第39話 日本居酒屋開店祝い 5月下旬
今日は綾子さんと祥子さんのお店の開店祝いだ。
厳密にいうと、開店したのはお昼だけ。夜の部はもう少し先。お酒の仕入れの関係だとか。
俺の仕事の方は、今はいつも通りだ。少し違うのは、クレーン魔術が出来るようになり、仕事の効率が格段に上がったこと。報酬は1日、1.2万から1.5万になった。
例の城壁工事に異動するのはまだ1週間先なので、それまでにクレーン魔術をしっかり練習するつもり。
1週間後には、単身赴任というか長期出張のような感じで、泊まり込みで仕事することになる。
それまでに、一人暮らしに必要な物資の買い出しをしなければならない。
長期出張の話を家族にしたら、息子はぽかんとし、嫁は無言でガッツポーズを決めた。
なんか、人生、思っていたのと違う。
まあ、そんなこんなで、仕事をいつも通りに終わらせた俺は、家族3人で件の居酒屋に出向いたのだった。
ここに娘がいてくれたらなぁ、としみじみしてしまった。
「お、来たね多比良さん」「こんばんは」
小田原さんと木ノ葉ちゃんが同じテーブルに着いていた。我が屋もここのテーブルに座る。
他のテーブルには元Dチームの面々や、商工会の人、日本人会の幹部連中の姿も見える。例の商人さんの姿もあった。
「あら、多比良さん。奥さんも今晩は」
「今晩は。徳済さんもいらしてたんですね」
「今晩は。主人がいつもお世話になっております」
嫁がシャベッタ!
「ええ、大変お世話になったわ。多比良さん、少し報告があるわ。後でね」
徳済さんの隣には男子学生がいる。息子さんだろうか。さらにその隣には元Dチームの武くんとその父親である高遠氏がいる。
「武君も久しぶり、元気してた?」
「はい。おかげさまで」
相変わらずの好青年だ。いや、まだ少年か。中学三年生は。
「おじさん。こんばんは」
「晶、久しぶりだな。うちの子供達がお世話になっているそうで。ありがとな」
「いえいえ」
この子は、格好は地味だが、中学生とは思えない美貌の持ち主だ。陸上少女で引き締まった体付きをしている。この子は学校の選択授業で子供がお世話になっているし、休日も一緒に遊びに行っているようだ。非常に助かっている。サイレンで御飯を食べに行く約束をしているが、なかなか果たせていない。
「おじさん、私にはぁ?」
「おう、お
「ふへへへ~~」
この子は月と書いて”ルナ”と読む、きらきらネームの持ち主だ。この子の母親が元Dチームの綾子さん。今は、晶と我が息子志郎、それから木ノ葉ちゃんと一緒に行動している。背の高いソフトボール女子の元気っ子だ。
お月ちゃんの隣の女の子からも”ぺこり”とお辞儀された。この子は確か祥子さんの娘さんだ。
その後ありきたりな挨拶を交わしながら自分の席につく。
「え~、それでは」
祥子さんが安定のスピーチ開始。
「今日は、お集まりいただき、ありがとうございました。本日、この『日本居酒屋』お昼の部、『日本バーガー』が、無事、開店の運びとなりました。売り上げは皆様のご協力もあり、目標を大きく上回る結果を出すことが出来ました」
ぱちぱちぱちぱち・・・・・・・拍手が沸き起こる。
だがしかし、大人達は早く乾杯したくてうずうずしている。
「それでは皆さん。堅苦しい挨拶はこの辺で。乾杯をしましょう。音頭は日本人会会長の高遠さんにお願いします」
「え~ここで長い話をすると怒られそうなので、最初に乾杯いきますよ~~~~~」
「「「「「乾杯!」」」」」
「開店おめでとう!」「おめでとうございます」「いよ! 日本一」「頑張って!」
一斉に飲み会が始まる。俺も適当に周りの人に乾杯して回る。
テーブルにはすでに料理が並んでいる。
何だが、不思議な料理だ。試食会の時とは全く異なる。
「え~皆さん。私、日下部と申します。日本ではイタリア料理のお店をやっておりました。私からお手元の料理を説明しますね。これはアヒージョ風の焼き肉です。もう、火魔石が入っていますから、まずは、この油身を多めに入れて、大皿に盛っておりますお肉や野菜を入れて一緒に焼いてください。油でしゃぶしゃぶをする感じです」
