第124話 バルバロ辺境伯領へ バルバロ流のおもてなし 8月下旬

「・・・ごめんくださ~~い! 誰かいませんか~~~」


農村風建築物の前に残された俺たちは、途方に暮れていた。

だって、誰も出てこないし。

ここには門番も執事も給仕もいない。


「ごめんくださ~~い」「ごめんくださ~~い」


「はぁ~~い」


やっと、誰か反応した。田舎の定食屋みたいだ。

パタパタと奥から出てきたのは、俺たちと同年代か少し上くらいの女性だった。


「あら、いらっしゃい。あなた方がタビラさん? お話は聞いています。どうぞ」


とてもスタイルのよい女性。このくせっ毛は、どこかで見たことがある。


俺たち5人は、案内の女性についていく。


「あなたぁ~タビラさんがいらしたわよぉ~~?」


奥に旦那さんがいるのだろう。

なんだか一般家庭みたいだ。


「おお。日本人か。今行く。おい。子供らも連れてこい。挨拶させるぞ」


奥でどたばたどたばたと音が聞こえる。


「ええ~つと、どうしましょうかねぇ。そうだ。お庭に行きましょう。あそこだったら広いし」


くせっ毛の夫人に案内される。どうもこの屋敷には応接室は無いらしい。

そういえば、サイレンの屋敷にも応接室はない。厳密には応接室は造ったけど、倉庫になった。


「はいはい。ここでどうでしょうか。今片付けますね」


お庭とやらは、何も無いグランドだった。でも、荒れ地になっていないから、何かに使っているんだろう。


屋敷と庭の間にひさしのあるスペースがあって、そこにテーブルと椅子がある。

ここで待っておけと言うことなんだろう。


これはこれで趣があっていいかも。

まるで、本当に日本の田舎の農家屋敷だ。

軽トラとかトラクターがあったら、ぴったり似合いそう。


「お茶をお持ちしますね」


くせっ毛の夫人は、ぱたぱたとまたどこかに行ってしまった。


「何だか意外だな。辺境伯というくらいだから、武人なのかと思っていた」


「そうですね。しかし、ここ、もう少し片付けますか」


「そうですね。掃除しましょう」


・・・


「あらあら、綺麗にしてもらって申し分けありません。お茶をお持ちしました」


「済みませんね。ん? これはなんでしょうか」


お茶は分るが、お茶請けに懐かしいものが。


「え? これは生魚の切り身です。苦手でしたか?」


「いえ、大丈夫です。ラメヒー王国では珍しいもので、少しびっくりしてしまいまして」


「そういえば、バルバロは何でも生で食いたがるお国柄だったっけ?」


「こちらバルバロ醤になります。魚に付けてそのまま食べてくださいね」


くせっ毛の女性はまたぱたぱたと去って行ってしまった。

しかたなく、内輪だけで刺身を堪能する。


「これ、マグロっぽい。ふむ。おいしい。ちゃんとした刺身だな。わさびっぽいのも付いてるし」


「ほんとですね。こちらの白身魚もおいしい。締めとか、血抜きとか熟成とか包丁の入れ方とか、ちゃんとしてるのかも。それに、お刺身ってお茶とも合うし。これはこれでいいですね」


日本人2人が早速刺身をつまむ。他のメンバーは少し躊躇しているようだ。


刺身を食いながら待っていると、奥から人がぞろぞろと出てきた。


「いやいや、よくいらしてくださいました。私がモッサ・バルバロです。こちらが第1夫人、モルディベートの母親です。こちらが第2夫人、フランシスカの母親になります。日本の方にはサイレンで娘達がお世話になっているようで」


