第195話 イセ編 マ国西部戦線開幕 9月下旬
<<マ国領 西部戦線>>
マ国は、数ヶ月前にユフイン戦線に勝利した。
しかし、神聖グィネヴィア帝国は巨大である。
未だに正規兵の総軍事力は相手の方が上だろう。
実際、ここ西部戦線には、敵移動砦が110基以上展開され、未だに数が増え続けている。
それに対し、我が国は、正規軍90基。ユフイン戦線で鹵獲した移動砦の緊急配備は進んでいるが、練度が低い部隊が10基増えただけだ。あまり戦力として期待はできないだろう。今は、移動砦より艦載機の方に多くの魔道兵を配置したからな。
なので、実際の移動砦の数には、20基以上の差がある。1基あたりの質は我が軍が上と言われているが、数の暴力というのは抗え難いものである。
それに、一体どこから集めてきたのか、またぞろ航空部隊も復活している。ただし、かつての特殊航空部隊と比べると、練度は低く、脅威と呼べるほどのものではない。
ただ、数は数。航空部隊がいるとそれなりに厄介になる。
わたしは今、ジマー領から空母に改装した移動砦に艦載機を満載し、西部戦線に赴いている。
わたしは駐ラメヒー王国全権大使であるが、同時に魔王の副官かつジマー家というマ国有数の部族の長でもある。
それを理由に、今回、自らが西部戦線に出兵しているのだ。
そのマ国の西部戦線には、かなり変わった風景が広がっていた。
日本人、いや、第2世界の人が見たら、それが何かすぐに分かることだろう。
これは自動車。
ただ、普通の自動車とは雰囲気が全く違う。車輪が全て取り外され、代わりに球形の魔道具が取り付けられている。
ものによっては、割れやすい窓ガラスが撤去されているもの、オープンカーのようにボディの屋根部分がないものもある。
見えないところでは、エンジンも全て取り外されていた。
それはなぜか、エンジンなど必要無いからだ。屋根が無いのは角付きの種族が乗りやすいからだろう。
そして、エンジンとタイヤの代わりに取り付けられているのは、反重力システムである。これは日本人、加藤が造りはじめたものを我が国の魔道具士がコピーしたものだ。
そうした改造自動車が、魔道ランプの明かりのもと、ずらりと並べられている。
「魔道を志す我が国の魔道具としては、何とも不格好じゃ」
誰に聞かせるとも無く、呟いてみる。
「言うなイセ。私もそう思っている」と言い返すのは、わたしの後ろに立っていたこの国の王子。わたしのお尻を見つめていたのは気付いている。触らせんぞコラ。
このエロ王子はもちろん龍人族。頭には2本の太い角が乗っている。
竜人族らしく、背が高く肉付きも良い。街の女にはさぞもてるだろう。
こいつはここの将軍を務めている。
「神兵は拙速を尊ぶ。第2世界にはそういう言葉があるとか? 航空戦力作戦で効果を出せるのも今だけ。そういう情報を上げたのはイセ殿ではありませんか?」
そういうこいつは作戦参謀。いわゆる軍師だ。こいつの角は細くて長い。魔王と同じ、魔族出身だ。
「そういうことを言っているわけではない。目の前のこれは、日本人の民生品に日本人技術者が趣味とノリで造った物のさらにコピー品を無理矢理取り付けただけ。少し、これに乗る兵士に同情しただけじゃ」
「・・・時間がありませんからな。貴女方が捕らえてきた第3聖女からの情報では、今、あそこには古代発掘兵器の移動砦を旗艦とし、最新鋭高空型が20基。近代化改修前の従来艦が90基ほど。これまで戦力の逐次投入をしてきたくせに、ここに来て戦力が結集しつつある。その数もまだ増え続けている。時空化の巫女からの助言もある。おそらく後数十はいると踏んでいる」と軍師が言った。