みんな一斉に四角形の浅い鍋で、お肉をしゃぶしゃぶ。
普通の焼き肉みたいに『ジュワァァァ』という音はしない。ほんのり、パチパチとした音がする。
熱と共に油身が解けて、鍋の底に溜っていく。下から1cmくらい、すぐに溜る。それに肉を入れて火を通していく。
「ここの肉は淡泊な物が多くて、食べた気がしないんですよね。なので、あっさりした油をもつ動物性の脂肪と、植物油を調合した油を鍋に入れて、その油で肉や野菜に火を通して貰うような料理を試みました。日本で言う”焼き肉屋”のイメージで食べていただければ。タレは酸味があるヤツと、少し甘いヤツ、塩みの強いヤツが3セットとなっています。おいしいですので是非お楽しみください。パンにもお酒にも合いますよ! この油はぜんぜんしつこくありませんから。がんがん食べてください」
焼き肉っぽいが焼き肉ではない。この国の料理は焼くか煮るしか見たことが無い。油を使った料理もいいのではないか。おじさん的には油物は少ししんどいが、さっぱりした油ならぎりぎりOK。
「タレもおいしいし、お肉もおいしい」
木ノ葉ちゃん大満足。確かにおいしいな。脂っこい感じは全くない。
周りのみんなもバクバク食べている。
「いや~。開店祝いといいつつ、試食会みたいになってしまって申し訳ない。でもこれ、イタリアンと日本の焼き肉文化を合わせた感じで、ここでも行けると思うんですよ」
「ただコレ、今はおいしいけど、沢山食べたら重くならないか?」
高遠氏が水を差す。
「馬鹿ね。だからいいんでしょ? 食べた後は、さっさとお客さんに出て行って貰うのよ」
徳済さんが、高遠氏に速効で突っ込みを入れる。ふ~む。どうもこの2人は知り合い同士のようだ。
うちのテーブルは、多比良家3人と、小田原さん、木ノ葉ちゃんだから、人数は他のテーブルより少ない。
他は7~8名くらい座っている。ちなみにテーブルは3つだ。
アヒージョ風焼き肉をそこそこ堪能した後、シーフードの干物をあぶったようなやつとか、芋をふかしたヤツ。それから卵焼きなどが出てきた。
出てきた料理は、お酒を飲む大人用と、子供が好きそうなメニューが混じっている。よく考えられているようだ。このタイミングで、大人達は挨拶回りを開始。席をシャッフルしたり、カウンター席に移って駄弁りだす。
◇◇◇
<俺・高遠氏(父)>
「こんばんは。多比良さん。王城時代は息子がお世話になっておりました。息子も楽しかったようで。最初Dランクと聞いてどうしようかと思ったのですが、まあ、あのランク、努力次第で結構どうにでもなるようで、安心しました。今は息子の好きにさせているんですよ。あいつは未だに野球の練習をしています」
「あのランク、多分、適当ですよ。私も普通に魔術を使う仕事に就いて、普通にやれています。まあ、アレは対モンスターというか、戦闘用のランクじゃないですかね。若しくはスタンピード討伐特化? 日常生活や仕事レベルではどうでもいい感じはします」
「そうだよなぁ。少し安心したよ。それよりも多比良さん。タマクロー派の貴族といち早くパイプを作るとは、やりますね」
「たまたまですよ」
「はははは。コネなんて最初は大概たまたまですよ。それを物にしているのがすごいんですよ。うちも負けませんよ。うちは国王派とルクセン、それからケイヒン伯爵領に食い込もうとしています。地勢的にベストなんです」
「さすがは大手企業さんだ。ところで、バルバロも地勢的にはいいと思うんですが、どうなんですかね、あそこ」
「いや、バルバロは少し遠すぎる。重要になるのはもっと先かなぁ。あそこに行くためには、大河川と湿地帯があるから陸路がだめ。普通はケイヒンから海路か、南のタイガに下って川~海に出るルートになる。なかなか難しい土地ですね。さらに、その先には人類未到の地が広がっているだけだから、行商としては魅力は少ない。ただ、人口が都市単体で15万人くらいいるから、無視はできない。でも、ケイヒンとマ国貿易が落ち着いた後かなぁ、バルバロに手を出すのは。バルバロといえば、冒険者ギルドの方が先でしょうね。あそこのモンスターは魔石が大きいとか。仕事の話しは置いておいて、あそこに辺境領を作った先見の明には驚きましたがね」
