第118話 徳済さんにネタばらしとクルーの追加 8月下旬

起きた。


すでに嫁と息子は、外出済みだった。

布団からもそもそと起き出す。時間はまだ6時半。この世界の朝は早い。

とりあえず、例の朝食の店に行こうかな。久々だ。


家を出る。玄関口にはツツが待っていた。


「お、ツツおはよう。ちょいと待ってくれ。朝起きたばっかりで。お店で朝飯食って髭剃って、体洗浄してくる」


「そうですか。護衛としては、その辺はお店では無く、ご自分でなさるか、専用のメイドを雇って欲しいのですが、仕方がないですね。私も付いていきます」


「いいぞ。済まんな、何か」「いえいえ」


・・・


久々にむっちりお姉ちゃんの施術を受けた。顎がつるつるになった。


「いや、あそこなら大丈夫です。よく見つけましたね。あんなとこ」


「サイレンに来たときにたまたま入ったんだけど、良い店だろ? でも、いつもお客がいないんだ」


「でしょうね。あそこ、うちの諜報機関ですから」


「は? え? そうなの?」


「そうですよ。あそこならタビラさんの暗殺などは無いでしょう」


「あ、そうか、ひげ剃りの時って、障壁消すから、首を掻き切られる恐れがあるのか」


「そうですよ。不用心ですね。貴方はもう少し自覚を持った方がいい」


「すまん。そうする・・・」


・・・


その足でバルバロ邸に行く。

隣の運動場ではすでに沢山の学生さんが運動をしている。朝練だろうか。活気があっていいことだ。


勝手に門をくぐって、宴会場に行く。


「おはよう。待ってたわよ。ツツさん? もご一緒なのね。今すぐ行く?」


「行こう。ツツは護衛。空気と思ってていいから」


「そうですね。空気でいいです。妙なお気遣いは無用です」


「そう。行きましょう」


「あ、あの。タビラ殿。おはようございます。その、私達はどうすれば」


フランとアルセロールがばたばたと走って来た。


「あ、そうだった。今日は先客がある。とりあえず、この屋敷か庭でお手伝いでもしてて。後でまた話をしよう」


「分りました」


「じゃあ、徳済さん行きましょう」


・・・


「いらっしゃい。何もないけど、適当にくつろいで」


とりあえず、徳済さん宅に移動。普通のアパートだけど、中は小綺麗にしている。徳済さんはここで息子さんと2人暮らしだ。


徳済さんはさっそく俺たちにお茶を用意しようとしてくれる。しかし、今日は、あそこに招待するつもりだから、お茶の準備は必要ない。


「徳済さん。お茶はいいや。すぐに移動しよう」


「移動、ね。もう、何が起きても驚かないわ」


「一応、目隠しさせて欲しいんだけど」


「あら。私にはまだ信用が無いのね」


徳済さんが少しいじける。


「そう言わないで。見ない方がよい事もあるって。全部は、いずれ」


「分ったわ。でも、目隠しは嫌。目をつぶるだけでいいかしら」


「いっか。一瞬だし」


「で? 目をつぶってどうやって移動するのかしら?」


少しいたずらっぽい感じで聞いてくる。分っているくせに。


「御姫様だっこ、かな」


「うふふ。やったわ。御姫様だっこ。何歳になってもいいものなのよ?」


「そんなもんかなぁ。じゃあ、行こうか」「靴は?」「無い方がいい」「じゃあ、はい!」


徳済さんは、両目をつぶって両手を前に。


俺はツツに目で合図を送り、部屋の隅に扉を出現させる。


「じゃあ、行きますよ。徳済さん」


近づくと、首にしがみつかれる。


右手を背中に回し、左手を下げて太ももの上、お尻の下くらいから掬い上げる。


徳済さんがふわっと浮き上がる。軽い。

相手にその気があるならば、人は結構簡単に抱っこできる。

いい匂いが鼻腔をくすぐる。


「よし」


ツツがさっと扉を開けてくれる。徳済さんを抱っこしたまま扉に飛び込む。その後にツツが続く。

扉を抜けた先は温泉アナザルーム。移動してきた扉はさっさと消す。

この空間魔術、俺も大分慣れてきて、扉を温泉アナザルーム側から消すことも、同じ場所なら再び繋ぐこともできる。


温泉アナザルームからは、この度新しく設置された扉に飛び込む。この扉もツツが開けてくれた。


扉の先は、別のアナザルーム。この空間は魔王が創ってくれた。


温泉アナザルームからいきなり日本に繋ぐのでは無く、一旦、別のアナザルームを経由させる。マ国の方針だ。いずれ温泉アナザルームに繋がるゲートはほぼなくす予定にしている。