「そう。軍師の言うとおりだ。人との戦争は移動砦の数で決まると言っても過言ではない。我が軍は兵士の質が上とはいえ、防衛に徹しておるから、この戦線も維持できておったのだ。今、そのバランスが崩れつつある」と王子は言った。危機感は感じられない。まあ、若造に理解せよと言うのも無理か。
「はい。今の相手の戦力は危険です。こちらを押しつぶす気でいるのでしょう。ですが、逆にここで敵移動砦の主力部隊を叩くことができれば、あいつらの継戦能力は著しく低下するでしょう。それに、魔石ハントに最適なんでしょう? あの移動砦は」軍師は意味ありげにこちらを見やる。
「そうだ。一刻も早く、長寿モンスターを狩るべきじゃ。こんな戦線に張り付けられるのはもう止めだ」
「圧倒的な航空戦力による奇襲攻撃。それにより、敵移動砦の破壊と鹵獲を行う。戦法のヒントは確かに第2世界のものだったかもしれぬが、我が軍が行ったシミュレーションでもかなりの効果を上げている。私はこれに賭けようと思う。日本人達が使っている艦載機の情報はいずれ漏れる。そうなったら、対策されて航空戦力による大戦果など望めなくなる。この作戦が効果的なのも今だけだ」
従来の戦闘は、まず空中戦闘、そして空爆、それを繰り返し、敵が弱ったところで、移動砦や地上部隊を前進させ、決戦を行う、といった流れだ。分が悪いと解ると決戦せずに引くこともある。
従来の空中戦闘は、貴重な反重力魔道兵同士の魔術戦闘。飛行可能な魔道兵は、反重力魔術の適性者しか務まらず、そのため国は高給でそういった人物を登用する。
空中戦闘で勝つと、その後は地上への空爆が可能になる。だが、流石に相手もバカではないので、防空陣地に籠ったり、地上から魔術を撃ったりして防衛を行う。
また、空爆で移動砦を攻撃することは効果が薄いと言われていた。手数が少ない航空戦力で攻撃しても、魔術障壁に簡単に防がれてしまうからだ。
優秀な魔術戦闘装備を以てしても、航空部隊だけで実戦配備された戦闘状態の移動砦を仕留めることはそうとう難しい。
結局、移動砦を倒せるのは移動砦だけ。移動砦同士で砲撃を行い、ある程度ダメージを与えたところで、歩兵や飛行兵を接近させて倒す。
今まではそれが定石だった。
しかし、大量の航空戦力を一気に投入した場合はどうなるだろう。
移動砦が展開できる魔術障壁には限界がある。個人の魔力、それから魔力を備蓄する魔道具にも限界があるからだ。
移動砦が魔力切れになった場合、当然、飛行兵士のみで移動砦にダメージを与えることができる。
うまく無力化できれば、そのまま占領・鹵獲すらできるだろう。
今回はダメ押しで移動砦の全力出撃まで行うので、味方移動砦の到着まで粘り続けるだけでも勝ちは確実だろう。
後は、どれだけの数を無力化、若しくは鹵獲できるかだ。
「はい。奇襲攻撃に必要な航空機の数は揃いました。いや、相手の数はどんどん増えているとの情報もあります。今が最後のチャンスなのかもしれません」
「時空化の巫女か・・・予言は正しかったということか」と、王子は言った。
「少なくとも、第2世界に無数にある自動車が簡単な改修で空を飛ぶようになること。そして、相手が予想以上の戦力を揃えて来ていることは正しかったようですな。まあ、バルバロ平野の件は未確定ですが」
軍師は簡単にそう言うが、もしその予言が無かったら、こちらが大損害を受けていた可能性は大きいだろう。最悪はサイレンの兵器を持ち出すことになった可能性がある。あれは効果が大きいが、副作用もある。そもそも、あんな兵器はずっと永遠に秘匿するべきなのだ。
「今夜、全力出撃によって、決戦を行う」
王子は目の前の自動車群を眺める。
その周りでは、照明具の明かりを頼りに、多くの兵士達が最終確認や魔道具の積み込みなどを行っている。
