第72話 日本人総会 7月上旬

今日は仕事がお休みの日、いわゆる日曜日だ。


だがしかし、日曜日は日本人会の総会が開かれる日でもある。この日本人会は、この世界に召喚された日本人達の互助会的な組織であり、みんなの寄付金やラメヒー王国からの支援金などで運営されている。

運営委員は、各グループから代表者を出す形で組織される。また、重要案件は、投票によって可否判定される。法人格としており、日本人会名目で数千万規模の資金も持っている。融資で大分減ったらしいけど。


ちなみに、運営委員の組織は、

・三角会;日本では大企業の会社員等で組織される。総合商社三角商会を立ち上げる。

・冒険者ギルド;サブカル好きの有志で組織。モンスター討伐や護衛任務、資材収集などを行う。

・工務店;主に貴族家の修築修繕を手がける。冶金、板金、素材加工にも優れ、何でも造る何でも屋。何故かバイクも造っている。何気に俺もここのメンバー。

・針子連合;裁縫関連にとどまらず、ボタンや切子の製造も可能で、工務店や診療所とタイアップしている。

・診療所;診療所の経営のほか、美容魔術を開発して主に貴族相手に美容プロデュースを行う。

・商工会;飲食店、床屋などの個人商業主で組織、異世界での出店を目指す。

・シングルマザーの会;異世界に女性親だけ召喚されてしまった人達の集まり。小さい子供を日本に残してきた人もいて、心労を抱えている人も。全員無職で日本人会からの補助で生活している。

・教職員組合;先生達の集まり。準貴族の地位を貰って学園で教鞭を執っている。日本人会へはあまり出席していない。


である。


この他、マンガ研究会なるものも存在しており、本日オブザーバーで呼ばれている。


今日は久々の日本人会参加なので、総会から出るつもり。間に合うように朝から出かける。


息子の志郎は、今日も朝からバルバロ邸に遊びに行っている。最近、バルバロ邸の利用が一部有料になったので、お小遣いを持たせて。


嫁の用事は単に『外出』になっている。朝昼晩個別に取るらしい。何でもアイドルオーディションに行くとか。もちろん、自分がアイドルになるわけではない。アイドルグループのデビューオーディションに参加するらしいのだが、何をするのかよく分からない。

何せ、我が息子情報なのだから。


・・・・


いつものホテルに集合する。


「では、今週も始めるぞ。まだしばらくこの会も週一で行いたい。今日は運営メンバーではないが、マンガ研究会に来て貰っている」


武君のお父さんである高遠氏が会を進行させる。


「よろしく」


紹介された人は、活発そうな女性。今日のオブザーバー。マンガ研究会会長。


「まずは三角会から、先日、三角商会を正式に立ち上げた。ケイヒンに向かったメンバーが帰ってきて、行商が出来る環境が整った。ケイヒン系の貴族とのコネも築けている。学園にいっらっしゃるケイヒン伯ご令嬢との繋がりもできた。順調だ。取り扱い品も多くなっている。借りた日本人会のお金も返せるめどが付いた」


「お酒の方はどうなのですか?」


誰かが質問する。


「お酒は国の補助を受けて開発している。工務店の冶金技術でワインの蒸留器は完成していて、すでに蒸留は開始している。樽の方も生物魔術で加工が簡単にできるので、生産に入っている。なので、ブランデーの方は、元あるワインを使ったものは近々何とかなりそうだ。後は、どのワインがブランデーに合うか、場合によってはブドウからブランデーに適した品種を探す事になる。ウイスキーはまだ時間がかかる」


「次は冒険者ギルドだな。うちは、指導者のハンターズギルドメンバーは約束通り引き上げていった。今は10数パーティで討伐や護衛、収集任務を引き受けている。魔石ギルドとの商売も順調だ。この辺のノウハウは商会さんとも協議中だ。うちもケイヒンの貴族を紹介してもらって、あちら側の仕事も開始している。それから、冒険者を志望してくれる地元の人が後を絶たない。実はこの国、前回のスタンピート討伐でそこそこの死者を出したらしく、その孤児や遺族が頼ってきてるんだ。そういうわけで、事業も絶賛拡大中。うちも事務所開設の時に借りた金はそろそろ返すぜ」


「工務店は、バルバロ伯爵家から、大型業務を受注しました。現在、屋敷の修築、お庭の整備をしております。お庭には、野球場、陸上競技場、弓道場、サーキット場などを整備予定です。資材が追いつけばまだ増やすかもしれません」


「ちょっとそれどういうこと? 意味が分からないんだけど?」


どこかの女性が発言する。

貴方の質問の意味も分からないのだけど?


