第117話 帰還その後 移動砦のクルー 8月下旬
<<サイレン バルバロ邸 宴会場>>
夕飯が出てくるのを待ちながら、オキを愛でつつ、庭を鑑賞する。
そうこうしているうちに、日本人達がぞろぞろとやってくる。
皆さん、晩ご飯はここで食べるようだ。
「お、多比良さん。お久しぶりですね。徳済さんもご一緒で」
「お久しぶりです、高遠さん」
「うお!? 何ですかその長い毛は!」
「ああ、これはペットのウサギです」
「はぁ。ペットですか。なるほど。そういえば、夕方のあの細い移動砦は多比良さんのなんですって? 興味あるなぁ」
「あげませんよ? 見るくらいならいいですけど。でも、軍事技術的なヤツとかは全部取り外された後のものですから、動かす以外はできません」
実際には、屋上にタマクロー家のロングバレルがあるけど。
・・・
その後は、来る人来る人に声を掛けられた。
日本人達は、バルバロ邸の庭で汗を流した後、ここで晩ご飯を取る人が多いようだ。
綾子さん達が忙しそうに食事を運んでいる。
俺と徳済さんは、2人してポケェと枯山水を見つめる。
徳済さんは、何やら熟考している模様。
「ね、悩むでしょ?」
「貴方ねぇ・・・ホント、こんなこと1人で抱えていたの?」
「そうだねぇ・・・正直1人ではもう限界」
他にも考えることが多すぎる。
「分ったわ。まあ、話は明日聞くけど。私も腹をくくる」
さすが徳済さん。
・・・
夕食が運ばれてきて、食事開始。
夕食中、ふと珍しい光景が目に付いた。
「お!? お前、給仕やってんのか?」
モルディが割烹着を来て食事を運んでいる。
初めての光景だ。
「は? 貴様は誰だ?」
そう言うとモルディは踵を返して去ろうとする。
ちょ・・・ショックなんだが・・・
「こら! アルティ。お客さんに対して『誰だ』はないだろう。全く」
すぐ後にモルディがもう1人。
さらにその後には、どこかで見た奴ら。
桜子そっくりさんのアルセロールと、モルディの妹フランだな。
先日ぶりだな。でも、二人とも少し元気が無い気がする。
「まあいい。済まんなタビラ殿。うちの実家にここの応援を頼んだらヤツが来たんだ。私の妹だが、無愛想なんだ。私に全く似ていなくて不細工だしな」
そうか、妹だったのか。俺の目には瓜二つに見えるんだが。
「いや、モルディ。それはいいけど、後にいるのはフランだな。それから、アルセロール」
「そうなんだ。このバカ2人どもが。先日、近衛兵を首になってしまってな」
「は? 何でまた。というか、この軍人不足の世の中で首って・・・まあ、座ってくれ」
フランが『がくん』とうなだれる。
「いや、聞いてくれ。こいつら、勇者をマ国のユフインまで護送する任務に就いていたらしいんだ」
モルディ達3人が俺のテーブルの前に座る。
「ふむふむ。それで?」
「そうしたら、帰り道、勇者達を虐待したらしいんだ。あげくの果てに剣士が怪我をしたらしい」
「虐待・・・剣士が怪我?」
「ええつと、タビラさん? 剣士、勇者、聖女って、スマイリーさんに負けたけろ?」
アルセロールが独特の方言でしゃべり出す。
「そうだな。あいつらはスマイリーを自分たちの女にすると言って、挙げ句ツツを攻撃したからな」
少し、自己正当化発言をしてしまう。
「勇者と聖女は調子に乗ってて、王宮でもいろんな女性をお手つきにして、今回同行していた貴重な反重力魔術士も魔の手にかけたけろ。行きの移動中の11日間、ずっと、竜車の中でやりまくってたけろ」
「そうかぁ。それは大変だったな」
「そうけろ。私はずっとその行為を見せつけられてたけろ。出てきたモンスターは全部フラン先輩達が倒してて。聞いてくださいよ。アレって、一応、勇者の武者修行だったんですよ? それなのに、行きではあいつら1匹もモンスターを倒さなかったけろ」
「そうか。アルセロール。それでなんでお前達が首に?」
「で、あいつら弱いって分ったじゃないですか。なので、帰りに護衛と御者とモンスター退治をローテにしてたけろ。そしたら、剣士のやつがゴブリンの目の前でバイクで滑ってしまって。そのまま踏みつけられてまた股関節脱臼したけろ」
「・・・それだけか?」
「いや・・・馬車の中でぇ、ずっとヤツらにザギィ流シュイン術を掛けてたけろぉ!」
ザギィ流シュイン術だと!? あの時、その技名を使った気がする。ノリで。
「特にレ○プ被害にあってた反重力魔術士の2名がのりのりで、勇者と聖女に性的虐待を。といっても、やっていた事は行きとあまり変り無かったけろ」
あの技を完コピしたというのか。習得するのに苦労したのに。
「・・・そうか。しかし、それはなんというか。なんでそうなったというか。いや、勇者と聖女はどうなったんだ? しかし首って。普通は強制労働署行きだろうに」
「それがなぁ、タビラ殿。国はどうも勇者と聖女が弱かったと言うことを伏せたいみたいなんだ。強制労働者にしようとすると、裁判で動機とかが明らかになるから、まずかったんだろう。だから首」