第2世界から持ち込まれた自動車たち・・・SUV,ピックアップトラック、軽トラック、黒いセダン、漢字が描いてある商用車、ワゴン、ファンシーな動物の格好をした幼稚園の送迎車なんかもある。
これら不揃いの車たちは、今から敵移動砦に向けて出陣する。
数は300だ。
これにジマー家が所有するファイターとマルチロールを合わせれば340機になる。それぞれに随伴の単独飛行兵2名を付ければ、1000以上の航空部隊が出来あがる。
しかも、自動車型には空いたスペースに魔道具が満載できる。
人気車種は大きめのピックアップトラックと言うヤツで、丈夫で沢山の武器が詰めるようだ。軽トラックも意外な人気が出ている。小さいくせに荷台に沢山の人と荷物を積むことが可能だからだ。
逆に大型トラックやバスは大きすぎて駄目だった。遅くて良い的になるだけだ。
わたし達3人は、基地のヤードを歩きながら最終確認をしていく。
不揃いの元自動車達の一角に、他とは全く異なる機体が止まっている。
「あれがジマー家のオリジナルですか。確かに洗練されているように感じます」とは軍師だ。
そこには、すでに準備を終えたジマー家の兵士がスタンバイしている。
わたしの乗機も並んでいる。赤と黒でカラーリングされた機体。
加藤曰く、この色は速く動けるおまじないなんだそうな。わたしの元々のパーソナルカラーも赤だった。これはわたしにぴったりの機体。魔石もグレードの高い物を使用している。とてもお気に入りだ。
この、バイクをルーツとする魔道飛行機は、改造自動車よりも機動性に優れている。
「全機これだったら良かったとは思うが、軍師殿が言うように、それでは確かに時間がかかる。ボディーが既製品とはいえ、この短期間でよく300も造れたものじゃ」
「それこそ、マ国技術者の意地なのかと。そろそろ準備ができますぞ?」
「出撃の下知は任せる。わしも自分のファイターの準備をする」
わたしは、将軍達と別れ、自領軍の元へ歩いていく。
・・・・
深夜、草木も眠る丑三つ時よりさらに数時間経った頃・・・
「諸君よ! 我々は新しい力を手に入れた! 新兵器、魔道飛行機である! 反重力の適性がない者も適性者と同じように飛行できる。しかも、人や魔道具を乗せて飛ぶことができる! このことは我が軍の航空戦力が一気に3倍になったことを意味する。先日、我々は敵航空部隊を壊滅させた! 今、またぞろ集まってきておるが、そんなものは絞りカスだ! この戦力なら絶対に勝てる。飛行部隊は先行して敵移動砦を無力化せよ! 全機発進だ!」
ふん。若造の王子が檄を飛ばす。
言われなくとも分かっておるわ。
周りの元自動車達が『すぅ』と暗闇に浮き上がる。
自動車であった時の動きを知っている者からすれば、この光景は不気味この上ないだろう。
300台の様々な車種が夜空に浮かび上がる。
今日は『満月』。夜襲に最適な日ではない。だが、今回はその裏をかく。高速移動する飛行隊に対し、僅かな時間稼ぎは大した問題とはならない。逆に目標が見え安い日を選んだ。開幕爆撃を成功させるために。
我々も出撃といくか。
「ジマー家の戦士達よ! 今宵この戦いで戦争を終わらせる! 出撃せよ!」
「「「うおおおおおお~~~~~~~~~~~!!!」」」
「上昇!」
ジマー家の精鋭40機と、その随伴である百鬼隊が上昇を開始する。
「ごめん。多比良・・・・」
結局わたしは、あいつから貰った
このおもちゃを譲ってくれた人。
あいつは、こんな使われ方、嫌だったはずだ。
日本人。平和教育とやらを受けた戦闘民族よ。
ごめんなさい。だが、使わせてもらう。
これを使って人を殺す。
あいつらは、我々を人とは思っていない。だけど、あいつらは人。だけど殺す。だから殺す。
わたしたちのために。
