。タマジョウアキラだ。次はテキーラ」と、ディーがベガスさんにグラスを返しながら言った。
「え?」
何やってんだ? 晶。
「そいつは毒使いだったから、危なかったの」と、ガイアがマティーニを呷りながら言った。
「まじかぁ。毒か・・・危ないことするなぁ。ところで、ガイアの移動砦を改装するって話はどうなった?」
晶の件は流すことにした。
「ああ。日本人達がちゃんと改装してくれたぞ? 男女別トイレにお風呂付きじゃ。軍の女性達が野営訓練中にうちの移動砦まで入りに来てな。とても人気じゃ」
「ほう。それは良かったな」
加藤さんの事だから何かやってると思ったのに。まあ、あんな巨大な軍事施設は加藤さんでも手に負えないか。
「ロングバレルも沢山付けて貰ったし、ありがたいことじゃ」
「そっか。スタンピード討伐、頑張ってくれ」
この日は、かなり夜遅くまで楽しく飲んだ。ガイアも上機嫌でかなり酔ったみたい。だけど、明日大丈夫か?
こうして、俺たちは9月最後の夜を終えた。
◇◇◇
<<メイクイーン領 北東約100キロ地点 深夜 日付が変わる直前>>
ここは、半年前のスタンピード発生地点から北に100キロ。メイクイーン領から北東100キロ、バルバロ辺境伯領から南東100キロの地点。いわゆるバロバロ平野と呼ばれる土地の一角である。
時空化の巫女の予言通り・・・そこに巨大な空間のひずみが生まれる。
1キロおきに3つ・・・
それは史上空前規模のスタンピード転移門。
悪意ある転移門が誕生した瞬間であった。
◇◇◇
<<早朝のサイレン>>
10月1日、今日はスタンピード討伐隊結成式の本番だ。
朝からタマクロー邸を訪れる。
ガイアが元気よく出迎えてくれた。
「おはようなのじゃ」と、ガイアがシングルドリルを靡かせながら言った。
「おはよう」
翻るシングルドリルは今日も元気だ。こちらも元気が出てくる。
一時どうなる事かと思ったけど、機嫌を直してくれたみたいだ。
すでに式典用の兵士服も、ヘアスタイルもバッチリだ。
昨日、あんなに飲んだのに。ガイアはけろりとしており、元気はつらつだ。
「いよう。来たか、まあ、妹の晴れ舞台だ。拍手で見送ってくれ」
お遅れてディーがやってくる。こちらもあんなに飲んだのに。
「そうだな。今回はマ国との共同作戦らしいし、安心して見送れるな。それと・・・」
俺は後ろに控えているオルティナたちに目配せする。
「ガイア様、お久しゅうございます。オルティナでございます。この度はおめでとうございます」
オルティナとマシュリー、それからフランが祝辞を述べる。
「はぁ~~お前達か。半年前が懐かしいのう。願わくば、私がそこに立っていたかったが。これも定め。行ってくるぞ」
後ろを見ると、タマクロー家の使用人や、『ラボ』の人達もぞろぞろと出てくる。総出で見送るつもりなんだろう。
ディーが俺に目配せする。『おい、何か言ってやれ』ということなんだろう。
「ガイア・・・」
こいつは今から戦場に行く。こんな小さな体の女性が、だ。言葉に詰まってしまう。
「大丈夫じゃ。きっと生きて帰ってくる。ま、今回は楽勝じゃ」と、ガイアは言って、目映いばかりの笑顔をみせる。
「ガイア、頑張れよ」
「ああ、タビラ。任せておけ!」と、ガイアが言って、歩き出す。
ガイアはすれ違い様、俺の尻をバチンと叩いた。
何とも締まらないが、無事に見送ることができそうだ。
「わぁ~~~」ぱちぱちぱち・・・「ガイア様~~国を頼みます!」「頑張って行ってこぉ~~い!」
ばんざ~い!ばんざ~い!ばんざ~い!ばんざ~い!
わ~~~~!わ~~~~!わ~~~~!わ~~~~!