ようやく登場したモッサ氏は、水色の目、高身長でガタイの良い、よく日焼けした紳士だった。

服を着ていてもなんとなくわかる。多分、相当鍛えられている体だ。

表情は穏やかだが、どこか迫力のある人だと思った。


「いや、こちらこそ、モルディベートさんにはお世話になっております。サイレン屋敷も日本人のたまり場になってしまってて」


「ははは。積もる話は夕飯の時にでも。続いて、こちらがランスロッテ、メルアビィ、ハッシャになります」


次々に紹介されるが覚えられない。


え~つと、お姉ちゃんの方のランスロッテは、多分フランの妹だ。くせっ毛の感じがそっくり。日本の感覚で言うと、高校生か大学生くらいと思う。対してメルアビィは若い。多分、モルディベートの妹だ。ストレートヘアで手足が長い。ハッシャくんは男の子。くせっ毛なのでフランの弟なかもしれない。


ランスロッテが着ている服は、ぶかぶかなので多分お姉ちゃんのお下がりなんだろう。ほっこりする。

対してメルアビィの方は、別の意味で服のサイズが合っていない。スカートは下着が見えそうなくらい短いし、上着も7部袖みたいになっている。

多分だけど、急激に体が大きくなって、服が置いていかれているのだろう。


ハッシャくんは小学校低学年くらいで、ランスロッテに手を引かれ、ぶかぶかの服を着てぽかんとしている。なんかバカっぽい。


共通点は、みんな水色の瞳。すらっとした体型。


「夕食は我が家でご馳走します。バルバロ料理のおもてなしをご堪能ください。宿泊も是非うちに泊まられてください」


ここで、『いいえ、ホテルに泊まります』とは言えない。俺たちはこの農村風建築物のバルバロ屋敷に泊まることに。


時は夕方、もうすぐ御飯の時間だ。


・・・


畳部屋に通される。いや、畳もどきか。靴を脱いでくつろぐ。ここの屋敷は廊下までは土足で、部屋の中は裸足スタイルのようだ。


「いや、何だか貴族的でなくてほっこりしますね」


「そうですね。日本の田舎に来たみたいです」


「日本の田舎って、ここみたいなんですか?」


「ここっていうか、広い家に広い庭。広い畳の部屋、こういうのは今では田舎にしか無い。都会は人が多くて土地が狭いから」


「そうなんですね」


「ごめんくださ~い!」


「おや、お客さんかな?」


「ごめんくださ~~~い!」


相変わらず、誰も出ない。


この部屋は玄関にとても近い。


気になって、廊下から顔を出す。すると、お客さんと目が合ってしまった。


そこには、角刈りで割烹着を纏った人物が立っていた。

いや、後ろにあと2人くらいいる。


「今日、夕食を頼まれてよ。出前に来た」


俺に話しかけられても。


「ほう。出前ですか。厨房はどこかな・・・?」


「いや、食材も道具も持ってきたからよ。通してもらうのは食事部屋でいいぜ」


「そうなんですね。ここが夕食会場のはずですが」


「そこか。分かった」


「は、はあ」


お客さんがずかずかと上がり込んでくる。いいのだろうか。許可したわけではないんだけど。

まあ、この料理人の大将みたいな人も慣れてる感じだし、いいのだろう。


しかし、出前を呼ぶんだな。ここの習慣なんだろうか。


ところで、やけに道具が多い。大将の他に2人いて、部屋の端に道具を降ろし、何かの準備を始めている。

テーブルにまな板に包丁もある。


出前というか、ここで料理をする気だろう。料理を料理人ごと出前する。ある意味贅沢だ。


俺たち5人は手持ち無沙汰なので、部屋を掃除したり長テーブルを運んだりして会場設営を手伝う。


「あらあら、もういらしたのね。ごめんなさいね。準備させてしまって」


第2夫人登場。


「いえいえ、手持ち無沙汰でしたから、準備くらい手伝いますよ」


「ところで、タビラさん? 娘のメルアビィとランスロッテ、どちらがお好みかしら?」


「好み? いや、いきなり聞かれましても。甲乙付けがたく」


