第182話 多比良容疑者 9月中旬

<<日本 多比良家>>


カーテンから漏れる朝の日光で目が覚める。


「おはよ」


ベッドからごそごそと起き出す。


「おはよ」「おはよ」


そして、返事が2つ。その事実は気にしない。


机の上のノートPCを開く。電源は付けぱなしにしていたので直ぐに立ち上がる。

F5キーを叩いて再読み込みさせる。


「何か来てる?」


「ロード中」


「『KT拘置所でお泊まり』ってきてますね」


ユーレイさんがスマホをタップ。せっかくPCを立ち上げているのに。

スマホは早いわ。


「買春って警察に捕まったら、お泊まりコースなんだな」


「私も詳しくないけど、注意で済まなかったみたいね」


PCが立ち上がったので、チャットにメッセージを撃ち込む。


怪人キャッスル『おはよ。INしてます』 と打って、3人でぞろぞろと1階に移動する。


桜子は放課後にしか来ないから安心だ。ケイ助教と魔王は来るかもしれないけど。


「朝風呂は?」と聞くと、「魔術で済ます」と徳済さん。


「俺、シャワー浴びてくる」「テレビ付けるわよ」「いいよ」


・・・


朝風呂を浴びて髭を剃って、すっきりした状態でリビングへ。


テレビは普通に芸能ニュースが流れていた。


「ふう。どうだった?」とりあえず、ニュースの結果を聞いてみる


「普通。ねえ、朝ご飯的な食材は無いの?」


徳済さんが冷蔵庫や備蓄庫の前をうろうろしながら、色々な引き出しを出し入れしていた。


「無いね。ごめん。サイレンで買ってこようか」


「私が買って来ますよ。近くにコンビニがありますんで」


「あら、ユーレイさん、頼める?」「はいはい」


徳済さんはさすが対応力が高い。もうユーレイさんと普通に接している。


ユーレイさんは、そのまますぅ~とどこかに行ってしまう。


リビングには、俺のノートPCも持ち込んでいた。


チャット画面は、寝起きで打った『おはよ。INしてます』の次に、ギルマスさんの『りょ』、東京班の『了解』で止っている。


「ニュースも普通か」


「そうね。このまま進めばいいけど・・・」


「徳済さんは傷害罪とかでやばいんじゃ?」


俺はパンツ一丁、バスタオルで頭をゴシゴシしながら家の中をうろうろする。


ここは俺の家だ。ここで気を使うべきは、他人なのだ。絶対にそうだ。


「うっ。でもまあ、別人に思われていたみたいだし。ほとぼりが覚めたら大丈夫よ」


徳済さんのことだから、そのあたりは大丈夫なんだろう。


・・・


「ただいま。こんなんでいいですかねぇ~」


コンビニ袋にパンやら飲み物やらを入れたユーレイさんが帰ってきた。


「ありがとユーレイさん」「助かるわ」


『次のニュースです。○×厚生労働大臣の長男が、海外から輸入したマスクを転売して多額の利益を上げていた問題で・・・野党側は餅付総理の任命責任を・・・』


コンビニパンを食べながらニュースを見る。


「ねえ、徳済さん。サイレンに一言伝えなくていいかな」


「そうねぇ。あなたの『パラレル・ゲート』、どこまで酷使していいのか分からないから、私には言い出せないのだけれども」


「そういえばそうだけど。でも、使えば使うほど、マ国が日本人帰還事業に対し恩を売る形にはなるね」


徳済さんはソファーに座るユーレイさんをチラリと見る。


「マ国は今さらじゃない? サイレンには私が行くわ。連れてって」


「頼めます?」


「はいはい。でも、私があなたのお家から朝帰りってことになるわよ」


「いいんじゃない? 一人で泊ったわけじゃないって言えばいいじゃん」


「そうだけど、二人ともヤッたじゃない。あなた」


え? 徳済さん怒ってる? でも、あれは徳済さんも落ち着いた後はノリノリで・・・まあ、いっか。


・・・


徳済さんをサイレンに転移させて人心地。

チャットに何も表示されないまま時間が過ぎる。


『餅付総理が『アマビエは妖怪だ』と発言したことについて、歴史家の○○氏が皮肉を・・・集団催眠の可否について、専門家をお呼びしています。今日は可能派と不可能派で討論を・・・』


大したニュースはないかな。


『ピロリロリン ピロリロリン』


テレビから、緊急ニュース速報を知らせる音が鳴る。


おや。地震か、あるいは・・・


『棚中学校大量失踪事件の重要参考人確保・・・棚中学校大量失踪事件の重要参考人確保・・・』


は? そういう文字列が流れる。


直後、画面が切り替わる。


『緊急ニュースが入りました。棚中学校大量失踪事件の重要参考人とみられる男性を拘束したとのことです。繰り返します。警察からの発表によりますと・・・』


え? KTしゃべった?


