第34話 第1回日本人会総会 5月下旬
サイレンに着いて1週間が過ぎた。
今日は、石積み解体現場の仕事はお休み。代わりに日本人会の会合に出る予定。
俺は『異世界工務店』の幹部ではないが、人数合わせで席を置いている立場だ。
今回、タマクロー家から急ぎの仕事をもらい、その納期が昨日の深夜だった。みんな忙しい、ということで、今日の会合には、代表の豆枝氏と俺が出席することになった。
この日本人会総会。当面は週一で開くらしい。
それから、我が家に壁掛けのカレンダー兼伝言板が復活。
予定を、壁に掛けたカレンダーに書いておき、家族で予定の共有を行うのである。
今日の嫁の予定は学校。弓道部の面倒をみるんだとか。夜もそっちで食べると。
息子はサイレンで知り合いになったお友達のおうちに遊びに行く。
御飯もそちらでお世話になる。晶、木ノ葉ちゃんとお月ちゃんが一緒で、帰りはうちまで送ってくれるらしいのでOKを出した。そのうち、そのお友達とやらのおうちに、何かお土産でも持たせよう。
俺の今日の欄には、”日本人会”と書かれている。夜は久々の一人だし、どこか新しいとこを開拓してみようかな?
そんな益体ないことを考えながら、朝から例のお店に行き、朝食と身だしなみを整える。これから人に会うし、必要経費なのだ。決して他意は無い。
さてさて、日本人コミュニティーの互助会組織、その第一回全体会合が始まる。
・・・・
<<ホテル ロビー>>
「おはようございます。多比良さん」
豆枝氏が小走りで寄ってきた。彼は『異世界工務店』の代表だ。今日は一緒に総会に参加する。
「おはようございます。豆枝さん。昨日の検査は、どうでした? 大丈夫でした?」
「おかげさまで合格をいただきました。それでですね。総会とその後の専門部会の後、少しお時間をいただけないでしょうか。それから、本日中にディー様が多比良さんにお会いしたいと」
「え? 今日は買い物に行きたかったんだけど。まあ、ディーのお呼び出しなら仕方が無いか」
「はい。すみません。我々の話はすぐ済ませます。その、お礼を申し上げたくて」
ふむふむ。まあ、お仕事紹介したもんね。でも、無茶ぶり的な仕事だったはずだ。逆に少し罪悪感。
・・・・
<<ホテルの会議場>>
「それでは第1回、日本人会総会を始めます」
三角会の高遠氏が開会を宣言する。
正式な”総会”は、今日が始めて。だけど、全体的な会合は度々開かれていたらしい。俺が知らなかっただけで。
概ね、1グループ2名が参加している。
『三角会』からは代表の高遠氏とサラリーマンぽい人。
『針子連合』からは、おばあちゃんと若い人。あのおばあちゃんは、イネコおばあさんの車椅子を押してあげてた人だ。
『診療所』からは、女の人とめがねのおじさんだ。女の人はやけに若くみえる。だが、目つきがギラギラしてて怖い。
『シングルマザーの会』は、2人とも女性。顔が2人ともまるで高校生みたいだ。顔小さいし、美人ではある。しかし、中学生の母親とは全然思えない。診療所の女の人は、若くみえるが彼女らとは全く迫力が違う。
『冒険者ギルド』は、男女1名ずつ。男性の方は、ラガーマンみたいな体格をしている。女性の方はめがねをかけた普通の女性でとても冒険者には見えない。事務員なんだろうか。
『商工会議所』は、真面目そうな糸目の男性と、短髪にバンダナ姿の人。
みんな、お互いを値踏みするように観察している。
特に、初参加の俺に視線が集中している気がする。
「最初に近況報告だな。まず、うちの三角会。まあ、そのうち、三角商会を立ち上げる予定だ。現在、いくつかの商会やギルドに人を送り込むことに成功した。そこで働きつつ、ここの商売のルール等を学ばせる。それから行商の準備として、情報収集のため、東のルクセンとケイヒンに人を送った。後は、当面の資金稼ぎとして、貴族の息のかかっていない分野の商品開発を目指している。今、すでに活動しているのは、みんなの意見を参考にして、針子連合と協働でリバーシ。商工会議所と一緒にマヨネーズの販売を行っている。売れ行きは、ぼちぼちだな。それから、酒類の開発については、国の補助金が出ることに決まった。この辺は、開発から着手しているので、売上金が入るのはまだ後になる。商会の準備については、後で、融資の相談がある。その辺は後で、だな。以上だ」
