第40話 第二回日本人総会 5月下旬
今日は休日。
とは言っても、色々とやることはある。
まずは日本人総会の専門部会に出席せねば。
今日の家族の予定は、息子はお友達と。御飯もお世話に。嫁はお昼が学校、夜はコンサートに行くらしい。そういうのがあるのか。コンサート。
少し遅めに起き出して、朝食のお店に出かける。
「いらっしゃい。今日もいつものコースでいいですか?」
このお店はいつ行っても空いている。というか、このお店、休んでいる日に遭遇していない。今のところ無休。
「いつものでお願いします」
・・・・
「どこかかゆい所はありませんか?」
「かゆいところは大丈夫。それとなぁ。俺、来週から6月の終わりまで出張することになった。しばらくこのお店にも来れないかな」
「あら、寂しくなっちゃいますね・・・・行ってらっしゃい」
少ししんみりした。
◇◇◇
<<会議場のあるホテル>>
日本人総会が行われている会場についた。
ここは、日本人約600人がサイレンに着いた時にお世話になったホテルだ。
その時の縁で、会合の類いはここを利用させて貰っている。
「あら。多比良さんじゃない。昨日ぶりね。今日は専門部会?」
『診療所』の徳済多恵さんだ。
「ええ。新商品開発連携部に」
「そう。今日、お昼はご予定ある?」
「いや、特には」
「では、私と行きましょ。奢るわよ? ちょっとした報告もあるしね。昨日出来なかったし。報告」
「いいですけど」
「それでは後でね。私も別の部会に出なきゃ」
なんだか、若い燕になった気分だ。完全に餌付けされてる。
ちなみに、この世界には携帯がない。
待ち合わせをするのが結構面倒。
まあ、部会が終わったら適当にロビーで待っていればいいか。
今日の総会には教師陣も呼ばれていたみたいだ。教頭と他数名の教師達を見かける。
教頭は前にみた時よりもさらにやつれている。髪の毛もさらに寂しく。大丈夫だろうか。
少し心配になりつつも、新商品開発連携部の部屋を探す。
「お疲れ様です」
部屋に入ると関係者がぼちぼちと集まっていた。
高遠氏、豆枝氏と他の工務店の人。確かバイクメーカーの人もいる。『異世界工務店』は、工務店を名乗ってはいるが、町工場やメーカー勤務だった人も多く抱えている。
それから知らない女性と男性が数名。
「よし、ぼちぼち揃った。始めようか」
俺が最後だったようである。時間的にまだ余裕があるんだけど。
「それでは新商品開発連携部会を始めます。最初はガラス工芸について、今日は針子連合の佐藤さんに参加いただいています」
「針子連合の佐藤です。針子とはいいつつ、ここの所、リバーシのコマとボタンの制作をしております。針子連合には、手先の器用なものが相当数いますので、結構な戦力になると思います。ガラス工芸ですが、学生の頃に授業で習っておりまして、道具と材料があれば基本は何とかなると思います。後は思考錯誤ですね。この世界の調度品のことも勉強しないといけません」
「佐藤さんは、美術大学を卒業されていましたよね。流石です。頼もしい。道具の方は、どうでしょうか。用意は出来そうです?」
「ガラス工芸はコップやグラスを想定しています。基本的にガラスを溶かす炉と、吹き竿があれば出来ますが、細かな道具類もいくつか必要です。これが切り子になると、形を整える金型、カットや研磨を行う研磨機が必要になってきます。私は美大での専門は金属類のアート作品でしたので、金属製品、吹き竿や金型は何とかなると思います」
「工務店の加藤ですが、うちでも金属加工は可能です。原料の砂鉄もそこそこ集まっていますので、協力していきましょう。それから、研磨機ですが、土魔術でなんとか造れないかやって見ましょう。盤を回す装置は、まさに、車輪の応用で出来るでしょう。車輪の方は、次の話で詳しくお話します」
「はい。ありがとうございました。細かい調整は、後ほど。それでは、ガラスの原料の方はどうでしょうか」
「おう。冒険者ギルドだ。けい砂が多く含まれる砂は、海砂らしいな。このあたりには川しか無いから、とりあえず川で砂鉄とけい砂の採取を進める。そのうちケイヒンあたりの海の街に行って、捜索してみる」
