第170話 晶編 秋のバルバロ邸 9月中旬

<<サイレン 部活中>>


学校の2学期が始まって早1週間。


2学期のシラバスは、友人達と一緒のやつで出したから、ほぼ1日友人達と和気藹々わきあいあいとやっている。


もう、あの古城での戦いや、魔石ハントが遠い昔のよう。いや、過去の物にしたい記憶もあるので、余計にそう感じるのかも。忘れたい記憶、あの筋肉ムキムキの人・・・シスのお父さん。


私は一人っ子だし、お父さんとお風呂に入った記憶もあんまりない。だから・・・だから、あんな・・・


「ちょっと、晶ぁ! 何ぼーっとしてるの。もうすぐ体育祭やるんでしょ。野球にパシュート。2学期も始まったばかりだし」


「ごめん、シス、ちょっと考え事してて」


私がぼーっとしてるの、一体誰のせいだと思っているのよ。


「しっかりしてよ。もうすぐ日本人の帰還事業なんでしょ?」


そう言いながら、シスはとっても悲しそうな表情をする。もうすぐお別れだと思っているのかな。


「そうだけど。いきなりいなくなる訳じゃないよ。話によると、1日に日本人だけで貯めることができる魔力量で異世界に行ける人って、せいぜい10人くらいなんだって。連絡するための人達のことを考えると、1日に帰還できる人は4、5人じゃないかって。私達、600人いるのよ? 単に帰るだけでも100日以上かかるって」


「それは聞いたけどぉ~。いずれは帰るってことじゃない」


すねてる。シス可愛い。


「その頃には、きっと自由に行き来できるようになるよ。さっきの魔力量は、ここにいる日本人600人での話。日本人は1億2千万人いるのよ? きっとすぐに膨大な量の魔力が集まるよ」


「だといいけど。ま、練習に集中しよ」


「うん」



・・・・

<<部活後 バルバロ邸のお風呂>>


「ふぅ~~やっぱりお風呂っていいわねぇ。なんで今まで入ってなかったのかしら。今では考えられないわ」


「うふふ。でしょ? お風呂に入るとぐっすり眠むれるしね」


部活が終わり、いつものメンバーで大浴場に入る。今の時間は宴会場が込んでるから、私達は御飯の前にお風呂に入る。


「以前はこうしているとあの人が空飛んできたのよね・・・」


「そうだね。わざとではないって言ってたけどね」


空を見上げると、もうすっかり日が落ちている。今は9月。日に日に夜が早くなっている。


露天風呂に浸かると、恒例の女子トーク開始。


「ねぇ。アカネってさ、ソウタと付き合ってんでしょ?」


「そうね」


「もうヤッタの?」


「え? う、うん。やっちゃった。てへ」


「は?」


クラスメートの茜、いわゆる『てへぺろ』顔で、爆弾投下。


「そうよねぇ。もうすぐ成人だもん。私も早くしたいなぁ~」


「な、何を言ってるのよ、シス」


「え? 何をって? 好きな人が出来たらさ、したいって思うでしょ? それって悪いこと?」


「いや、悪くは、ないけど・・・・好きな人って誰? ところでさ」


「おじさんって言いたいところだけど。何か違うような気もしてて。ロングバレル持っていたからついついふらっとしちゃったけど。気の迷いだったかも知れない。顔はおっさんだしね。結婚もしてるし」


「あ、ああ、シスが『結婚したい』というのは、特定の人がいるわけじゃなく、一般的な話で言ってるのね」


「そうよ? せっかく女に生まれたんだもん。大恋愛するの。そして盛大に結婚!」


「あはは。うんうん。私も大恋愛したい」


「カナコはどうなのよ。もう付き合ったの?」


「いや、まだだよ。シロくん、女性に興味はあるって思うんだけど。まだそういう考えには至ってないっていうか」


志郎くんと付き合う事が大前提の加奈子ちゃん・・・


「ああ、そうだなぁ。この世界って、ネットも本も、そういう経験がある高校生くらいの先輩もいないから。遅れてる気がするんだよなぁ」


「でも、茜先輩は、その・・・」


「ああ、うちらはここに来る前から付き合ってたし。それに、颯太の母親って医療関係者だろ? こういうことに理解があるっていうか。男女交際は清く正しく、なんてことは言わず、基本的に抑圧させないみたいなんだよな」