見送りの人達から一斉に声援が送られる。
ガイアは小さな手をさっと上げると、スタスタと歩き、屋敷の前に駐めてあった立派な竜車に乗り込んだ。
これから軍区に行き、その後、移動砦に乗って大通りをパレードだ。
討伐隊は、そのままサイレンを発ち、西に移動。転移門の近くのレーンという街まで行って、3月まで防衛陣地の建設と訓練に明け暮れる。
軍人さんも大変だ。
「いよっし。パレードは昼一だ。ひとまず解散! タビラ、またお昼前に来てくれ。特等席で見ようぜ」
ガイアを載せた竜車が見えなくなったところで、ディーが解散を宣言する。
パレードが通る道路沿いに、眺めの良いレストランがあるらしい。今日はそこに誘われている。戦争と言っても対モンスター戦で楽勝らしいし、こういうのもお祭り気分でいいもんだ。
・・・・
オルティナ達は、自分たちの親族の元へ。彼女らの家も各々部隊を出すことになっており、それぞれ見送りをするとか。
ガイアを見送った後、少し時間が空いた。
スタンピード討伐隊結成式はお昼からだから、遠出しなければ色々できる。
冒険者ギルドに行って打ち合わせをしたり、清洋建設特別室に行ってコンペの資料を取って来たり、軽空母の設備のチェックをしたりしていると、あっという間に時間が過ぎる。
そろそろお昼前。ディーの屋敷に行くことにする。
「ごめんくださ~い」
いつものとおり人を呼ぶと、中からダッシュでメイドさんが駆けてきた。
「ああ、はぁはぁ、タビラさん、はぁはぁ、いらっしゃいませ。ディー様が、お待ちです」
いつも冷静沈着な年かさメイドさんが、まさか走って出てくるとは。何かあったのか?
メイドさんの後ろについて廊下を歩いて行くと、奥からディーが出てきて、「来たか、タビラ。先ほど情報が入った。少々まずい情報だ。執務室の方に来てくれ」と言った。
何かトラブルでもあったのだろうか。
・・・・
執務室に入って、ソファに座る。ディーも俺の向いに座る。
「どうしたんだ? まずい情報?」
「単刀直入に言うと、スタンピードの発生箇所が、もう1つ確認された。1箇所じゃなかったんだ」
「はぁ? まあ、基本ランダムって聞いたけど。今まで分からなかったのか?」
「分からなかったようだな。いや、転移門は、9月中なら何時出てもおかしくないんだ。おそらく最近出たんだろう。だが、ここ何十年間、我が国では1個所しか出ていなかった。だから油断していたんだ」
ディーは苦虫をかみつぶしたような顔をする。
「ちなみに、どこか聞いても?」
「バルバロ平野、メイクイーンとバルバロの間だ。今朝、漁民が発見したらしい。あそこは、去年の位置に近い。それに速報だが、転移門としては3つだということだ。しかも、一つ一つが、去年の規模より大きいらしいのだ。これは、さすがにまずい」
ディーの顔が暗い。門が3つとは、1箇所に3つの転移門が出たということか・・・
「しかし、やるしかないんだろう?」
「そうだ。そうだったな。相手は物言わぬモンスターだ。やるしかない。あそこは穀倉地帯だ。やられたら国全体がまずくなる。逃げるのもまずい。国民を食わせていけなくなる」
「そうか。今からどうする? 昼食会は自粛するか?」
「いや、討伐隊結成式は、予定通り行われる。国民を不安にさせないようにな。せめて、出陣していく彼らは華々しく見送ってやろう」と、ディーが少年のような顔で、貴族のようなことを言った。
ただでさえ、去年のスタンピードでボロボロになったラメヒー王国軍。
今年、それ以上の規模のスタンピード転移門がほぼ同じ位置に出た。
いや、去年以上の規模の、さらに三倍のスタンピードになる可能性がある。
だが、今年は少し違う。『パラレル・ゲート』と『魔王の魔道具』がある。勝負はこれからだと思いたい。
俺は、ディーに連れられて、討伐隊を見送るべく、レストランに向かうのだった。
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