ピンポ~ン・・・玄関のチャイムが鳴る。モニターには私服の男性が移っている。宅配便ではなさそうだ。


とりあえず居留守一択だ。テレビを消す。


同時にチャットに撃ち込む。


怪人キャッスル『ニュース見てる?』

ギ ル マ ス『緊急ながれたな』

怪人キャッスル『家に誰か来てる』

ギ ル マ ス『いきなり家宅捜索はないだろう』

怪人キャッスル『ドアノブ回してやがる。俺は行く』

ギ ル マ ス『りょ 俺もいどう』


玄関ではかちゃかちゃと音が鳴っている。

くっ、まさか家に入ってくるのか?


俺は急いでパソコンを閉じ、脇に抱える。。


「ユーレイさん。俺は第1世界あっちに行く」と、ソファに座っているユーレイさんに伝える。


「はいはい。でも、私達の拠点が・・・」


「それはごめん」


「まあ、どうとでもなるんですけど。またお会いしましょう。多比良さん」


ユーレイさんは首を反り返らせて、ソファの後ろにいる俺と目を合わせる。


「ああはい。ユーレイさん」


「気持ち良かったですよ?」


「それ言わなくていいです」


俺は、『パラレル・ゲート』に飛び込んだ。



◇◇◇

<<600人失踪事件対策本部>>


東京警視庁に『600人失踪事件対策本部』と書かれた木の札が掲げられた。

捜査班から次々に情報が上げられてくる。


「警部! 徳済宅襲撃事件で現場に残されていた靴ですが、蛇かなにかの皮が使われています。非常に珍しい靴なので、すぐに足が着くでしょう。ただ、不審な指紋は出なかったそうです。全てご家族か不倫相手のものだけですね」


「前田邸からの続報です。この家から徳済多恵とみられる指紋が検出されています。教頭の供述と合致します」


「多比良邸からの続報です。あそこは異常です。ありとあらゆる場所に指紋一つ残されておりませんでした。それから体毛1本も落ちていません。もちろん、多比良とその家族の分もです」


「多比良城氏の詳細が分かって来ました。旧姓、高橋八重と結婚、子供2人がいますが、先の失踪事件では妻の八重と子の志郎が行方不明になっています。娘の方は一人残されておりまして、今は祖父の家にいるそうです。どうしましょうか」


「娘は未成年か。どうするか・・・重要参考人ではあるが、まだ犯人と決まった訳ではないからな。しかし、何か事情を知っている可能性もあるか。よし、任意で事情を聞こう。しかし、多比良か・・多比良城・・・」


「どうされました? 水政内閣情報官」


「いや、私の同級生にそういう名前のやつがいたんだ。同じ歳だし、出身校は・・・やっぱり! こいつ、俺の同級生だわ」


「ほ、本当ですか? 一体、どういう人物だったんで?」


「普通のやつだっと思うが・・・いや、人の股間を覗いてはせせら笑っていたな。いわゆる変態だったのかもしれん。今思えばな」


「なんと、カルトで変態ですか。もうヤツで決まりでしょう」


#作者注;水政みずまさくんは、第44話に出てきております。



◇◇◇

<<日本 適当なホテル>>


大胆不敵であるが、俺たちは日本にいた。

ユーレイさんが普通にホテルに泊まり、そこに『パラレル・ゲート』の出入り口を移動。

そこに日本人会幹部である、俺、徳済さん、前田さん、高遠さんで転移。仲良くテレビにかじりついていた。

ユーレイさんもホテルのベッドの上でまったりしている。


『日本人大量失踪事件の重要参考人とみられる男性は、関係筋の情報によりますと、私立棚中学校の教頭先生とのことで、失踪した200人以上の中学生の行方を知っているとみて・・・』


『続報です。600人失踪者被害者の会の弁護士が、刑事告訴を行いました。これを受け、警察は日本人大量失踪事件の被疑者として、多比良城、それから前田信長両名を、本日付で指名手配しました。警察は多比良容疑者を主犯格とみて・・・』


『続いての事件です。病院法人徳済会会長の親族宅が何者かに襲われました。この徳済会病院ですが、会長の娘と孫が大量失踪者の中に含まれており、失踪事件と何らかの関係があるとみて捜査を・・・襲撃犯は被害者の妻である徳済多恵と顔が似ているとの情報があり、警察では行方を・・・』


「被疑者は多比良さんと前田さんか。徳済さんは別事件の被疑者であり、おそらく大量失踪事件の重要参考人でもあるだろう」とは高遠さん。


『現場から中継です。ここは前田容疑者の自宅前になります。ここが日本人失踪事件に関する幹部達が使用していた場所という情報が上がってまいりました。警察は、失踪事件の幹部とみられる前田容疑者の自宅の捜査に踏み切りました。パソコンを数台押収した模様です。現在、現場は警察が封鎖しており、鑑識が・・・・』


「くそっ! 俺の家に勝手に。パソコンも全部異世界に持って来れなかったからな。そんなにまずいモノは入っていないが。ちゃんと元にもどせよ、くそが! 証拠も無いくせに」