「そうなんですか」


「茜さんいいなぁ。わたしも誰かいい人いねぇっすかねぇ・・・」


「ルナちゃん・・・・」


「晶さん、なんでそこで無言なんですかぁ~~というか、晶さんって武さんとはどうなんすか!」


ルナちゃんが少しだけすねて、お湯をばしゃばしゃ飛ばしてくる。


「ひゃ、ごめん、なんだかごめん! でも、武とは本当に何もなくて」


「あいつはへたれというか、本当に野球の事しか考えていなさそうだよなぁ・・・」


いつもこんな話ばかり。はぁ、私はどうなんだろ。誰がいいのかなぁ・・・


がらららら・・・ 引き戸を開ける音。誰かお風呂に入って来た。


「おおい。アキラにシス。お前達に客人だ。上がってこい」


「はい? モルディさん? 客人?」


いきなりお風呂場にこの館の主人、モルディベートさんがやってきた。

客人って、今までそんなこと無かったし。それに今はもう19時近いはずだ。


「オキタと名乗っている」


「「ええ! オキタぁ!?」」


・・・・


「オキタちゃん!?」


急いでお風呂を上がり、宴会場に行く。

目の前にあのメイクイーンで知り合った料理人見習いの子がいた。


「あ、晶さん。いきなりごめんね。でも、自由時間が遅くなっちゃって・・・来ちゃった」


「一体どうしたの?」


あの時の子が会いに来てくれた。嬉しい。いや、本当に嬉しい。

思わず、小柄なこの子をハグしてしまった。


「仕事で。何? 晶さん暖かい。それにいい匂い・・・まさか、お風呂に入ったの?」


「そうだよ。お風呂あがり」


「ここにお風呂があるの? いや・・・今はいいや。それよりさ。大将達も来ているんだ。今は厨房にいる。晶達、御飯まだなんだろ? 僕たちに作らせてよ」


「え? いいのかな。晩ご飯、綾子さん達が準備してたんじゃ・・・」


「そこら辺は、料理人の腕の見せ所。任せてよ。お米も炊けているみたいだったし。実はね、鮮魚を持ってきたんだ」


「鮮魚、まさか刺身?」


「そう。刺身用に締めた鮮魚。日本人って刺身が好きなんだろ? サイレンでは珍しいって聞いて」


鮮魚と刺身の言葉を聞いて、宴会場に残っている日本人達がざわつき始める。まだ、大人達も宴会場に残っているみたい。


「ああ~~」


厨房の奥から出てきたのは綾子さん。


「話は聞いた。メイクイーンに行ったときの知り合いなんだって? 料理人の。厨房を貸すことにしたから、みんなバルバロ料理を楽しんじゃって」


「いいの? 綾子さん。今村さんやモルディベートさんも・・・」


「モルディさんの許可は出てるわよ。お腹が痛くなってもモルディさんが治すって」


「おいおいアヤコさん。俺の料理はお腹なんて痛くならないぜ。任せなよ。厨房もとても衛生的で立派だし。俺もイマムラ殿に勉強させてもらうつもりで料理するよ」


もう一人、おじさんが厨房から出てきた。


「大将。私は寿担当でいい?」


「いいぞ。早速仕込め」


「寿司だってぇ~~~~」


日本人達がざわめき出した。


・・・・


寿司パーティが始まった。噂を聞きつけた日本人達がどこからともなくやってきた。

私達もお寿司をいただいている。今は武や颯太や志郎君達も合流している。


「へい! エンガワ出来たよ~~。イカはちょっと待ってて。今、綾子が開いてる」


「アオモノ10貫おくれ。それから赤だしもお代わり」


「汁物はルナに言ってよ。こっちは握り専門」


いつの間にか大量の日本人達が集まってきた。寿司なんて珍しいし。しょうが無いか。


オキタちゃんが近くに来た。気になることを聞いて見る。


「ねぇ。オキタちゃん。今日は一体どうしたの? ばたばたして聞けなかったけど」


「だから今日は仕事だよ。移動砦の出張料理人の仕事。街に着いたらオフの契約だし、移動が早いから鮮魚が運べると思って。晶さん達のために沢山持ってきたんだ」


仕事か。すごいなぁ


「ほう。バルバロからの直通かい? おじさんたち、助かっちゃうなぁ。このお酒もおいしいし」


後ろのおじさん達、すでにオキタちゃんにメロメロにされている。


「でしょ! バルバロ酒っていって、米から造ったお酒」


この子、表情が豊かなのよねぇ。全力で喜んで全力でびっくりして・・・少しうらやましい。


「だからか。どことなく日本酒の風味」「わさびもあるんだな。すごい」「この黒いのは醤油みたいだな。うまい」「なつかしいなぁ、ここでお刺身が食べられるとは」「寿司職人がいるだなんて。不思議だ」「オキタちゃんかわいいなぁ あのちっこい角が特に」「いやいや、ノルンちゃんもなかなか。アレ? ノルンちゃん何処行った」「さっき、どこかの嫌がるおっさんを無理矢理トイレに連れて行ったけど?」


