第133話 神の国からの使者と旅行の準備 8月下旬

<<サイレン 新興貴族領>>


ぴっぴ~~~


サイレンの新興貴族領で、誘導の笛の音が響き渡る。


「ヘレナ行きご一行様はこちら~~~並んでくださ~~い」


サイレンのワックスガー子爵邸の前には手配した竜車が10台以上並び、日本人ご一行が列を成していた。


幹事役のワックスガー子爵は旅行に関するノウハウが無いため、ガイドを旅行代理店に丸投げしていた。

そして、旅行代理店から派遣されてきた男はザヴィエルという男。今は、旅行参加者である日本人達を竜車に案内している。


ここサイレンから、旅行先のバッファ男爵領までは400キロ。なので、移動には4日かかる。

だが、今回の移動は竜車である。王城からサイレンにトカゲに乗って移動してきた日本人達にとって、竜車の4日間くらい許容範囲であった。無料だし。宿泊は街の宿だし。


今からこの一行は、サイレンから北東へ2日の距離にある大都市ルクセン経由で、片道4日のバッファ領にある古城に行く。そして、その古城で夜会を楽しむ予定である。


この旅行が、神の国行きの片道切符であるとも知らず。


「ごきげんよう。今日はこんな素晴らしい旅行に呼んで貰えて光栄だわ。何でも貴方のお陰で旅行代が全てタダなんですって? 凄いわねぇ」


そう声を掛けられたのは日本人組織『シングルマザーの会』の会長である。


「ええ。私がここの子爵家の当主を落としたの。彼ったら毎晩のように求めてくるのよ? もう私の言いなりよ。副会長の方も彼の部下達を手なずけているし、もうここの貴族は私たちの家のようなものだわ」


「そ、そうなのね。今回は子供達と一緒に旅行に行ける良い機会だし、感謝しているわ。じゃあね」


話かけて来た女性はそそくさと立ち去った。一般的な女性である彼女は、瞬時にして『こいつとは話が合わねぇ』と思って逃げたらしい。


「お母さん。おれ達どの竜車に乗ればいいんだ? 少しはトカゲ騎乗で遊びたいけど」


「ん? 何処でもいいわよ。お友達と一緒に乗ればいいじゃない」


「分かったよ。よし、行こうぜ」「おう」


どこかで見た男子中学生達がぞろぞろと移動していく。かつてバルバロ家によって捕虜になった日本人中学生達。彼らはバルバロ邸襲撃後、僅か1日足らずで解放されたため、自分たちは喧嘩には負けたが大して悪いことはしていないと勘違いしていた。


実際には、あの時の彼らは捕虜になったのであり、その開放のために賠償金若しくは相応の価値の不動産等の譲渡が行われている。そのような難しい話を知らない彼らとその保護者達は、自分らの事を『おとがめ無し』と捉えたらしい。


なので、今日こんにちも堂々と過ごしていた。ちなみに、彼らのガールフレンドである”えりか”は、ここにはいない。いくら恋人と主張すれど、どう見ても中学生の不特定多数不純異性交遊。なので、えりかは日本人の大人達が強制的に引き離したのだ。今ではシエンナ子爵家の屋敷でお節介おばあさん達に囲まれて暮らしている。


「あ、楠木さん。あなたも参加するのね。ほんと何にもしていないくせに」


「だって。でも、今回のこの旅行、費用がタダなんでしょう? 私が参加してもいいじゃない」


「そうだけどさ、あそこにいるのって、アンタのおばあちゃんでしょ? いいの? あんなお年寄りに長旅させて。途中で具合が悪くなったりしたら皆の迷惑になるのよ?」


「だって、行きたいって言うんだもん。仕方がないじゃない。お世話はお友達のおばあちゃん達がするって言ってくれてるし。お友達3人もいるんだし、何とかなると思う。それに、あの人は私のおばあちゃんじゃなくて、旦那のおばあちゃん」