「いや、仕事を首にしても勇者と聖女が弱いことの情報は隠匿できないだろうに。まあ、ここには新聞もネットもないから、これでいいのかもしれないけど。いやいやいや。勇者が弱いこと。それが一番の問題じゃ?」
「だがなぁ。タビラ殿。あの勇者は、莫大な予算を組んで勇者召喚の儀を行って、さらに多数の女性を宛がって食客になって貰っているんだ。今更間違いでした、は言えない。それに、魔術の才能的には満点のSランクだったんだろ?」
「高級官僚は間違いを犯さないという前提があるのかここでも。何だかどこかの官僚主義国家と一緒だな。まあ分った。それでアルセロールとフランは首になったんだな?」
フランはとばっちりのように聞こえるけど。
「そうなんだ。後、ドネリーの妹と、ネメの妹も同じく首になったらしい」
「確か、オルティナ・ブレブナーとマシュリー・ランカスターだな」
「あ、貴方よく知っているわねぇ」
隣の徳済さんに感心されてしまった。マ国で見かけたから知っているだけなんだけど。
「そうだな。それでだな。タビラ殿。私の頼みを聞いてくれないだろうか」
「何だ? モルディ。俺はお前に相当世話になっている。聞けることなら何だって聞きたい」
「ああ、済まない、タビラ殿。こいつら2人を雇って欲しいんだ。あの移動砦。クルーも決まっていないんだろう? あれの運用には、人手が必要なはずだ」
「・・・いいのか? その2人。貴族なんだろう? 平民の俺に雇われるとか、どうなんだ?」
「フランなら問題ない。バルバロ家ならそんなこと気にしない。それに、お前にバルバロ家の者を1人でも付けておきたいと思ってな。私の判断だ。アルセロールの方は、タイガ伯爵から仕事の斡旋を頼まれたんだ。嫌とは言わせない」
「そうか。今は先立つものがないけど、多分大丈夫だろう。魔石ハントすればいいし。いいぞ。2人を雇おう。給料は応相談で」
個人的には、フリーより知り合いの親族の方が今は信頼出来るしな。
「済まんな。感謝するぞタビラ殿」
モルディがなんな格好いい。
「感謝いたします。タビラ殿。モルディベートお姉様・・・」
フランが泣き出した。そんなに嬉しいものなのだろうか。
「やったぁ~。頑張る。力仕事は任せてけろ~!」
アルセロールには、少しやって貰いたいことを思い付いたけろ。
ところで、『○○けろ』というのは、タイガ地方の方言なんだろうか。
「では、今日は就職祝いだな。御飯食べようか」
「分かったけろ~」「は、はい。ありがとうございます。精一杯がんばります」
うんうん。フランの日本語『ありがとう』はなかなか可愛い。
そして、このけろけろ巨女は、俺の護衛にしよう。そうしよう。
「ただいまぁ~~、あ! おじさん、まだいたんだ」
子供達も帰ってきた。息子の志郎もいる。今日は久々に志郎と御飯が食べれるな。
・・・
皆で飲み食いした。システィーナに絡まれて、晶に引っぺがされて、志郎と加奈子ちゃんでほっこりして。
マ国行きも楽しかったが、こういった大人数も楽しいものだ。
そして、夜の枯山水は綺麗だった。
・・・
「よし、志郎、帰るぞ」
「うん、お父さん」「じゃあねぇ~。志郎君」「シロ君、また明日~」
志郎も女性に囲まれて嬉しそうだ。この幸せ者め。一応、エリオットくんもいたけど空気だった。
護衛のツツは、近くのホテルに泊まって、朝からバルバロ邸で合流予定。
息子と2人で、道路向いの自宅に戻る。
「ただ今ぁ~」「ただ今」
嫁は、家の自室に居るみたいだ。ただ、照明は落ちている。
「お母ちゃん、いつもこの時間には寝てるのか?」
今は、もうすぐ22時になろうという時間。御飯食べて風呂に入ったらこの時間になった。
「う~ん。日によって違うかな」
そうか・・・まあ、今日は平日、明日も仕事だろうし、もう寝たのかな。
「じゃあな、志郎、お休み」
「お休みお父さん」
息子は自分の部屋に入って行った。
この新アパート。俺の個室はない。寝間は居間だ。
布団を押し入れから取り出して中に潜り込む。いろんな考えがぐるぐる回る。
久々の我が家、現実を実感し、考え毎をしてしまう。
嫁とは、異世界に来て今日に至るまで口をきいていない。
俺は、嫁と正面から向き合ってこなかった。
数年前に喧嘩した時も。その後何年も無視されたていた時も。
そして、ここ、異世界に来てからも。愛人らしい男性が家に居たときも。
嫁とは、20年近く連れ添った。その時間は無駄だったのか。いや、子供がいるのだ、無駄ではなかったはずだ。
もう何も考えたくない。
いや、でも・・・鬼やディー達の臭いが忘れられない・・・俺は一体どうなるのか。
俺の魔術、空間転移、異世界間の移動、温泉アナザルームというチート・・・
そして、それを利用した日本人の帰還、その方法と最適解はどうすれば・・・
その相談相手は徳済さんを選んだ。
でも・・・本当は嫁を頼るべきだったのではないか。しかし・・・
気付けば気絶するようにして眠りについていた。
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