別の場所からは、味方移動砦群も一斉に移動を開始しているはずだ。
まさに、全力出撃だ。
・・・・
しばらく進んだところで、仲間が機体に風魔術を使用する。周囲に薄緑の膜がかかる。
これにより、飛行中に出る騒音がずいぶん緩和される。
今、眼下では300機以上の飛翔体が進んでいる。速度は時速200キロといったところだ。
上空に向けて僅かばかりの信号光がチカチカときらめく。
実は、第2世界から『無線機』を取り寄せてみた。
なかなか便利なものであったが、今回は混戦が予測される。
なので、無線機の実戦配備は見送られている。
わたしも、あのピーとかガーとかいう音は耳障りだと感じている。
ま、今後どうなるか分らぬがな。
「目標まで10キロ通過! 速度増加!」
わたしのファイターに登場している女性兵士が叫ぶ。
信号に合わせてこの機も速度を上げる。あまり出し過ぎると僚機がついてこれない。時速300キロくらいで疾走する。
実は、この目の前の娘はツツの婚約者だ。本当ならもうとっくに式を挙げていた。
だが、わたしがツツを多比良の付き人に任命したばかりに婚期が遅れてしまった。
わたしがツツを任命した時は、この婚約者も泣いて喜んでいた。なんて名誉なことではないか、と。
確かにあいつは超重要人物。その付き人に選ばれるということは、とても名誉なことだ。だが、このことは単に婚期が遅れるだけでなく、会えなくもなると言うこと。
さらに言えば、もし、仮に多比良がツツと性的な関係を持ちたいと望めば、それに答えなければならない立場でもある。
幸運にもそれは無かったが。
なぜならば、あいつは私が好きだからだ。
「・・・いつまでも甘える訳にもいかんがな」
独りごちてみる。どうせ誰にも聞こえない。
眼下の飛行隊の半数が、地上すれすれから上昇を開始する。
わたし達、ジマー家の精鋭40機も速度を上げながら上昇を開始する。
途中までは、発見されにくいように地上すれすれを飛ぶ。それ以降は、攻撃用の編隊になる。
我がジマー家40機は、急降下部隊に配属されている。他の自動車達と混じって全機一斉に上昇を開始する。
今回、水平攻撃部隊と急降下攻撃部隊に別れる作戦が採用されている。
開幕は水平攻撃部隊で露払い。その後、急降下爆撃でジャイアントキリングを狙う。
我がジマー家精鋭40機の任務は、敵移動砦の鹵獲である。
・・・
しばらく飛ぶと、密林の一部に人工物が突き出ているのが見える。
見えた! 敵の移動砦群だ。数が多い!? 予定では110基プラスアルファだったはずだ。これはそれの1.5倍位はいる。舌打ちをしそうになる。
グ国の防諜は優秀だし、マ国の諜報部隊は今第2世界に主力を移している。
こちらが少し手薄になっていた感は否めない。
しかし、こちらには1000の航空部隊がいる。そして、開幕爆撃はこちらのものだ。
絶対に勝てる!
彼我の距離がぐんぐん縮まる。水平攻撃部隊の方が有効射程に入るのが早い。
任せたぞ。マガツヒの魔道兵達よ!
ドゴォオオオオン! ドゴォオオオオン! バン!ゴロゴロ・・・・ドゴォオドゴォオオオドゴォオオオオン!
大地が震える音がする。
眼下で強力な魔術が炸裂したのだ。開幕を知らせる広域殲滅級大魔術の乱舞。
乱戦になるとコレはもう使用出来ない。
ドゴォオドゴォオドゴォオドゴォオオオオン! バン!ゴロゴロ・・・・
パン!パパパン!
もう一波。最後に照明弾が撃ち込まれる。
敵移動砦に我が軍の飛行隊が取り付いているのが見える。
開幕爆撃は成功だ。
次は、急降下攻撃隊の出番だな。
わたしは、闇の空、深紅のファイターから、眼下の獲物を見定めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます