第13話 マ国、全権大使の憂鬱 5月上旬

は、ジマー族のイセ。マガツヒ・マガライヒ魔道王国、すなわち、マ国の特命全権大使として、ここ、ラメヒー王国王城の離れにある大使館で生活している。

この国、ラメヒー王国と我が国マ国は友好国同士である。2国間には外交問題も抱えておらず、全権大使といえども暇なものだ。ほとんど名誉職である。呼び出されて抗議されることもない。いや、むしろラメヒー国より、我が国の方が国力が上のため、大分気を遣われていて王侯貴族並の生活を送っている。


「でわ~、いってらしゃいませ~」


わたしは、部下に見送られ、一人で王城の廊下を歩き出す。

この部下の名はジニィ。本来はわたしの護衛のはずなのだ。ただ、ここはそこまで危険もなし、1人で十分であろう。


「あ、あの~イセ様? 私がご一緒しましょうか?」


「いいや、ザギィ。お主もここで待っておれ。どうせ大した用事ではない」


「はい。仰せのままに」


このザギィというのは、わたし付きの唯一のメイド。魔王時代からずっとついて来てくれている。だが、この会合にメイドを連れて行くと、長居OKと思われてしまいそうで、今回は露骨に1人で行って速攻で帰って来るつもりだ。


さて、今回の面会依頼はラメヒー王国からで、その内容は勇者召喚の顛末説明とのことだ。

律儀なものだ。確かに召喚数が600人であることを考えると、外交手続きはとても重要だ。

下手を打つと、敵を作りかねないからだ。召喚数600人とは、それだけの魔術士を抱えこむ可能性が高いということ。このことは、外国から『侵略の意図あり』と思われかねない。

まあ、この国、2ヶ月程前にモンスターに大敗している。内情を知っている我々からすると、他国侵略どころではないだろうが。


わたしは、無駄に長い王城の廊下を歩いて行く。

 

・・・・


「ジマー大使、ご足労かたじけない」


「いや、王城の離れに住んでおるんじゃ、大した手間では無いよ」


謁見の間に入ると、国王以下、国の重鎮が立ち上がって待っていた。皆、ウサギがおびえたような顔だ。わたし、そんなに怖いかのう?


「ジマー大使、この度はご息女が次期魔王に内定されたとか。おめでとうございます」


手前にいいた宰相が最初に声を掛ける。


「なに、我が娘は魔術的実力が高い。ただそれだけに過ぎん」


わたしは、椅子に座りながら、一応、謙遜を述べておく。


ところで、マ国には、王が2人いる。いわゆる世俗の王としての国王。国家元首であり、王の元に置かれた代議院と貴族院が、国内政治、外交のほぼ全てを取り仕切る。王自体は世襲制であるが、両議院は投票で選ばれた者が就く。

そして、もう一人の王が魔王。こちらは、最も魔術に優れた者が就任する名誉職である。かつて、我が国の前身である魔道帝国には、一人の魔王が絶対権力者として君臨していた。


しかし、400年前、その魔道帝国は魔王暗殺からの政変を経て、帝国瓦解と至っており、その反省を踏まえて、現在では魔王に権力を集中させない体制を敷いている。


わたし、イセ・ジマーは、先代の魔王を務めた。


こう見えて、わたしは双角族の姫として育てられた。そして、18歳で結婚、出産、20歳で魔王就任。当時のわたしは双角族特有の2本の角が象牙色に輝き、それはそれは美人で国内の男どもを虜にしたものだ。

しかし、魔王職は激務であった。ストレスと寝不足でお肌は荒れ、ろくに家に帰れず、娘の面倒もほとんど見てやれなかった。


ある日のこと、魔王の激務で疲れ果ててベッドで寝ていた時。伴侶に夜伽を求められ、ムカついたので口をきいてやらなくなったら、数日後に離婚されてしまった。


魔王就任から10年目、疲れたわたしは、ひょっこり攻めてきた神聖グィネヴィア帝国との戦争に軽く勝利し、それを契機に引退。魔王職は、当時の魔術学会による推薦で魔術の天才とやらに譲った。そして、ご褒美職と言われるラメヒー王国の特命全権大使に就任し、今は悠々自適の毎日を送っている。


