逢魔が時は彼者誰時と亭午に憧れる 朝昼夕探偵団の事件簿

メグリくくる

序章

序章

 空を見上げると、そこには朱の色が広がっていた。

 ゆっくり流れる雲が夕日に照らされ、世界も茜色に包まれる。そしてそれは、徐々に黒という成分を含み始めていく。もうすぐ、夜になるのだ。

 日が沈む前の、夕暮れ時。

 今日という日の終わりを告げる時間。

 それは同時に、一つの事件の終わりも意味していた。

「この事件の犯人は、あなたです。堺 圭佑(さかい けいすけ)さん」

 セーラー服を着た声の主、その黒髪を風が透いて消えていく。一拍遅れて木の葉が揺れ、木々も僅かに騒めいた。

 それ以上に、この離島へ集められた人々が、この離島に俺たちを連れて来てくれた警察官たちが、そして何より、この離島で起きた殺人事件の容疑者たちが、騒めいている。中でも自分が殺人犯と言われた堺さんの狼狽は、相当なものだった。

「な、何を言っているんだ君は! わ、私が元永さんを殺したというのかっ!」

「そうです」

 淡々と、セーラー服を着た学生がそう答える。犯人は誰なのか(Who done it)を告げたその言葉に、堺さんは一瞬鼻白む。だが、それも束の間、自らの潔白を証明しようと、彼は口を開いた。

「そんな、私に、私に元永さんを殺せるはずがない! 元永さんの死亡推定時刻には、私は本州に居たんだ! アリバイがある! 一体、どうやって私が元永さんを殺したって言うんだっ!」

「あははっ! そんなの、簡単だよ。ゴムボートを使ったんだ」

 その声の主は、男物のブレザーに身を包んでいた。

「ゴムボートで、海は渡ることが出来る。過去に韓国からゴムボートが日本に漂流したことがあったでしょ? 日本と韓国より距離が短い、この離島と本州なら、余裕で移動できる。だから、移動手段はあるのさ。更に事件発生当時、気象庁の情報(データ)によれば、あの日波は穏やかだった。結構、スピードも出たんじゃない?」

 ブレザーを着た学生は、とびっきりの笑顔で言葉を続けていく。

「キミのアリバイは、本州からこの離島までの移動手段がない事で担保されている。でも、移動手段があるなら、キミにも犯行は可能なのさっ!」

 ブレザー姿の学生は、そう言って堺さんを指差した。元永 佳明(もとなが よしあき)を殺す方法を、どうやって犯行を行ったのか(How done it)明らかにされ、堺さんは顔面蒼白になる。しかし、それでも彼は震える唇で言葉を紡いだ。

「そんな、そんなの! それなら、私以外の人にも犯行は可能じゃないか! それに、そもそも私には元永さんを殺す動機がないっ!」

「ありますよ、動機なら」

 そこで俺は、口を開く。怯える堺さんの両目を、俺は真っ直ぐ見つめて、そして言った。

「殺害された元永さんの傍に落ちていた、白百合の花」

 その言葉に、堺さんはまるで雷に打たれたように体を震わせ、硬直する。何も言わない彼の代わりに、俺は他の二人と同じように、自分の推理を口にした。

「堺さん。あなたは言っていた。花を育てるのが好きな一人娘が、堺 美春(さかい みはる)さんが轢き逃げの被害にあって、帰らぬ人となった事を。その事を堺さんは今でも心の内に抱えていて、自分は一生忘れる事はないと。自分は、と。そして元永さんは、三年前に轢き逃げで逮捕歴がある」

 堺さんは、既に俯き、地面に膝を付いている。俺は自分の推理が間違っていない事を確信した。だが、ここで言葉を止めるわけにはいかない。刑事事件は、事件を解決するだけで終わりではないのだ。その後の刑事裁判では、絶対に犯行動機が必要となる。だから堺さんの口からそれが明かされない以上、そこに思い至った俺が明らかにするしかない。

 何故犯行に及んだのか(Why done it)、その答えを。

「美春さんが一番好きな花は白百合で、彼女を轢き逃げで殺したのは元永さんで、その元永さんは、過去に自分の犯した罪を、美春さんの事を――」

「……そうだ。そうだ! あいつは、あの野郎は、私の、私の娘を殺しておきながら、その存在を忘れてやがったんだっ!」

 俺の台詞を遮り、憤怒の表情で顔を歪めた堺さんは、吼えた。

「私は、美春の事を、娘が死んだ事を忘れた事なんて、たった一時ですらなかった! でも、それでも、私がこのままでは、美春も喜ばないと思って、前に踏み出そうと……。なのにあの野郎は、偶然店で同席した時、法廷で見た私の顔も、それどころか美春の名前すら憶えていやがらなかった! あまつさえ、裁判ではちょっと反省したふりをすれば減刑なんて楽勝だったと、軽くぶつかったぐらいで死ぬ方が悪いと……っ! だからあの世で思い出させてやろうと思って、あの子の好きだった花を……」

 そこから先は、もはや怨嗟の慟哭で言葉にならなかった。

 脇に控えていた警察官が、堺さんを連れてその場を後にする。人が起こした騒めきは止み、反対に闇を濃くしていく離島へ吹きすさぶ風切り音は、その存在を大きくしていく。

 こうしてまた一つ、不可解な事件が解決した。俺たちが解決に費やした時間は、僅か一日。

 朝現場に来て。

 昼を通して調査をし。

 その日の夕方までには、どんな難事件も解決する。

 それが俺たち、三人で結成された、朝昼夕(Morning day evening)探偵団だ。

 

 これは、名探偵たちの物語。

 そう、これは二人の名探偵、主役であり、主人公である彼女たちと。

 そしてそんな天才たちに必死に縋りつく、無様で、平凡で、凡人の、ただの脇役である、俺の物語である。

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