こいつら、手広くやり過ぎだろ、と思わなくも無いが、頑張っているようだからいっか。
「次は、俺たち『冒険者ギルド』の説明をしよう。うちは、すでにハンターズギルドから人を派遣してもらって、10パーティほどを全国に派遣している。これは、訓練を兼ねてはいるが、報酬も入る仕事なんで、非常に助かっている。ただし、1ヶ月限定だ。それ以降は、自分たちで仕事を受注していく必要がある。まあ、受注先は当てがあるんで、やっていけると思う。それから現地人を5名ほど雇った。後だな、うちも融資の相談がある。事務所を開設したいんだ。近況報告は以上だ」
彼らは着実だな。でも大変そうだけどなぁ。冒険者。
「次はうちかしら。『診療所』の方は、すでに開所しましたわ。試験にも一発合格。患者さんの入りはぼちぼちといった所かしら。美容魔術の方は、臨床が進んで副作用的なものは出ていないわ。このまま行けば、自信を持って世に出せるわね。うちも、融資というか、少し繋ぎが欲しいわ。患者さんからの診療報酬だけで、生活費と研究を進めるのは限度があるもの」
試験に合格したのか。流石医者。いや、どんな試験か知らないけども。翻訳魔術は口に出す言葉は通じるが、文字は勉強しないと解らない。
「次は、わしら、針子連合ですな。うちは、服の修繕と販売をすでに開始していますよ。そこで、日銭を稼ぎつつ、新商品の開発をしていますよ。うちには若手には手先が器用なものがいるので、ボタンの製造をしているところでしたがね。先に資金繰りのためにリバーシのコマの作成を手伝っていますよ。服は結構売れているので今はいいですが、布は王都からもらってきたやつを使っているので、それを使い切れば、古着や布の仕入費用が発生しますよ。それまでに、新商品を出して、収入を増やすのが目標ですよ」
「商工会議所の説明をしましょう。うちは、基本的に自分たちが元々やっていたお店の、延長線上のことをやろうとしています。飲食店ですとピザ屋、ハンバーグ屋、ラーメン屋が、まだ先ですが開店を検討しております。それから、床屋、廃品回収や野菜の卸なども商売が出来ないか模索しております。このあたりは三角商会さんと連携していければと考えています。それから、商工会議所ではないのですが、フリーの方で、独自に現地の商人に渡りを付けられて、居酒屋を開店される方がいらっしゃいます。そこにはうちからも食材や調味料の提供を行う予定です。実は今日から6日後にお昼の部を開店予定でして、同じ日に開店祝いを催すそうです。人数的にまだ参加できますので、ご希望者は私までお願いします」
この開店する居酒屋というのは、綾子さんと祥子さんのお店だ。
開店祝いは、我が家は直接招待されているのでもちろん行くつもり。ちゃんと休日前の夜だから、多少飲み過ぎても大丈夫だ。
「次はどちらからだ? 工務店とシングルマザーどちらでもいいぞ?」
豆枝氏が挙手をして話し出す。
「それでは、工務店から、近況を説明しましょう。うちは先日から1件の家屋の修繕工事を受注しまして、実は昨日、工事が完了したところです」
「なんだと? お前達、先日まで何の見通しも立っていなかったのでは? それに家屋の修繕など、利権が絡みすぎて大変だと聞いたぞ? 貴族対策とか大丈夫なのか? 勝手にやって後で迷惑かけないだろうな」
「貴族対策は万全ですよ。それに、工事はもう終わったと言ったでしょう? その利権関係も全部クリアした上で、完了したんですよ」
豆枝氏が自信満々に応える。なんだか、腹に据えかねた何かがあったようだ。多分、これまで、皮肉を言われたりしてたんだろう。成績の悪い営業を吊し上げるみたいに。
「一応、どういったお仕事で、どうやって貴族の利権をクリアしたのかしら? 今後の参考としてお聞きしたいわ」
すごい目力のマダムが発言した。『診療所』の代表だ。確か、日本でも大きい病院の関係者だったはずだ。それにしても、とても小柄でお肌が綺麗で高校生みたいな人だ。でも、目が怖い。
「し、仕事は、貴族の個人宅の修繕です。3日間の仕事で、150万ストーンの報酬を受け取りました。貴族のことは、その、ここにいる多比良というものに任せています」
おい、この豆!
俺に説明を投げるんじゃない! それに俺は紹介しただけで、貴族対応は任されていない。
「どういうことかしら。ねぇえ? 私たちは仕事をするのに大変な苦労をしているの。助け合いながら、ね。あなたたち、サイレンに着いた時は何も仕事はなかったはずじゃない。それに何の当てもないって。それなのにいきなり3日間で150万の仕事? 危ないことして、私たちに迷惑掛けないで頂戴ね? だから説明をお願い、多比良さん?」
う、うぐ。正論だし、この人怖い。敵に回さない方がよい気がしてきた。
ただし、貴族のことをあまりべらべらしゃべるのは憚られるので、俺は言葉を選んでゆっくりと話を始める。というか、少しムカついたから、情報は全部出してやらん。
「今回の仕事は、私の知り合いの”自宅の修繕”になります。あなた方の言う、貴族のルールというのは、何かを作ってそれを売ったり、サービスの場合は、それを手広く行う場合に発生するもの、と聞いています。今回のケースは、その知り合いが言うには、『何も考えなくてよい』というケースらしい。だから、危ない仕事なんかではない」
「本当にそうかしら、その貴族の方のお名前、お尋ねしてもいいかしら?」
「貴族の名前は容易く言えない。そうでしょう? あえて言えば、タマクロー大公の関係者ですね」
名前をたやすく言っては失礼となる。というのは、説教受けたから本当である。タマクローの方は適当にごまかす。
「は? 大公? どうやってお知り合いに?」
ふん。強気だった若作り目力マダムがうろたえている。ザマァと言いたいが、俺の力ではないので黙っておく。
「繋がりを大事にしていっただけの話です。とにかく、大公家縁の住宅の修繕工事で、ほぼ個人宅らしいから、貴族のルールとかは関係ないと言われたんです。他の貴族の横やりが入る心配は無い。もし、そんなのがきたら自分に言って欲しい。どういうことか、聞いてみますから」
「私たちは、その仕事を終わらせたあと、すでに3件のお仕事もいただいております。我々の仕事の中に、貴族の利権が絡まない商品があったようで、その商品の追加納品もいただいております」
それは初耳だが、まあ、本当の話なんだろう。後から話があるって言っていたし。
「・・・そう。あなたたち、後から少し話があるわ。よろしいかしら?」
「俺はこの後用事があります」
「時間はとらせません。よ・ろ・し・い、かしら?」
「え? 嫌なんだけど」「いや、多比良さん。あのお方とのお約束は夕方ですし、少しなら大丈夫ですよ」
この、豆枝! こいつ、折れやがった。このおばさん。上から目線が少し気に食わない。
「おほん。まあ、ここは会議を進めましょう。次はシングルマザーの会。お願いします」
三角会の人が話を進める。
「私たちは特に何も話はないわよ。仕事は探したんだけどね。私たちってもともと専業主婦じゃない? 手に職もないし、なかなか決まらないわよ。そんなの。ここに来てまだ一週間よ?」
「専業主婦だった人でも、ここで仕事を始めた人は多いぞ?」
「そんなこと言ったって、仕事がないものは仕方がないじゃない。それに私たちって、両親がこちらに来ていないメンバーじゃない? 子供の面倒もあるし、働きに出るのも難しいのよ」
「片親で頑張っている人は沢山いるが? それに、子供達の学園は寮完備だろう。三食付きで学費も無料。どこが難しいんだ?」
シングルマザーVS三角会の高遠氏。
ひどく、高遠氏を応援したくなった。
「何よ、働けっていうの? あなたたちに、どんな権利があるのよ。それに、私たちのグループには心の病にかかっている人もいるわ。子供を日本に残してきた人。憔悴しているのよ。その人達のケアとか、頑張っているのよ?」
「大変な状態の人がいることは知っている。その人に援助することはやぶさかではないんだ。要は、お前達のグループは30人くらいいるだろう? 全員働かないのはどういうことだ?」
「知らないわよ。それに私や他のメンバーは、サロンやお茶会に呼ばれているわ。貴族とコネを作るチャンスでしょ。さっきの人も繋がりは大事、って言ってたし。私たちはそちらの方面で頑張るわよ」