そして、この空間のさらに別の扉に飛び込む。


さっと、朝日が目に入る。移動完了だ。

ラメヒー王国とは、何故か時差が無いのだ。


徳済さんをソファに降ろす。


この間、徳済さんが目をつぶってから10秒くらい。


「はい、着きました」


「あ~あ。やっぱりお母さんじゃなかったか。仕方が無い」


「済まんな、桜子」


「・・・桜子さん? 多比良さんの娘さんだったかしら。へ?」


「あ、どうも。僕は、魔王ですゆえ・・・」


「あ、いえ、どうもこんにちは。いや、ここは、へ? テレビ!? では、ここはまさか・・」


「日本。俺の自宅。この子は俺の桜子。このデカいのは魔王。娘の家庭教師にしてマ国最高の魔術師」


「ぐふふ。デカいはひどいのである。僕のこの体は種族的なものなのであるが」


この魔王。身長190センチ、推定体重300キロ以上。角あり。彼の角は頭部の両側から円弧を描くように生え、途中から先っぽがまっすぐになっているタイプ。

魔族という種族らしい。


魔王の肌の色は、白よりのグレー。ぱっと見、普通の人間じゃない。

この魔王とはマ国の首都ハチマンで面会し、何故か意気投合。その後も、魔王はこの第2世界研究プロジェクトにも積極的に参加している。

ただ、魔王は精神的理由であまり魔術研究以外の仕事ができないらしく、代わりにイセが魔王の副官となり、本来魔王がこなすべき仕事を引き受けている。


というか、徳済さん、巨漢の魔王と身長195センチある娘に囲まれると本当に子供みたいだ。


「魔王・・・マ国の2人の王のうちの1人。それがどうしてここに?」


流石の徳済さんもうろたえている。何故だか少し嬉しい。


「僕は、このタビラ殿の大魔術を研究するためにここ、第2世界に居るのである。日本人600人の帰還自体に関しては、僕自身は介入しない。好きにやってくれたまえ」


「は、はあ」


「まあ、徳済さん。一応、説明しておくと、ここを第2世界と呼ぶことになっている。ラメヒー王国の世界が第1世界」


「そ、そう」


「魔王のことは今は気にしなくていい。相談したいことは、日本人600人の帰還。ここにこれまでの新聞と雑誌がある。今後の話を相談したい。ちなみに、この第2世界で異世界の存在を知っているのは、ここの桜子だけ。誰にも言っていない」


「それは賢明な判断だわ。外交権を持たない警察とかは絶対に駄目。意味が無い。これはもう政治の問題。話はもはや日本人帰還だけじゃない。異世界との外交をどうするか、よね」


「うん。それに、俺はどちらの世界も不幸になって欲しくない。戦力で言えば、多分、第1世界が不利。ほら、ここってさ、覇権主義の赤い国家とか、強欲資本主義国家とかがごろごろしてるでしょ? 第1世界は人類未開の地だらけだから、彼らを異世界に引き入れたら、何をされるかわからない」


「そうよね。私もラメヒー王国は嫌いになれないの。あんなモンスターのいる世界でも、とても精一杯生きているわ。そこに、急激にこの世界の文化を入れては、どんな影響があるか分らない」


「その逆もしかり、でしょ。例えば再生医療は第1世界が発展してるって。病気を治すだけなら平和利用だけど」


「そうね。いきなり美容と若返りが実現すると知ったらどうなるかしら。どうすれば日本人600人が波風立たずに日本に帰還できるか。ラメヒー王国に築いた日本人の資産をどうするか。いや、このままラメヒー王国で生活したいという人をどうするか・・」


「それから、ラメヒー王国は、先のスタンピード討伐で大敗している。彼らが欲しいのは戦力」


「そうね。日本は、戦力の派遣は渋るでしょう。かといって、簡単に外国に頼るのも危険・・・はぁ。課題が沢山あるのは分ったわ。私がここで旦那や父に連絡をして解決する問題じゃなさそうね。とりあえず、新聞を読ませて貰おうかしら」