皆楽しそう。

来てくれてありがとう、オキタちゃん。


ふと、少し離れた席の人達が目に入る。


「ふむ。このお寿司はなかなかのものですよ」


「げははは。うまかぁ。うまかぁああ」


「けけけ。お嬢ちゃんや、海苔は無いのかのう」


「にょほほほ。しーす~」


おばあちゃん達も来ている。何故か一緒におじさんの奥さんもいるし。

いいなぁ~平和だな~。


ドン! がしゃん! パラパラ・・・玄関の方で甲高い破壊音が・・・


「たのもぉ~う。おおい、タビラっていうのがここにいるって聞いてよお」


静寂・・・


楽しい雰囲気が一瞬で凍り付いた。一体何なの?


「誰だ? こんな時間に全く。今日はじじいもおっさんもいないのに・・・ぶつぶつ」


モルディベートさんがすたすたと一人で玄関に向かう。この雰囲気の中、普通に行動できるのって凄いと思う。


「がははははあ。お前はモルディベートぉ! ひ、ひさしぶりだなぁ。来てやったぜぇ」


何だか変な人だ。だって、どう見てもそこそこのお年の女性なのに、セーラー服を着ている。目つきが悪いし。


「誰だお前は。知らん。帰れ」


「オラァ!」 バン!


きゃぁ。モルディベートさんが殴られた? いや、殴られていない? いや、殴られているけど、普通に立ってるの?


「がはは」


「ちょっと痛い。今はアルティも出かけているし面倒だな・・・思い出したぞ? お前は確かケイヒンのぽんこつか? 生きていたのか」


「何が生きていたか、だよぉ。聞いたぜおい。お前、タビラという男のオンナになったんだってぇ!?」


「何ぃいいい!? そうか・・・そうだったのか。やっぱりそうか・・・そうだ! 私がタビラの女だぁ!」


いや、モルディベートさん、多分、勘違いなんじゃ? というか奥さんの前でそんな。でも、あの無表情なモルディベートさんが破顔していてとても幸せそう。


「がはははは。そいつはうちらケイヒンが貰うことにしたぜ。何々? そいつの好みの女性はオレ達なんだってぇ? オレらがそいつを飼ってやるからよぉ。そうしたら、莫大な富をうちらに分け与えてくれるんだろう?」


「んふふふ。手荒なまねは駄目でしてよ。しっかり、貢いで貰わないといけないから、五体満足で言うことを聞かせなくちゃ」


次に、とても背の高い女性が入ってくる。桜子先輩ほどではないけど。ただ、この人もセーラー服だ。どう見てもおばさんなんだけど。


「ぶふふふ。こいつら米食ってやがる。なんて贅沢な奴らだ。全部よこせやゴラァ!」


バン! パリン!


とてもおデブでデラックスな女の人が玄関のガラス戸を割って入ってくる。この人もセーラー服。どうでもいいけど、ちゃんとこの人の体格に合わせて仕立てたのだろう。すごい。


「叔母様達。少しは落ち着いたらどうだぁ? オレは刑期明けで高ぶってるんだ。そのタビラって男、オレが先にセ○クスさせて貰うからなぁ」


次に入って来たのは、とんでもない大きさの筋肉の女性。肩の筋肉だけで人の頭くらいの大きさがある。腕もフトモモも恐ろしいくらいに大きい。この人もやっぱりセーラー服。顔は可愛いし、以外と似合っている。


「おいおい、子供達。ちったぁ落ち着きな。日本の皆様がビビってらっしゃるじゃないの。で? その男はどこにいるんだい。 私もそろそろ引退さ。その男と毎日ヤりながら余生を楽しむよ。少しくらいはお前達に分けてやんよ。運が良かったら、”はらむ”かもなぁ。ぎゃははははは」


私は、今日初めて知った。ことを。

最後の人は背が小さく、細身でかなり高齢の人だった。でも、若いときは美人だったのかもしれない。


「あはははは」「うふふふふ」「けっ、早く出てこいや! 種馬の金づる野郎がぁ」


ゴン! もの凄い音がする。


「まず一人。私はあいつの女だからな。帰る家は守らなければ」


モルディベートさんが目の前にいた筋肉隆々の大きな女の人をぶん殴った!?