「あっそ。せいぜい楽しんでね」


・・・


「はぁ~い。皆様、全員乗り込みましたねぇ? では、出発します。行きましょう、古城へ・・・そして、神の国へ」


ザヴィエルと名乗るガイドの最後の言葉は誰も聞き取れなかった。


◇◇◇

<<次の日 サイレン バルバロ邸 キャンプの事前説明会>>


「と、言うわけで、バッファの古城に行くぞ!」


「わぁ~~~」「ぱちぱちぱち」「いよ!」「よし、初陣だな」「これで、ロングバレルをやっと」


「で、出発は。旅程は1泊2日。あの移動砦に全員分の毛布はないので、自分の分は準備してくるように」


今回参加者はなんと34名。子供13名、大人21名。

今日は説明会と称して、参加者をバルバロ邸の宴会場に集めている。


我が家は3人。嫁もちゃんと来る。いや、嫁が来たいと言ったので、日程を嫁に合わせてしまった。

まあ、このくらいのわがままはいいだろう。


元Dチーム関連の小田原親子、綾子さん親子、晶に高遠親子、祥子さん親子に徳済さん親子、バルバロ家からは中学生2人と留学生2人、俺の護衛3人に元近衛の4人、さらにバッファの案内役としてクリスが同行する。さらに、一応、皆の護衛として冒険者を雇ったら、ギルドマスター本人が参加することに。子連れで。


あの移動砦は、それくらいの人数は余裕で入る。

3階の食堂と4階の風呂場横の休憩室は和室にしたので寝床になる。

なので、子供達は雑魚寝で、2階の個室には大人達が別れて寝る感じにする。


「旅程は、まず初日は8時集合、8:30出発だ。朝食は食べてくるように。それから200キロ先のシエンナ子爵領に寄って買い物など街の観光を行う。そこで少し早めのお昼御飯をいただく。お昼の手配はトメーザ氏がやってくれた。後でお礼を言っておくように」


ぱちぱちぱち~~~

拍手が起きる。収まるのを待って話を再開。


「さらに、そこから200キロ先のバッファ領の湖に行き、そこで釣りなどのんびりして遊ぶ。で、夕方からバーベキューして夜は移動砦で寝る。次の日は起きたら、皆で朝ご飯を作って食べる。で、帰りはルクセン側ルートで飛んで、もちろんルクセンに寄る。そこで買い物して昼食してそのままサイレンまで帰ります。何か質問は?」


「はい! システィーナです。シエンナからバッファ領までの移動はどのルートで飛ぶのでしょうか」


「人類未到の地を山脈沿いに飛ぶ。モンスターが出るかもな。さて他にご質問は」


「やったぁ! おじさん大好き!」


システィーナの立派なツインドリルが大きく揺れる。


・・・


説明会は、質疑応答の後終了・解散。


ちなみに、旅費はライン家からの賠償金でどうとでもなる。まあ、魔力は自前なので実際に掛かるのは飲食費だけだし、意外と大した出費ではなかった。雇っている元近衛はそろそろ給料を決めないといけないので、これから出費は増えると思うけど。