「そのままの意味ですよ。お庭を整備しております」


うん、それでいい豆枝さん。相手にする必要は無し。


そんなこんなで進んでいく。


「針子連合は、衣類のリサイクルが順調です。古着が足りなくなりましたが、最近では古着の下取りを始めてなんとか生産量を確保しています。それから切子は試供品を貴族に配って、反応を見ているところです」


針子連合はいつものおばあちゃんではなく、美大出身の佐藤さんの発表だ。


「貴族ってどこに配ったのよ。私達にも紹介して欲しいわ」


「まあ、やんごとなき方々です」


ナイス佐藤さん。関係無いところに知らせても面倒なだけだしね。


「商工会からは、ようやく、床屋の方が開店できます。床屋はこの国でも認可が必要で、試験と衛生関連の検査がありまして、ようやくそれをクリアしました。飲食店の方も、ブレブナー領で開店出来そうです。それから、日本でハンバーグ屋を営んでおりました今村氏が、バルバロ辺境伯家のサイレン屋敷にて、お抱え料理人に就くことができました」


おお、ようやく日本居酒屋以外の飲食店ができるのか。ラーメン屋かな? 出来たら行ってみよう。それから、今村さん、結局お抱え料理人になったのか。おめでとう。


「最後は診療所かしら? 診療所の経営は順調ね。怪我した人は、意外にも恐竜にやられた人が多いみたい。冒険者の人も気を付けてね。美容プロデュースの方はとても順調。すでに何件か担当しているわ。針子連合の人と一緒に取組中。こんなところかしら?」


この週1回の総会。そろそろ、役目を終えていないかな。

みんな、貴族の情報とか、核心的な部分をオブラートに包んでいる気がする。


総会はやるにしても、簡単な顔合わせのみで、メインは専門部会とか。


「では、これで運営委メンバーからの報告は終わりか? シングルマザーの会からの報告は何かあるか? マンガ研究会に行っていいか?」


「うちからは何も無いわよ。いや、私がワックスガー準男爵の夜会に出席したわ。キャタピラー子爵家の寄子よ。新進気鋭の貴族家。とてもきらびやかだったわ。それから美容魔術の施術について、補助が欲しいのだけれど、私達が美しくなれば、日本人全員が得するじゃない。夜会とかで繋がりが出来るのだし」


「あら、私達の施術は予約で一杯よ? 補助があってもしばらく無理ね」


「・・・そう」


ナイス徳済さん。今の日本人会は、すでに夜会の参加なんて目標にしていない。


「では、マンガ研究会さんから話を伺いましょうか」


「はい。紹介にあずかりました宮下です。私達は、最初は10人くらいでマンガ書いてました。この国では大衆演劇とかがありますので、それを漫画化したりして、コピーが無いのでお見せできませんが、それがちょっとした稼ぎになっておりまして」


この人、俺をちらちら見てくる。何なのだろう。いや、隣の人は俺をガン見している気がする。自意識過剰はよくないけど。


「調子に乗って、大衆演劇場にストーリーやキャラクター、歌の歌詞やメロディーを提供したりしてます。著作権ガーって思うかもしれませんが、このような状況ですので、そこはご容赦を。少し変えていますので多分大丈夫です」


この人、まさかやばいことを?


「それから、大衆演劇の売れないツバメ候補たちや、街のイケメンを勧誘して、アイドルグループを結成しています。今でも結構な売り上げはありますが、この度、新ユニットの結成に際して、公開オーディション中ですので、よろしくお願いいたします。工務店の方、野球場とか出来たら貸して欲しいです。コンサートとかやりたいので、以上です」


コンサート・・・どこかで聞いたような話だな。


「あのぉ~。私達は野球場を造っているだけで、貸し出しの許認可なんて出来ませんよ。貴族様にお願いしませんと」


「ご紹介をお願いしても?」


「いやぁ。私からはなんとも、多比良さんなら」


おい豆枝、やめろ。


ばっと、マンガ研究会2人の視線が俺を向く。なんで俺が多比良と分かったんだ?