モルディベートさん、怒ってる? いや、いつも怒っているような顔してるけど。


「あははは。お前がバルバロのぽんこつ娘かい。いいだろう。がはははは おい、あいつを連れてこい」


「ぶふふふ。ほらぁ」


え? ロープで縛られて、ぐったりしている人って・・・まさかエリオット!?

血が出てる。全く動いてない。あいつら・・・


「おい、いいのか? こいつはお前の弟だろう。先に少し締めておいたぜ」


「・・・エリオットのやつめ。負けたのか・・・しょうがないヤツだ」


「おら、お前ら、この女をぶちのめせ。こいつは人質には弱いんだ」


「けっ、人質なんていらないがな。くっそ、さっきはなかなかのパンチだったぜぇ?」


最初に殴られた筋肉が起き上がってくる。思いっきり鼻血が出てる・・・いや、今はそれどころではない。


「これは抗争なの? モルディさん。私達が助太刀していいの?」


厨房から出てきた綾子さんは、もの凄い怖い目つきをしていた。


「アヤコ殿。これはもう抗争だろう。いや、戦争に発展する可能性すらある。こいつらはケイヒンの悪女。誰だ? こいつらを解き放ったのは・・・」


「じゃあ、私は小峰綾子! 私はバルナロ家に助太刀する!」


「アヤコ殿、いけない。こいつらは強い」


「でも、放ってはおけないじゃない。後ろには子供達もいる!」


「げははあっはけけ。日本人か・・・おい!」


「あはははは。日本人なら、ほれこの通り」


あれは、血まみれの・・・黒い髪・・・男の人・・・


「高遠さん!」


「お父さん!? 何故?・・・あああああ」


おとうさん? え? 武のお父さん?


「があああああああ。許さない! お前達日本人をおお!」


綾子さん切れた。私も頭に血が上る。目の前がちかちかする。

どうしょう。殴る。炎。障壁がある。駄目。どうしたら。おじさんだったら。一体どうやっておじさんは戦っていたの? 拳を造り、一歩出る。


「晶、貴女はだめ。ルナ、晶を止めて」


「だめだよお母さん・・・わたしも、わたしもたたかうよぉ・・・」


ルナちゃん。もう、目つきが・・・


「・・・晶さん。大丈夫。いざとなったら僕が・・・」


駄目、オキタちゃんは関係無い。


「ほんっと、この子らは根っからの海賊だねぇ。ケイヒン一族は本来海賊。奪ってなんぼさぁ。ああ、いいねぇ。がたがた怯えちゃって。お前たち、バルバロも日本人も大したことはないよ。このままここを奪うよ。そしてそのタビラとかいう成金男も奪う。海だけでなく、陸も空もうちらのものさね」


「がはっははあ」「ぶふふふ」「けっ行くぜオラァ」「ククク」


来る・・・セーラー服の老婆。障壁展開・・・私もたたかう・・・


「何か、聞こえますよ。本当の、戦争も知らない小娘が」


後ろから、誰かが出てくる。


「がはは。臭かぁ。臭かぁ。まるで火山の噴火口のごたる・・・」


大きなおばあちゃん。なんだろう。頼もしいような・・・


「けっけけけ。全員処女ばい。わいたし」


細いおばあちゃん。あの人達、処女なんだ・・・


「・・・今日はお仕置き・・・」


おじさんの奥さん。不思議なオーラを感じる。あそこだけ、空気が歪んでいる。まるで、桜子先輩みたい。


「なんだぁ・・このばばあ達は」


「大おば様。こいつら魔術士かも。最初にやりましょうよ。後が楽になります」


「姉御が、ここに行けというから来たんですよ。これも、あの方のためですよ」


「けっ。こいつらをぶちのめして、あっちのバルバロ女に判子押させりゃ勝ちなんだろ? いいぜ、やってやら・・・」


「田助さん、角力さん、八重さん、行きますよ」


お、おばあちゃんとおじさんの奥さん? 戦うの? 大丈夫かなぁ・・・


3つの老婆と桜子母が、ゆっくりと前に出る。

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