「お前ら、朝から晩まで何をやっているんだ? それに、結局は金が無いと援助も出来ないんだぞ?」
「あら、日本人会には、まだ3000万以上の預金があるでしょう? あなた方も、融資という名前でそこからお金が欲しいんでしょう? 私たちは明日にも餓えそうなのよ。いいでしょ? 1日1人5000円くらい回してよ」
「ばかな。それがどれだけの額なのか分かっているのか? お前達は30人だぞ? 1日15万だ。1ヶ月で450万になるんだぞ? ふざけている」
「でも、まだお金はあるじゃない。それに先生方からの寄付や、国の補助もあるはずでしょう?」
「お前達は数字の計算ができないのか? 国の補助金は月に100万だ。先生方の寄付は、当面は、お一人1月1万だ。日本人会の会費は1人3000円だが、それら全部足しても月に300万位にしかならないんだぞ? お前達はどうせ会費も払わないんだろうしな。お前達への補助金だけで赤字だ!」
ストーンはほぼ円と同じくらいの価値がある。みんなストーンではなくて、円って言っている。
「国の補助金が少なすぎるのよ。交渉出来ないかしら。それから、日本人企業からの寄付も募るのでしょう? なんとかなるわよ」
「ならん。お前達、魔力はあるんだろう? それを売れ」
「不愉快だわ。そんなの、献血しろとか、髪の毛を売れとか、体を売れとか言っているのと変わらないじゃない。人権無視よ。シングルマザーへの差別よ。いいわ、判決をとりましょうよ。私たちへの補助に対しての、ね。同時にあなた達の融資の採決も取ればいいじゃない」
「くっ。お前ら」「こらえろ、高遠。セーフティネットの存在自体は、必要ではあるんだ」「確かに国の補助が少ない部分はある」「・・・」
・・・セーフティネットとそれに巣くう働かない人達。そして、自分の利権のために票が欲しい人達。これは疲れるわ~。
それにしても、シングルマザーの会、こいつらは知恵の働く子供だ。大人の中には、結婚して子供が大きくなると、何故か自分が子供になる人達が一定数いるのだ。こいつらは、その大きな子供だ。
日本人会の選挙は、今のところ事前投票制の全員選挙に落ち着いている。議題は事前に告知され、それに対して1人1人が札を入れる。この総会ではそれの集計だけを行うのだ。だから、事前の根回しで全てが決まってしまう。もちろん、派閥が大きい方が有利には違いないのだが、実のところ、この総会での議論など意味が無いのだ。先ほどのシングルマザーの会の女性が強気だったのも、多分ここにあるのだろう。
馬鹿らしいと思って目を背ける。背けた先に、あの目力マダムがいて目が合ってしまった。相手は、最初からこちらを見ていたようだ。怖い。
選挙が始まった。
投票結果。
全ての融資はOK
そして、シングルマザーの会に毎日1人5000ストーン、合計15万ストーンの補助金が決定した。
・・・・
<<会議後 ホテルのロビー>>
「多比良さん。本当は、これの後に言おうと思っていたのですが、ご紹介していただいた仕事、最低値10万でしたが、気に入っていただいたようで、150万を即決でいただいたのです。本当にありがとうございました」
「そうでしたか。でも、金額がアップしたのは、あなたたちの努力の結果ですよ。おめでとうございます」
「それで、多比良さんには紹介料をお支払いしようと考えておりまして。本当に次に繋がる仕事をご紹介いただき、ありがとうございました。こちらは50万ばかりになりますが」
「いやいやいや、3分の1は多過ぎだと思いますけど? せいぜい、最初の最低保障価格の10万くらいが俺の信用度で引き出した額では?」
「いや、しかし、実は最初の10万でも仕事が無いよりは全然助かる価格だったのです。それがいきなりプラス140万なのですから、みんなとても喜んでいます」
「しかし、いくら何でもそれは高過ぎですよ。どうしましょうかねぇ。あなた方もキャッシュは持っていた方がいいでしょう? それに、貴族がいきなりぽんとお金を出すっていうのも。裏とかも考えて置いた方がいいと思いますがね」
「いえ、裏なんてそんなことは。ディー様は切実な方と感じましたが」
それは少し甘いのでは?