ただ、その天才とやらは政治に弱かったらしい。魔王就任後に塞ぎがちになり、ついに部屋から出てこなくなった。

『もう辞めさせてください』わたしは、何故か魔王にそう懇願された。仕方が無いので、魔術の強い娘を生け贄、ではなく、名誉ある魔王に推薦したのである。


少し話が飛んだが、要はわたしの娘が魔王に内定することは、自慢にもならないということだ。


「そ、そうでございましたか」


宰相がウサギのように縮こまる。この男、背は低いが、体格がかなりがっちりしている。そんな者が縮こまっても全くかわいくない。


この国には、大人でも背の低いままのものが一定数いる。女性も背が低いのがいる。こういった女性は、高齢になっても、その姿はまるで少女のようなのだ。一方で、男性は子供の頃からおっさんみたいな顔をしている。

彼らは、大破壊前に存在したと言われる伝説の大国”ドワーフ王国”の末裔と言われている。


まあ、わたしも少し返答に困ることを言ってしまったので、話を戻す。


「それで、話があるのであろう?」


取りあえず、話を先に進めさせることにした。


「はい。お呼びした理由は、勇者召喚の儀についてです。今回の召喚で転移に成功した者の数は、600人です。そのうち、未成年者は234名、残り366名が成人です。このうち、18歳の男性1名を勇者と認定しました。さらに同じく、18歳の女性と29際の男性を国の食客として迎え入れることになりました」


「ほう。600人も呼んでおいて、国にはわずか3名しか招かないのか? 他はどうするのじゃ?」


「転移者のほとんどは、未成年とその親なのです。また、未成年者は同じ学校に通っていた者たちらしく、卒業までは学業を優先させることになりました。子供だけ、若しくは親だけを国に召すことは、今は難しいかと考えております。卒業までに有望なものを国のどこかに組み込むことは考えておりますが」


「なんとも悠長なものよ。国直轄だけではなく、諸侯にスカウトされてしまうぞ? 最悪、他国に流れてしまおう?」


「国内諸侯によるスカウトは仕方が無いと考えております。他国は当然警戒はしております。それに、彼らには、全員魔力判定を受けさせているのです。ランキングが高い者のピックアップは済んでおりますれば、能力の高い者を優先して、スカウトする予定です」


なんだが、わたしがこいつらの上司に思えてきた。


しかし、先ほど、聞き慣れない言葉が聞こえたが? 素朴な疑問。


「ところで、魔力判定とは、何じゃ?」


「ええと、色見の儀式と魔力の性質を見分ける魔道具で、その者の魔術的才能を見抜ぬくことですが? それぞれの才能値に数値を付けています。数値の合計値にはランクを設定し、能力の高い者から、ABCDEと付けています。今回、認定しました勇者は、全ての数値で最大値の10でした。これまでの最高値はAとしておりましたが、勇者のために最大値を示すランクSを創設する予定です」


「な、なに? 色見は分かるが、魔力の性質を見分ける魔道具など、そんな高等なものを所有しておるのか?」


「え? 騎士隊やハンターズギルドでは普通に使用されているものですが?」


「・・・いや、色見の術ならわかるがの。魔術の色、火、水、雷、土、風、無属性、生物や、魔力の届き方を判定するものだろう? で、なんじゃ? その才能とやらは」


「計れる才能は、魔力の強さを示す”出力”、魔術を使用した際の広がりを示す拡散度、魔力を魔石や他人に受け渡す際のロスの少なさを示す伝導率、魔力の回復速度のことですな。これらが分かる魔道具があるのですが」


いやいやいや、我が国マ国は、魔道研究を国是とする国家である。その国で魔王まで務めた自分が知らないのだ。保有魔力量を量る魔道具はあるので、その原理を応用した道具とは考えられる。

ただし、個人の魔術的能力を数値化するのは極めて難しく、様々な試験が試みられているが、そんなに簡単に分かるものではないはずだ。

まあ、彼も、現在の魔術的能力が分かるとは言っていない。あくまで”才能”とやらなわけで。


「宰相殿? その魔道具、一ついただけないだろうか」


「はい、それはよろしいのですが、その、勇者殿との面会はどういたしましょう」


「そんなものは後じゃ」


わたしは、その怪しげな魔道具で勇者認定された人物より、魔道具そのものに興味を持ってしまった。

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