「テレビも付けようか?」


「いや、いいわ」


「タビラ殿。横から悪いのであるが、お二人がここにいると、実験に影響を及ぼす可能性がある。新聞を読む程度ならば、アナザルームか大使館に移って欲しいのである」


「そうだな。さっさと帰るか。第1世界に長く居ると、第1世界あっちにいる方が体調がいいんだよなぁ。これが良いことかどうかはわからないけど」


「身体強化と生物魔術による自己治癒の結果であろう」


「じゃ、魔王、俺たちは第1世界に帰る」


「アナザルーム?」「ここに来るときに通ってきた場所。内緒にしてもらえたら」「わ、分ったわよ」


・・・・


俺と徳済さんは途中のアナザルーム(温泉アナザルームではない方)に移動。

ここのアナザルームは温泉アナザルームとは異なりそらがない。単に天井があるだけだ。

ここにテーブルと椅子を持ち込んで新聞を読んで貰う。


「やっぱり、私達が異世界にいるって、誰も分っていないのね」


「日本政府の公式見解が、謎のテロリストグループによる集団催眠からの誘拐だから」


「政府の公式見解かぁ。日本政府、ちゃんと撤回してくれるかしら」


「さすがに事実が公表されれば撤回するんじゃ?」


「日本の官僚組織を舐めてはいけないわ。一度出した結論を撤回するのも大変なのよ」


「そっかぁ・・・」


「それに、私が応援していた政治家がね。与党を離党してるわ。あの子、何だってこんなことを・・・」


「ん? 『被害者を異世界から助ける会』?」


「そうよ。女性政治家でまともな意見を持っていたのに・・・」


「あ、その新聞結構古いね。その団体『アマビエ新党』になって、結構人気上昇してたはず」


「は? アマビエ新党? ま、まあとりあえず全部読んでみるわ」


・・・


「こんにちは。いらっしゃいませ」


ザギさんにお茶を持ってきてもらった。日本印の切子に注がれている。


「いただきますわ。ザギ様」


「徳済さんでしたわよね。ごゆっくり」


「あ、そうだ。俺、ツツとサイレンに行っていい? トイレとか何かあったらザギさんに聞けばいい。それと、扉は勝手に開かないで欲しい」


「そうね。私は新聞読んで考え事しているけど、一つだけ分かれば教えて?」


「いいけど」


「この異世界転移ってタダでは出来ないのよね。魔力を消費するとか」


「魔力は消費するね。今のは実験用だからばんばん使えてるけど、実際にはかなりシビアだと思う。今はその辺を研究しているみたいだけど」


「そう。いきなり一気に帰還は出来ないのよね」


「少なくともそれは無理なはず。ヒトは結構、効率が悪いらしい。体内に魔力を宿しているとなおさら。どれだけ魔力を準備するかにもよると思うけど、日本人会が動いて日本人600人の余剰魔力を集める程度なら、1日に10人前後送れたらいい方じゃないかな。本気で魔力集めて備蓄したらまた違うと思うけど」


「なるほど。少ないのね」


「じゃあ、俺は一仕事終わらせてくる。ツツ、お茶をいただいたらサイレンに戻るぞ」


・・・


空間魔術で温泉アナザルームからサイレンに戻る。


さて、フランとアルセロールの事を処理しないと。とりあえず、ラボに預けている移動砦に連れて行こうと思う。


バルバロ邸に向けてツツと2人でてくてく。


「おお!? タビラ殿がいらした。ドネリー殿~~! タビラ殿がお着きですぞ~」


ん? 彼はバルバロ家の家臣。モルディに『じじい』と呼ばれている人だ。


俺は最初からバルバロ邸に用事があったから、そのままバルバロ邸の玄関をくぐる。


「よお! タビラ、久しぶりだだぜ。元気にしていたか?」「僕もいるよ!」


「おお。ドネリーにネメじゃないか。どうしたんだ2人して」


「まあ、立ち話もなんだ。入んな。おれの家じゃないがな。わはははは」


「お邪魔ましますっと。ん? 懐かしい顔ぶれが・・・」


「わはは。聞いたぜ、お前達、知り合いなんだってな」


「オルティナとマシュリーだな。お前達と名字が一緒だから、関係者とは思っていたけど。どうしたんだ?」


件の2人は正座している。足をガクガクさせながら。

テーブルにはフランとアルセロールもいる。その横には何故か目覚ましおじさん。


「おお、来たか、タビラ殿。アヤコ殿にお茶を運んで貰おう。お~いアヤコ殿! タビラ殿にお茶! それから、昼食も1名、いや、護衛殿も含めて2名追加だ」「はぁ~い」


綾子さん、今日も急がしそうだ。


「おう。タビラ。頼みがあるんだ」


「・・・ドネリ-、ネメもかな? 近衛を首になったこの2人を雇えって話なら、いいぞ。雇っても。移動砦のクルーとして、で良かったら。給料は応相談。もちろん、秘密保持義務を負って貰う」