「ええ、あそこって、色々とよい位置にあるのに、何だかもったいない気がするんですよねぇ。米食ですし」
◇◇◇
<俺・冒険者ギルト、ギルドマスター前田さん>
「いよっ! 多比良さん、飲んでる?」
「飲んでますよ。冒険者ギルドも派手に事業を拡大されているようで、すごいですね」
冒険者ギルト、ギルドマスターである前田さんに話かけられる。ラガーマンのようながっちりした体付きをした人だ。
「いやいや。うちは異世界ライフを楽しみたい連中が集まっているだけだから。冒険はあまり苦ではないんだ」
「なるほど。私もサブカルはそこそこかじってたので、憧れるのも分からないでもないですね。でも、最初に魔術のランクが低くくて、その辺は諦めました」
「ありゃ~。もったいない。あのランクは、結果的に能力にそんな差が出てないんだよなぁ。まあ、得意な魔術? 水とか火とか。あれは別だけどさ」
「確かに。自分、土ですけど、他のもぼちぼち使えますし」
「ああ、もちろん、アレは、適性があるってだけで、使えないわけではないんだ。まあ、多比良さん、何か困ったことが合ったら相談してよ。うちは人数も多いし、現地の人の採用も進めている。冒険者ギルドは討伐依頼だけではなくて、収集とかさ、新人が入ってきたら雑用的な仕事も募集しようと考えているんだ。力になるぜ?」
「はいよ」
◇◇◇
<俺・バルバロ出身商人>
「こんばんは。この間ぶりですね」
「ああ、商人さん。こんばんは」
「ラブレス商会のミドーを、このお店共々ごひいきくださいませ」
「はい。ところで商会って、何を扱っているんです? バルバロは特産品は無いって聞いたんですけど」
「なっ。そんなことはありません。バルバロ領は、穀物、水産物、林業それらの加工品、そして良質の魔石などが特産品です。田舎ならではです」
「え? そうなんですか? それなら私の情報が間違いなんでしょう。まあ、私のバルバロ出身の知り合いは、アホっぽかったですからね」
くそっ、フランめ、お前のせいで恥を掻いたじゃないか。あいつ、バルバロ領には『何にもない』とか言っていた気がするぞ。
「あははは。まあ、誰でもお貴族さまみたいに、十分な教育を受けているわけではありませんからね」
「あはは。そうですよねー」
フランは6女といえども辺境伯の娘だったはずだが。かわいそうに、あいつ馬鹿だったんだな。
◇◇◇
<俺・徳済多恵>
「あらぁ、多比良さん。ここにいたのね」
カウンター席に座って、綾子・祥子ペアの仕事ぶりを眺めていたら、病院マダムに声をかけられた。
「何よ、こんなところで黄昏れちゃってさ」
彼女とはまだ知り合いになって、こうやって合うのは2回目のはずだが、ずいぶん馴れ馴れしい。まあ、これが彼女の性格なのかも。
それにしてもこの女性、美容魔術のおかげで、肌年齢は小学生レベルになっている。しかし、言葉や態度の端々で、いわゆる『おばちゃん臭』がするのだ。
今も俺の背中をバシバシ叩きながらカウンター席の隣にお尻を割り込ませて座ってきた。
こいつは顔はカワイイのに、中身は間違い無くおばちゃんだ。
「顔は可愛いのに中身おばちゃんだよな」 酔った勢いで本音を口にしてしまった。
「ぎゃははははははは!!!」
あ、つぼった。病院マダムがのたうち回る。
「何よそれ。何よそれぇ! あははははは!」
何が言いたいのか意味が分からなかった。多分、この人は笑い上戸なのだ。涙を流して笑っている。
目の前の厨房から、『信じられないモノ』を見るような目をした綾子さんと祥子さんがこちらを見つめていた。
◇◇◇
<俺・中学生ズ>
「あのさ、おじさん。あそこ、そのままでいいワケ?」
晶がカウンターに残された病院マダムのことに言及する。
「ま、まあ、つぼに入ったらしくて。しばらくそっとして置こうと思って」
「何言ったの?」