「材料は当面は川砂製で、将来的には海砂を使って量産か。ガラスは調度品だけでなく、板ガラスにも使えるようだし」
「それから販売促進活動の方針ですが、それは多比良さんにお任せするということでよろしいでしょうか」
「あ、はい。工務店の多比良です。私が販売担当といいますか、知り合いにこの街の貴族が何名かおりますので、商品が出来たら何点かお渡しして、感想を聞いたり、反応がよければサロンや夜会で使ってもらったり、などを想定しております。まあ、製品が完成する頃には、私以外の人も貴族と繋がりができる可能性もあるので、その人達と連携して売り込みたいと思います」
ガラスのコップ、特に切子は俺も楽しみだったりする。土臭いコップではなく、透明で美しいガラスでお酒を飲みたいのだ。
「ありがとうございます。次の製品・・・目玉ですね。なんと車です。工務店の方からどうぞ」
「はい。工務店の加藤です。この度、反重力ベアリングとモーターを考案しました。これは既存の権益とは異なる製品であることは確認しております。製品化できれば安い税金で自由に販売が可能になります。今のところ、タマクロー家に納めるバイクの車輪に使用しています」
「それはどのようなものなのでしょうか」
「専門的な説明は省きますが、まず、ベアリング加工した魔石に反重力の魔力を込めたものを用意します。それを車軸の周りに取り付けるんです。そうすると、車輪と軸の接触がほぼ無くなり、耐久性が相当良くなりますう。さらに、車両の揺れの制御、積載重量の増加などの利点が生まれます」
工務店の加藤さんが車輪の実物をテーブルの上に置いて説明する。
「反重力モーターの方も基本原理はベアリングの方と同じです。車軸側と車輪側に別々の反重力ベアリングの輪っかを入れまして、どちらか一方を外部から魔術で操作すると、お互いが反発若しくは引き寄せ合って、回転する力が生まれます。回転させてしまえば、後はどうとでもなります。ネックは反重力ベアリングの入手と交換が必要な点ですね。1つ1つは小さいのですが反重力魔術を魔石に込める人は少ないらしくて数が出回っていないのです」
これは、車軸と車輪の接合部分に工夫がされているものらしい。
というか、これ結構な発見なんじゃなかろうか。ベアリングはともかく車輪を魔術で回すなんて、結構すごいのでは?
それから反重力は珍しいのか。
「あ、私、反重力いけますよ?」
「え? 本当ですか? 反重力は魔石に込めるのが大変なんですよ。工務店で一番得意なものでも1日に集中して5個か6個くらいでして。いつもは数人がかりでやっています。私なんかは下手なので雑味が入って反重力ではないものになりますし」
俺は目の前に置かれたビー玉くらいの魔石を手に取る。反重力は仕事で使っているが、魔石に込めたことは無い。そういえば魔力は売れるって話だったけど、売ったことはない。
「私、仕事で反重力使うんですよね。今日は仕事ありませんし、やってみましょうか? これは中身は空ですよね」
「そうですね。それは空です」
「ほい。こんな感じ? これ、何個で1つの製品にできるのですか? 走行距離とかは?」
反重力を意識して魔石に魔力を流すと、手中の魔石が透明から琥珀色に染まる。
「・・・入ってますね。この輝きは間違い無く反重力。こんな簡単に。数秒でしたよね。満タンになるのに。ちなみに、これ9個で一つの輪っかの部品になります。ベアリングは輪っか1つ。モータは輪っか2つです。バイクなら27個の魔石が必要になります」
「最近はこれで仕事してますからね。かなり練習しましたし、反重力は。はい、これで2個目ですね。私、これで内職しようかなぁ。ところで、走行距離とかはどのくらいなんです?」
「今は満タンで50キロぎりぎりくらいですね。回転時のロスの削減や加工精度などを追求すればもっと長くなると思います。目標は250キロですね。この世界の街と街の間は100キロらしいので。往復分プラスアルファは欲しいです。ベアリング自体の寿命は相当長いですよ。ほとんど摩耗しませんし」