ここは、沈黙を貫く。目線で司会の高遠さんに会を終わらせるように頼む。これ以上のしがらみは大変になるのだ。当事者同士でやってほしい。


「ま、まあ、その辺は個別案件で。では、総会は終わるぞ。これから専門部会な。閉会!」


高遠さんナイス。ふう、総会が終わった。専門部会に行くか。


・・・・


豆枝氏と一緒にてくてくと新商品連携部、改め新商品開発部会の部屋に移動する。


バン! バチィ 誰かに背中を叩かれる。だがそれは俺の魔術障壁ではじかれる。


「多比良さん、ちょっとだけ話があるわ」


徳済さんだった。


「な、何でしょう。変なお店は行ってませんよ?」


「違うわよ、石よ石! 貴方、祥子と綾子さんに巨大な宝石をあげたでしょう」


「ああ、そうすっね。お土産に。ここって、お土産文化無くて。何を渡すかかなり迷って。珍しい石が落ちてたんでそれをですね」


「頂戴! 私にも。まだあるのよね?」


「まだあるし、拾ってくればまだ沢山あったかな」


「全部欲しい。くず石も使い道はあるわ。値崩れも防げるし」


「持ってるヤツならいいけど、拾うのは面倒。どしたんです?」


「一緒に連れてって。欲しいのよ。指輪、ピアス、ネックレス。ここって宝石類売ってないでしょ」


「連れてくのはいいけど、城壁の外ですよ? 宝石と行っても、アクセサリーにするなら磨かないと駄目なんじゃ。アレって、くずダイヤとかの研磨石がないと研磨も難しいんですよね」


「あれは原石状態でも綺麗よ。エメラルドだと思う」


「そうですか、石の名前は一応、知り合いにも聞いたけど。でも宝石の文化が無いらしく。不明だって」


「とにかく、部会が終わったらお昼一緒しましょ。日本居酒屋に行くわよ。ロービーで待ち合わせ。じゃ」


徳済さんは、嵐のようにやって来て嵐のように去って行った。


・・・・


「では、新製品開発専門部会を始めます。まずは切子から」


「切子はほぼ完成品が出来ました。試供品を作成し、多比良さんに数セットお渡ししています。今は色のバリエーションの研究と美しいカットの研究でしょうか。貴族の家紋なんかも入れられないか工夫していますね」


「あ、はい。多比良です。試供品は、タマクロー家の長女に渡してます。今度、領主である兄と内務卿の当主が帰ってくる際にお披露目するそうです。それからマ国の大使館関係者と軍務卿に渡しています。軍務卿は夜会好きらしいので、気に入ってくださると広まるかなと思っています」


「相変わらず仕事が早いですね。マ国が出てきましたか、部会が異なるので恐縮ですが、ご紹介いただくわけには?」


「う~ん。マ国はまだその時ではないです。個人的な関係構築中といいますか」


「軍務卿もラメヒー王家出身ですよね。何処で知り会ってお渡ししたんです?」


大使館でいけずしたって言えない。


「ぐ、軍務卿は、担当した城壁工事の検査官でして。まあ、その、察してください」


「ははあ。まあ、ここは日本ではありませんからね。私からとやかくは言いませんよ」


よし。賄賂で送ったことにしたことに成功。嘘はついてない。


「反重力ベアリングとモーターですが、バイクの他に城壁工事で使う重機用に使用してまして、この重機が結構売れ筋です。鉄の材質が足りておらず、部品の一部をセラミックでできないか検討中です」