前田さんがぶち切れる。自分の自宅兼仕事場を荒らされるのは我慢がならないのだろう。そもそも無実だし。


「俺も、古いノートパソコンの存在を忘れてて。押収されたみたい。しかし、動きが速いですね」


「それだけ国も本気ってことでしょ。少し甘く見ていたかもね。いきなり容疑者にしてしまうとは」とは徳済さん。


『関係筋からの情報です。多比良容疑者のものと見られるパソコンを解析した結果ですが、美少女が沢山出てくるゲームを複数プレイした形跡が残っており、それには中学生としか思えない格好をしたキャラクターが多数出てくるそうです。警察では多比良城容疑者と失踪者に中学生が多く含まれていることの関連性を調べ・・・』


俺のPC、パスワード設定していなかったからなぁ・・・ゲームやっていたのは事実だけどひどい。


『前田容疑者の自宅から押収されたパソコンの履歴の一部を番組が独自入手しました。それによりますと、何と、保存日が昨日とみられる画像データが残されておりました。ファイル名は『多比良さん』となっており、警察では関連を調べています。これがその画像です』


テレビの画像には笑顔一杯の美少女の絵が映し出される。少しポケェとした感じの癒やし系だ。


『多比良城容疑者の小学生時代の幼なじみに、当時の話を伺いました。取材によりますと、彼は同じ男性の股間をのぞき込み、せせら笑っていたそうです。彼の話によりますと、変態なのではと・・・』


誰だよ、そんなことを言ったやつは・・・


『多比良城容疑者の職場から中継です。会社社長に取材を実施しております』

『あいつは最初からクズでした。失踪の当日も、休みを言い出したのは前日だったんです。半年近く休んでいますし、あいつはもうクビにしました』

『現場から中継でした』


「あ、俺会社首になった。マジか」「こいつら、やりたい放題しやがって」


「ああ、悪意ある報道だな」


「自分たちが正義という印象操作ね。支持率を上げようとしているんでしょう。それに、貴方達が犯人と決めつけているような報道。つまりはそういうことなんでしょう」


「日本の警察組織は、最初にこれといった筋書きを用意して動く癖がある。その筋書きを書いた人物が上役、特にキャリアとなると、それはもう絶対だろう。この決定事項をくつがえすのは大変だろうな」


「マスコミも相手の立場が弱いとみると踏み込んでくるから。しかし、これは最悪ね」


「事実は強いともいうけど?」


俺は、何故か会社が首になっても冷静だった。容疑者扱いもムカつくが、俺には第1世界もあるし、何とかなるだろうと考えることにした。そもそも事実無根だし。


「そう信じるしかないわね。仕切り直すわよ。今度は私と高遠さんで行くわ」


「徳済さん、傷害罪で捕まるんじゃ・・・」


「うっ。そのリスクは否めないのよね・・・あんな威力が出るとは思わなかったのよ。治しておいたから大丈夫とは思うのだけど」


「それに、高遠さんは、日本人会の代表者でもある。今日本に行ったらどれだけ拘束されるか分からない。輸送ギルドのこともあるし、そこのトレードオフを考えないと」


「どうしよう。人手が足りないわね。誰かいい人いないかしら・・・」


「最悪、まこくさんを頼る? 手紙を届ければ何とかなるのでは? ゲートを東京に移動させるだけでも違うと思うし」 


「あまりマ国に頼りすぎると、後々マ国側も一緒くたに実行犯にされかねないと思う。それに、ここまでくるともう、手紙ではどうしようも無いかもしれない。しかし、あの手紙とスマホはどうなってしまったのかしら。あれさえ見せれば分かってくれたはずなのに・・・」


「仲間の報告だと、無くしたようです。未成年とセッ○スしてたところに警察が踏み込んで来て、隙をついて逃げ出そうとしたけど間違えて別の鞄を持って出たらしいです。その後、仲間がホテルに戻って確認したけど、その鞄はどこにも無かったそうですね」とはベッドでくつろぐユーレイさん。


「誰かの手に渡った? 変なところに渡ったら、また面倒なことになるわね」


「ひとまず、また魔力の貯め直しと、今後のプランを立てるのと、それからこっちの日本人にも説明しなきゃならん」とは前田さん。


「あいつが全て悪い。全部ありのままを話してやる!」


「それから、桜子が心配だ」


「そうね。警察が直接どうこうはないと思うけど、メディア・スクラムが心配」


「じゃあ、ユーレイさん、ひとまずうちらはサイレンに帰ります」


「はい。私はここを引き払います。また多比良さんのお部屋に住みついておきますね。気に入ってるんですよ。あそこ。ジメジメしてて、薄暗くて」


よくあそこに戻ろうと考えるものだ。まあ、この人達が警察に捕まるとも思えない。気にしなくていいか。


俺たちは、ホテルからサイレンに転移した。さて、第2幕の準備だ。

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