「そうなんですね。今はタマクロー家が興味を持っていますけど、流行るといいですねぇ。道がもう少し平らならすぐにも使えると思うんですけどね。まあ、回転する装置自体はいろんな所に使用出来るでしょうし」
「ええ。とりあえず今は走行距離を伸ばす研究と、車輪以外の用途も考えてみます。反重力サスペンションはすでに取りかかっていますけど」
・・・・
部会が終わった。今回から、俺も部会の会員になったけど、あんな感じでよかったのだろうか。しかし、バイクはともかく切子が楽しみになってきた。部会の後、早速道具作りに入るようだ。
試作品が出来たら見せて貰うことになったし。いつか、俺もマイ切子を自作したい。
「お待たせ。行きましょうか」
ホテルのロビーで切子に思いを馳せていると、徳済さんがやってきた。
今からお昼だ。
・・・
<<徳済さんとの昼食会場>>
「それでね。先日、紹介されたサロンの方に行ってきたわ」
「え? 早いですね」
「サロン自体に参加したワケではないから。話を聞いてくれたの。それでね。最近ご主人がお亡くなりになって、未亡人になった方がいらしてね。その方の美容をトータルコーディネートすることになったの。ご結婚してしばらく社交界から疎遠になっていたらしいけど、気分を切り替えるために今度夜会に出ることになったらしいのね」
俺たちはレストランの個室で昼食しながら情報交換する。
美容魔術の方は売り込みがうまくいったらしい。
「へぇ~、その方の再デビューのお手伝いをすると」
「そうよぉ~。その方はもう40歳過ぎの方らしいから、きっとお肌も劣化しているわ。ぴちぴちにしてあげるって、みんな張り切っているわよ! それからお洋服なんかもね、あちらの美容師さんと相談しながら、うちの針子連合が作るものも身に着けていただけることになったわ。針子連合も今その話題で持ちきりよ。日本人のセンスを見せつけてやるって」
「そうなんだ」
俺はほとんど聞き役に徹する。女性はおしゃべりが好きな生き物だ。
「それとね。貴方、気を付けなさい。独り身の女どもがね、男を漁っているわよ。特に工務店は狙い目ってね。貴方はこの街で仕事しているし、最近稼ぎもいいでしょう? あ、独り身と言っても綾子さんとか祥子さんではないわよ?」
「シングルマザーの会? 仕事していない方々ね」
「そうよ。今日の総会でも何の悪びれも無く、仕事がないって言っていたわ。その彼女らね。他の日本人男性らと、寝てんのよ。補助金を貰うための票を稼いだり、お小遣いを貰っているやつらもいるわ。ほとんど売春婦ね」
「え? マジかよ。俺の所にお誘い来たこと無いけど。でも彼女らも旦那さんはいるんだろ? 日本にだけど」
「あなたはDランクだしね。王城時代は見向きもされていなかったんじゃない? ここに来てからはちゃんと仕事もしているし、貴族とお友達になっているしね。それと、あいつらの貞操観念なんて分かんないわ。でも、生きるために仕方なく、ではないわね。あれはゲーム感覚? 少し違うかな?」
「俺とディーが友達かどうかは置いておいて、女は怖いねえ。ただ、俺、来週からしばらく出張だから、出会いなんて無いと思うぞ?」
「まあ、”おばちゃん”からのお節介よ? 出張頑張ってね」
昨日おばちゃん呼ばわりしたこと、少し根に持っていらっしゃるのかもしれない。
◇◇◇
<<シングルマザーの会>>
「やっと、今日の総会終わったわ。補助金のためとはいえ疲れるわ」
「頼っちゃってごめんね。私たちではよく主張できないし」
「いいのよ。次は夜会の準備ね。早くドレスできないかしら」
「それでさ、来週の分配はどうすんの? アッコとリッコは、商工会議所の人、やっと落とせたらしいわよ。前回の票もちゃんと補助金賛成に入れてくれたって」
「しょうがないわねぇ。分配金を増やすと取り分が少なくなるのよね。今回、1票積増せた人は5000にしましょうか」
「あ、あのぉ。私たち、生活が辛くって、もう少し増やしてもらえないかなぁ。もう、日本から持ってきたものもほとんど売ってしまって」
「あら? あなたたちにもちゃんと渡しているじゃない」
「1日1000ストーンでは足りないわ。朝食でも500はするのよ?」