「は? おいおい。頼みとはその通りだが、いいのか?」「流石、タビラ。話が早くていいね」


ドネリーとネメに感心されてしまった。

オルティナとマシュリーは目をまん丸にしてこちらを凝視している。


「なに、簡単な話だ。今、俺は困っている。あの移動砦のクルーが居なくてな。かつて、この2人は俺が困っている時に助けると言ってくれた。ならば、今がその時だ。2人一緒に俺を助けてもらおう」


「いや、そうか、お前がそう言ってくれるなら、おれは何も言わないぜ。妹を、よろしく頼む。給料なんていくらでもいい」「僕からも頼むよ、妹は少し腹黒いがいいやつなんだ」


「タビラ殿。あの、すまない。恩にきるよ。まさか近衛兵を首になるとは。実家に顔向け出来ないところだったんだ。これで、実家としては軍を辞めて有力日本人の元に行かせたというていでいられる。ただ、もう私にはまともな嫁の貰い手は現われまい。このオルティナ、貴方のお側に」


「私は、その・・・はい。私も貴方のお側に」


『貴方のお側?』兵士の仁義的なものなのだろうか。2人とも、とてもしおらしい。

まあ、無理も無い。

国家がその威信を賭けて呼び出した勇者に、性的暴行を加えて近衛兵を首になったのだから。

でも、実際に性的暴行加えたのって、アルセロールと反重力魔術士2人なんじゃ・・・いや、止めなかったのだから同罪か。


だけど、彼女らが近衛兵になった理由は、よい旦那さんとの出会いのため。男性と出会うどころか、まともな嫁の貰い手がいなくなるような不祥事を起こしてしまうとは。


「ああ、よろしく頼む。マシュリーはオルティナを支えてやってくれ。フランもアルセロールもよろしく頼む」


「「「「「はい!」」」」」


さて、クルーを一気に4人もゲットしたが・・・


「・・・タビラの兄ちゃんよ。少しいいか?」


「ん? はいはい」


テーブルの隅でじっとしていた目覚ましおじさんだ。


「こいつらは、元近衛兵だ。移動砦の訓練は受けてねぇ」


「そうなんだな」


「だから、オレがこいつらを鍛えてやる。あの移動砦。すぐには使わねぇんだろ?」


「そうだけど、いいのか? 目覚ましの」


「いいぜ? どうせ暇だしな。徹底的にやってやる」


心なしか、フラン達の顔が青ざめている。


「そう言うってことは・・・」


「ああ、オレは、元移動砦乗りだ」


ふむ。元軍人さんだったか。

バルバロ家の家臣だし、信用していいだろう。


「では、お願いしよう。アレは使い方をミスると大事故に繋がりそうだし。訓練は必要だと思う。でも、何かお礼とか必要かな」


「礼はいらねぇ。いつも姉御が世話になっているしな。強いて言うなら、酒だ」


「酒かぁ。分った。どうせ酒精が濃いヤツとか言うんだろ」


「分ってるじゃねぇか。頼んだぜ」


「分った」


移動砦のクルーが訓練付きでゲットできてしまった。

あの移動砦って、本当は何人で運用するのか分からないけど、ここまで移動させてきた感覚で言えば、泊まりが無ければ十分な人数だ。あくまで、移動だけだけど。まあ、あれは軍艦じゃ無い。アタッカーは最小限度でいい。


さて、訓練は、目覚ましおじさんに任せるとして、今からどうしようか。


「じゃあ、親睦を兼ねて、今から件の移動砦を見に行くか? 今、ラボで内装の相談してるとこだし、実際に使う人の意見もあった方がいいだろう」


「がはは。そうだのぅ。オレにも見せてくれんか。その移動砦を」


「オーケー。じゃあ、見に行こう」


「む? 今からアヤコ殿が昼食を運んでくる。お昼の後にしないか?」


俺が早速立ち上がろうとすると、目覚ましおじさんから待ったが掛かる。


「もうそんな時間なのか」


こうして集まると結構な大人数だ。料理が次々と運ばれてくる。


他の日本人達もちらほらと食堂にやってくる。


さて、これを食べた後は、みんなで移動砦見学だ。


#ご連絡

今話も長くなりすぎたので分けました。

次話もそもままの流れです。

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