「そうですか、困りましたわねぇ。2人ともでいいかしら」


第2夫人はまたどこかに行ってしまった。


「おお。魚だ。アワビもいるな。これは豪勢なんじゃないか?」


「え? 本当だ前田さん、これは期待できるかも」


料理人達の方を見ると、沢山の海産物が持ち込まれていた。


暇なので、そのまま料理人の準備を見学する。


料理人3人は、てきぱきと畳の上に置いたテーブルにトレーを出し、柵状になった魚の身やタコの足みたいな食材、腕くらいある大きなエビ、貝類などを並べていく。


さらに、おひつに入った米。


「この香りは、まさか寿司か?」


「酢飯の香りですね。本当に寿司なら超ラッキーですが」


「お!? お客さん、寿司をご存じですか。今日はお祝いってことで、準備いたしやした。楽しんでおくんなせい」


「豪勢だな。すごい。流石バルバロ辺境伯だ」


長テーブルの上に巨大な舟の模型が置かれる。それから七輪みたいな壺。


「これは、舟盛か? 凝ってるなぁ」


「こっちは七輪だな。何かをあぶって食べるんだろうな」


「今日は、アワビのいいのが入ってるから。踊り食いを出しますぜ」


「ほほう。エビの頭なんかもあぶって食ったらうまそうだな。楽しみになってきた」


「すごいですね。盛り付けはユフインより豪勢かも」


「そうだな、ツツ。あそこは、基本、最初から火を通してあったものが皿で出てきたからな。おいしかったけど」


「お待たせしましたぁ。場所はここですよね」


「ええっと、メルアビィとランスロッテちゃんだったっけ? 会場はここのはず」


妹2人組がやってきた。


「あ、もうお舟が置いてあるんですね。もう入っていいですか?」


「お、今日は2人かい。準備しな。乗せてくからよ」


板前さんが、柵状の魚を一口大の切り身にしていく。


「はぁ~い。さ、メルちゃん、準備して」「はい、ランスお姉ちゃん」


姉妹でお手伝いかぁ。ほっこりするな。


ん? 脱いだな。何やってるんだ? 彼女ら、水魔術で体を洗いっこしてるし、まさか・・・


「じゃあ、最初に私が寝るから、メルは横を向いて私の左肩をまくらにして、足を絡めて、そうそう。どう? メル。頭痛くない?」「うん。大丈夫。ランスお姉ちゃんも辛くない?」


なんだ? この状態は・・・


「まさか、女体盛り・・・」


何を考えているんだ? バルバロ辺境伯は。


身長が大きく女性らしい体をしたランスロッテが舟の中央に仰向けになり、その横にすらっとした手足のメルアビィが腕枕状で横向きに寝そべる。腰のくびれがぐっとくる。もちろん、大事なところは布を付けている。


これが、この地方の食文化なのか? 食文化なら無碍にするわけにもいかない。


「よし、お前達、盛り付けな」「「はい」」


板前さん達も至って普通だ。これは動揺してはいけない。


「た、多比良さん、これっていいんでしょうかね」「いいんじゃないですか? 前田さん。食文化を否定してはいけません」「そうですよね。これは文化だ」「はい、文化的な行為です」


全力で自己肯定するおっさん2人。嫁や女性陣を置いてきてよかった。女性ならフェイさんがいるけど、許してくれるだろう。


職人達は2人の体に料理を盛り付けていく。ちゃんと大葉や大根のつまなんかを先に置いて、刺身が地肌に直接触れないような工夫が見られる。腕くらいの太さの大きなエビがランスロッテのお腹の中央に載せられる。


メルアビィは横向きになっているので、盛り付け難そうだが、上手に肩や脇腹、お尻の上に載せられている。


体の周りにも大量のつま、黄色い菊の花。色とりどりの海藻類、小エビ、殻付きのアワビなどが並べられ、一つの作品が出来上がっていく。


こ、これが、これがバルバロ流のおもてなしなのか?


バルバロ辺境伯領、想像の斜め上に凄かった。

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