「お金が無いなら、魔力を売ればいいじゃない。あなた、魔力はBランクだったでしょう。1日2000にはなるはずよ?」
「ぎゃはは、一日3000あれば貯金もできるわよ」
「でも、ここのお化粧高いし、美容魔術も今は有料になっちゃったし。食費だけでは・・・」
「お金が欲しければさ、票を持ってくるか、高く売れるもの持ってくるかしなさいよ。ああ、今だったら貴族のコネとかも有効ね」
「でも、前みたいに授業もないし。出会いがないわ」
「あ~うっさいわね。そんなにお金が欲しいなら、仕事をすればいいじゃない」
「それは嫌よ」
「嫌って、アンタね・・・」
「あんた知り合いくらいいないの? そいつと寝れてくればいいじゃない。男なんて、体を許せばどうとでもなるわよ」
「男性の知り合いなんていないわよ。おばあちゃんを預けていた多比良さんくらいしか・・・でも彼はDランクで」
「あら。工務店の多比良さん? いいじゃない。落としてきなさいよ。彼、貴族とコネクションがあるらしいわよ」
「ん? ふふふ。あそこって、奥さんとの仲が悪そうなのよねぇ。ちょろいんじゃない? ねぇ。私が取ってもいい?」
「そんなの、早い者勝ちよ。彼、日本人会の会合に参加しているわ。出会うなら、そこね」
「う・・・どうしよう、わたし・・・」
◇◇◇
<<マンガ研究会>>
「やっと完成! やっぱ、この脂ぎったブ男キャラ。やっぱ好きだわぁ」
「アンタの性癖キャラばかり出さないでよね。これ売るんでしょ?」
「そそ。前のも貸本で結構入ったしね。1冊で50万ストーン。貸本だからまだまだ入るわよ。シシシ。それから演劇のストーリーや歌なんかも結構いいお金になっちゃった」
「でもそれ、アンタが考えたお話じゃないでしょ? いいの?」
「いいのいいの。日本じゃ何処にでもあるようなお話だしね。キャラクターじゃないんだから分かりゃしないしない」
「で、ツバメプロデュースの方はどうなったの? 私達で物色した劇団員の卵達」
「もち、進んでるさ。公開オーディションの件、コンサートは日曜日に開催してさ、大盛況だよ。もう早速、1票100ストーンの投票券が売れまくり。推しメンをプロにすべく世の女性のハートを掴みまくり。ツバメの卵達はまだプロじゃ無いから、報酬はズズメ。濡れ手に粟とはこのことよ。投票券多めに入れてくれた人には、ムフフなサービス実施中」
「へ、へぇ~。まあ、私の好みの男性は全部却下されたから、ツバメはもうどうでもいいわ。で? 新作はどうすんのよ。勇者と剣士の話は終わったんでしょ」
「ふふふ。実は暖めていたネタがあんのよ。ホレぇ!」
「ア、アンタ貴重なデジカメ使ったの? 電池が無くなったら使えなくなるのよ?」
「え? こ、これは。ここに映っている超絶美少年はどなた? そしてこれ、隣にいるの多比良さんじゃ? 結構、筋肉が付いてきたわね。前は変な体格してたのに」
「ふぇぇ!!? この短髪ブ男、好きぃ! よくよく見たら、別のモヒカンマッチョもいるじゃない。しかも全身入れ墨ぃ。尊い」
「あんたは少し黙ってなさい。それにしても、この少年はまさか・・・」
「創作意欲が湧く写真だろ? ついつい、私の一眼レフがうなったぜぇ。この超絶美少年。未だ”恋”をしていない状態だと思うんだよね」
「なんですとぉ! じゃあ、次の物語は・・・この美少年が、この短髪プチマッチョブ男とモヒカンマッチョによって徐々に女の子にされていくのね」
「概ね合ってる。よし、すぐに取りかかろう。この美少年とモヒカンと多比良さんの写真はまだ沢山あるからね~」
「「はぁ~い」」
悪魔のような計画が着々と進められていた。
◇◇◇
<<プチマッチョブ男>>
「・・・」
何だかさっきから寒気がする。
風邪か? いや、この世界、風邪なんて聞いたことない。
ま、出張用の買い出しはこのくらいかな?
アメニティセットに毛布。シーツに手ぬぐい他。
今日の夜は久々に一人だ。どこかおいしそうなお店を探そう。
俺は夜のサイレンに繰り出すのだった。
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