「ええつと、一般参加者が解散したとこで、これからはクルー諸々での打ち合わせですね」


今は元近衛4人集と俺の護衛達、それから冒険者パーティーが残ってくれている。それから何故か徳済さんと高遠氏、システィーナと晶も。


「ああ、護衛は冒険者に任せなよ。ベストメンバーでいくぜ。まあ、キャンプには子供も連れて行くけどよろしくな」


「ははは。前田さんも楽しんでください。前田さんのお子さんは1年生だったですよね。クラスは違いますけど、うちの子や加奈子ちゃんも1年生なんできっと打ち解けますよ」


「うちの子はどうもインドア派なんでね。ガンガン外に連れ回して欲しい」


「それとなく子供に言っときますよ」


「ああ、それでな、今回はシングルマザーの会が主催した旅行と被っただろ。日程も行き先も」


そうなのだ。偶然だと思うが、別口で日本人達があのバッファ家の古城に旅行するらしいのだ。

俺の方は場所代タダのキャンプにしたので、何だか俺がケチ臭いみたいになってしまった。


「でな、ベストメンバーであることに偽りは無いんだが、あっちに子供とかが行っている親に来て貰った」


「あちらには行かなかったということです?」


「ああ、おばあちゃん達と来ている連中でな。あっちには子供とおばあちゃんが行っているらしい」


「そっか。まあ実力に問題が無ければいいです」


「実力は申しぶんないさ」


・・・


「じゃあ、まずは自己紹介から、今回の副艦長は、ブレブナー家のオルティナです。事実上、艦の運営のトップとなります」


「はい! 光栄です。よろしくお願いいたします」


ぱちぱちぱち~~~~


オルティナはとても誇らしげで、少し目が潤んでいる。


「で、操舵手はバルバロ家のフランシスカ、通信士はランカスター家のマシュリーです。マシュリーは副艦長補佐官も兼任するので、オルティナが席を外している際には彼女が副艦長相当となります」


ぱちぱちぱち~~~~


「見張りはフェイさんとヒューイが担うけど、彼らは着陸時の誘導やら何やら移動砦運営側の作業もするから、モンスターや恐竜の見張りは冒険者と協力して担当して欲しい」


「了解。フェイさん、ヒューイさん、後で打ち合わせしましょう」


まあ、細かい話は当事者で話し合って欲しい。


「で、今回、運用中の移動砦の広域魔術障壁の総責任者は、ここにいるツツに任せようと考えています」


「ツツ・ジマーです。お見知りおきを」


「ジマー? まさかね・・・」


「ん? ツツはジマー家出身です。駐ラメヒー王国全権大使のイセ・ジマーさんの親戚」


「は? あ、ああ、そうか、なるほどね。うん」


「まあ、ぶっちゃけ、俺がイセ大使にお世話になっているのは確か。そこら辺のご質問は個別に受付ますよ、高遠さん」


「うん、了解」


「だけど、個人的に魔術障壁人員が手薄だと考えているんですよね。冒険者サイドはどうなんです? 今回のメンバー的に」


いざとなったら俺の空間魔術バリアもあるし、息子と加奈子ちゃんペアもいるんだけど。


「それなら問題ない。俺が広域魔術障壁を使えるからな」


「そうだったんですね。了解です。後はそのくらいかなぁ。あ、アルセは俺の護衛な。よし、かいさん・・・・」


「ちょっと待ってよぉ! 私はよ。私はどうなのよ。どこのポストなのよ。この優秀な私がよ!」


「は? なんか言ったか? この糸目が。お前はおとなしく生きた魔力炉でいりゃいいんだよ。この犯罪者が! だいたいお前はなんでここにいるんだ? ああん?」


「別にいいじゃない。実家を勘当されて何処にも行くところないんだもん。知り合いで雇ってくれそうな人って、タビラさんくらいしかいなかったし! 私のダーリンになってくれたし!」


「お、お前、余計な所まで記憶を消されたんじゃないだろうな」


「え? いや、私が忘れたのは知っていたらまずいことだけですわよ? 多分」


いきなり糸目の女性とマシュリーが喧嘩しだした。どうもこの2人は犬猿の仲らしい。

というか、糸目の仕事決めてなかった。


「う~ん。糸目は秘密兵器だ」


「秘密兵器?」


「いざと言う時の切り札という意味だ。他に質問は?」


「秘密兵器、私が・・・切り札・・・なんということなのでしょう」


糸目が悦に入った。それを見た冒険者ギルドの面々が暖かい目になる。


「さて、明後日に向けて、艦の下見なりなんなりしておいてくれ。艦内では副艦長のオルティナの指示に従うように。それから糸目とフランとマシュリーは艦内チェックと魔道具の魔力補充をよろしく」


「「「了解」」」


糸目は仕事を与えるとちゃんとこなす。出自は怪しくないし、あの事件の犯行動機は自分の趣味だし、使い方次第な気もしている。


「じゃあ、これで解散けろ?」


「解散だ。だけど、アルセロール。お前は俺の護衛な。今日から一緒に行動してくれ」


「分かったけろ」


彼女には特務に就いて貰う。

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