「まあ、いいでしょう。夕方会うし。それから今日は、これから何があるんです?」
「これからは専門部会ですよ。私たちは、新商品開発連携部に出ます。他のメンバーは、酒造部会、麺類製造部会、行商部会などに出ますが」
「ふ~ん。それで、謝金の方は、本当に10万位でいいんですがね」
「間を取って、20万はお支払いしますよ。貴方にはこういった会合にも出ていただいておりますしね」
・・・・
<<日本人会 専門部会>>
「それでは、新商品開発連携部を始めるぞ。今は、針子連合のコマを使ったリバーシ。商工会議所のマヨネーズを、三角会で販売している。もう少ししたら、マーケティングの情報が集まってくるのでやりやすくなると思うが、まだ、人手はあまっている状態なので、何かよい案はないだろうか」
三角会の代表者、高遠氏がこちらを見てくる。高遠氏は、実は野球少年の高遠武君のお父さんだ。
「案と言ってもなぁ。ブレスト的なノリでいいんでしょうかね」
「いいよ。どんどん発言して。ざっくばらんに行こうよ」
冒険者ギルドの人が応えてくれる。確か、ギルマスの前田さん。
俺は、少し気になっていたことを発言する。
「そうっすねぇ。工務店の方で、ガラスが扱えるようになったって聞いたんだけど。豆枝さん、それってどの程度の加工ができるんですか?」
「はい。砂からけい砂を分離する魔術を開発しまして、それから熱を加えて、板ガラスが出来るようになりました」
「なんだと? 本当か?」
俺は外野の声を無視して進める。
「自分の認識では、板ガラスより丸いガラスの方が簡単だと思うんです。口で吹くやつですね。この国のコップって、土魔術で作ったりしてるけど、やっぱり、少し臭いとかしますし。ガラスのコップが欲しいって、思うんですが、作れないでしょうかね」
「大丈夫と思いますよ。色々と試行錯誤してまして、確かコップも作れたと思います」
「おい。何でそんな情報黙っていた」
「いや。板を作るために頑張ってですね」
「それでですね。ガラスのコップ、切り子とか、まあ、ガラスを利用した工芸品や調度品とかがあったらいいんじゃ無いかと。ここでそういうの見たことないですし。針子さんのとこでボタンやリバーシのコマが作れるんなら、コップくらいは出来るんじゃないかと」
「ふむふむ。うちには美術大学出身者がいますから。聞いて見ますよ」
「庶民用のコップ。貴族用の切り子。行けるかもな。多比良さん、切り子が出来たら貴族に売り込めないかな」
「気に入るかどうか、聞いて見る分にはいいですよ」
「ただ、けい砂が多く含まれる砂の確保が課題と言っていましたが」
「それなら、俺ら冒険者に任せてくれ。砂から、そのけい砂を分離させる術を教えてくれよ。冒険途中の収集任務にうって付けだ」
「それなら、砂鉄の捜索もお願いしたいのです。砂から砂鉄を取って、加工する技術も磨いておりますが、何分、砂鉄の量が少なくて」
「そりゃいいや。砂鉄も冒険者が集めるよ。鉄の武器が欲しいと思っていた所なんだ。ここの兵装の触媒は形が単一で、希望通りの武器が造れないんだよ」
「鉄なら輸入品にもあったはずだ、くず鉄などが入手できないか、商会でも調べてみよう」
う~む。以外と白熱している。
工務店はこれまで少し下に見られていた感じだったらしい。今回でずいぶん株を上げたようだ。彼らは『工務店』、という名前に隠れているが、実は技術者集団なのだ。
今回の新商品開発連携部は、後2,3点のアイデアが出てお開きとなった。
・・・・
<<会議後>>
「さて、帰りましょうか」
「しかし、多比良さん。診療所の先生に呼ばれていたでしょう?」
「あの怖い人か。何で俺が。貴族対応も怖いんですよ? 俺、一度、大砲打ち込まれたんですから」
「え? 大砲? なんですか、それ」
「魔術で造った大砲ですよ。生身で受けるとかなり怖いんですよ?」
「それ、造れますかね」
「出来ると思いますよ。即席で造ってましたしね。大砲」
「・・・こんにちは。少しいいかしら?」
後ろから話かけられた。思わずビクっとなってしまう。
「あ、徳済さん。この度はどうも」
「どうもじゃ無いわよ。こっちが苦労して貴族の間を駆けずり回ってんのに、なに簡単に仕事とって来てんのよ! すごいじゃ無い。見直したわ。それで多比良さんには少しお話を聞きたいのよね。いいかしら?」
「はい。なんでしょうか?」
この女性、顔のシミ・シワはないけど、中身は間違いなく、マダムだろう。苦労がにじみ出ている。シングルなんとかの女性達とは大違いだ。なんやかんやと苦労しているんだろう。
「それで、少し知っていることとか教えて欲しいのよ。ランチご一緒していいかしら? 時間はとらせないわよ」
「ええ。分かりました」
で、豆枝さんよ。なんで貴方が返事するのかな? まあ、いっか。お昼は奢ってもらおう。
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