「いや? おばちゃんって言っただけだぞ?」
「そういうの、口に出さない方がいいからね。おじさん酔ってるの?」
「酔ってるぞ」
同じテーブルには晶と武君、徳済さんの息子さんがいる。この子は武君と同じ坊主頭で、ガタイがかなりいい好青年だ。野球部なのだろうか。少し離れてお月ちゃんと祥子さんの娘さんがいる。
武君は普通にその辺の料理をつまんでいる。お月ちゃんは、ひたすらにっこにこしている。
祥子さんの娘さんは、少しおろおろしている。彼女は多分コミュ障だ。同族意識を感じる。
「・・・いや、母があんなに笑っているのを初めてみました」
「貴方はお子さん?」
「ええ、はい。
ソウタ? どこかで聞いたような。まあいっか。
「ふむ。そうか。怖いかい? あのお母さん」
「はい。少し」
「でも、まあ、大事にしてやんなよ」
「はい!」
俺には知り合いの息子さんと会話するスキルがない。適当なことを言って、この場を切り抜ける。
「おじさん、適当なこと言ってるでしょ」
晶にはばれたようだ。
・・・・
しばらく中学性達と駄弁る。徳済さんの息子さん、颯太君は、武君と同じ野球部だった。だから、徳済さんと高遠氏は以前からの知り合い。
「晶、メシの約束、もうちょい待ってて。仕事が落ち着いたら、おいしいもの奢ってやる」
「・・ふぇ?」
「いやったぁ! 奢ってね。」
晶にしか聞こえないように言ったのに、お月ちゃんには聞こえたようだ。まあ、1人増えてもいっか。
◇◇◇
<俺・綾子&祥子>
「おつかれさん。今日は楽しんでくれた?」
「ああ、おいしかった。そしておめでとう。日本人の中で最初のお店じゃないかな。ここ。すごい」
「ありがと。どういたしまして」
綾子さんは今日もポニーテイルだ。祥子さん曰く、勝負する時のヘアースタイルらしい。
頑張っている女性は何時だって誰だって美しいものだ。
「これからも絶対食べにきてよね」
「おいしかったし、来るよ。流行ってしまって、込んでしまうのがネックになるかも。あ、俺、来月20日くらい少し遠くに外勤するわ。その期間は来れないかな」
「ふふ。待つわよ。外勤、頑張ってね。あ! お土産楽しみにしておくわ」
綾子さんはそう言うと去って行ってしまった。
しかし、お土産かぁ。あそこのお土産って何? 石?
「ふふ。末永くこの『日本居酒屋』をよろしくね。ネーミングはどうかと思うけどねぇ」
「あ、祥子さん。お祝いを包もうと思って持ってきたんだ。おめでとう」
「あら、気を遣っていただいて。ありがとうございますね。
「あ~~。ありがとね! ごめ~~ん。今、手が離せな~~い」
「ふふ。あの子ったら張り切っちゃてね。頑張りすぎないといいけど。じゃあね多比良さん。今日は本当にありがとう」
祥子さんもそう言うと去っていった。
◇◇◇
<俺・嫁>
「さて、宴もたけなわかな? ぼちぼち帰るぞ。明日は休みだけど、それぞれ用事はあるんだろ?」
「・・・」
この世界は週休1日制だ。一週間7日で日曜日が休みだから、土曜日は学校も仕事も普通にある。
そして、今日は、土曜日の夜だ。
明日は日曜日で休みだけど、嫁は用事があるらしいし、息子は、お友達の家に遊びに行く。
ちなみに、俺は日本人会総会の専門部会に出る予定。
その後は久々のオフだ。一人暮らしに向けた買い出し、諸々を済ませなければ。
周りはお開きモードで、帰り支度を始めている。
木ノ葉ちゃんは、晶と学生寮まで一緒に行くようだ。
「は~い。これでお開きにしま~~す。今日はみなさん、ありがとうございました~~~」
「いよ!」 ぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱち~~~~~~
一斉に拍手が沸き起こる。平和な日常。本来は、色々と特殊な状態のはずだが、もうこれが普通になりつつある。
それは果たしていいことなのか。
俺は、娘の顔を思い出しながら、拍手を送った。
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