「鉄の供給は、冒険者ギルドと三角商会に要請しておきましょう」


その後、数点の情報交換をして部会は完了。


「あの~。多比良さん」


工務店の人がいつもの空魔石入りの箱を持ってきた。


「ああいいですよ。運動場にいるときにも持ってきていただいたら入れますよ。反重力。というか、置き場を決めておいていただけたら、時間の空いたときにでも入れますけど」


「済みません。その辺は今度調整しましょう」


空魔石に反重力を入れる。これの供給が大変らしいのだ。これくらいの協力はせねば。


・・・・


「あの! 多比良さん!」


1階ロビーのソファにドカっと1人で座り徳済さんを待っていると、知らない人に声をかけられた。いや、見たことある人だけど思い出せない。


「すいません。あの、どなたでしょう」


「楠木です。イネコおばあちゃんの」


「あ! ああ、はいはい」


思い出した。イネコおばあさんを預けに来た人。名字、楠木なんだっけ。

この人、頭が見事なプリンになっている。ここにはブリーチなんて無いから、日本の時に金髪に染めていた彼女の髪は、元々の黒と染めた金の見事なツートンカラーだ。


「お願いがあって、少しお時間よろしいですか?」


「いや、待ち合わせているので。この後予定もありますね」


「少しでいいんで、ちょっとあちらに」


「いや、話しならここで」


「・・・あの、誰にも言わないで欲しいんですけどぉ」


近寄って来て小声でしゃべってきた。何だよめんどくさい。


「私と寝たことにしていただけませんか?」


「は?」


おい、俺、誰にも言わないって約束してないぞ?


「私と寝たことにして、話を合わせてください」


「え? いやです。俺に何のメリットもない」


ちょっと、イラっとした。

何を考えとんだ? この女。


「誰かと寝ないとお金が貰えないんです。お願いします。どうしても駄目なら、1回だけ、1回だけなら、ヤりますから、それで!」


この女、両肩をきゅっと上げて、両目をつぶり、『顔の前で両拳を合わせて指を一本だけ立てたポーズ』をする。

もっとイラっとした。


俺がどれだけ鬼2体とシングルドリルの猛攻に耐えたのか、知ってるか?


このまま無視していても、今2人きりなので勘違いされそう。早く徳済さん来ないかなぁ。

でも近くに徳済さんはいない。そして、こいつは今、目をつぶっている。


やれる。


そっと植物の茎を握りしめる。

目をつぶりホテルの地形を脳内に再現。俺の特技。

護身用の植物の茎から白黒の皮を剝いて、1本物の触手にする。


触手全開!


(なぁあ~~~~~~~あんでお前と寝んといかんとかぁぁあああ~~~~~! あっちゃ行けゴラァ!)


一瞬で目の前の女性を触手で掴み、脳内マップを頼りにホテル2階の男子便所(大)に突っ込ませる。


よし。成功。これが俺の特技、トイレの位置はつい癖で把握してしまうのだ。そういえば、治ったな。腸過敏。


先ほど剝いた皮を植物の茎に被せる。


「多比良さん。お待たせね。じゃ、行きましょう」


徳済さん、やっと登場。

俺たちは先ほどの女性の事はさっぱり忘れて昼飯に向かうのだった。


・・・・

<<日本居酒屋 お昼の部>>


徳済さんとの昼飯。


「宝石文化が無いのは分かったけど、それはこれまで、生産力を宝石なんてものに割けなかったってだけだと思うのよ。貴金属もほぼないしね。でも、女性がお化粧したり、美容にお金を出すくらいの余裕がね、今はあるのよ。宝石は絶対に流行る! だって、ここの装飾品って、木とか歯とか骨なんですもの。全然美しさが違う」


徳済さんが熱く語る。多分、正しいのだろう。


「まあ、拾うだけだし。あげる。いくらでも」


「ほんとう!? ただ、他の女に石のプレゼントなんてしたら、奥さんに失礼?」


「いや、コレは拾った珍しい石」


「エメラルドよ!」


「そうかぁ。あいつは口きいてくれないし、別にいいと思うよ」


「はぁ? 怒らせてる? いつからよ。私のせいとか言わないわよね」


「いや、3年くらい前から」


「・・・あんた、謝った方がいいわよ? いや、年単位ってそんな、ほんとの話なの?」


「・・・まあ、その、愚痴ってごめん」


「いや、いいわよ。あなたって、その辺全然言わないんだもの。だから風俗なんかに行こうとしてたのね。ふぅ~ん」


徳済さんが誰かと同じ目つきになった気がした。

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