時限爆弾
すでおに
時限爆弾
白衣のポケットからスマートフォンを取り出した。酷使した目の焦点が合うまで時間がかかったが、まだ老眼鏡をかける年ではない。ピントが合ったディスプレイには『6:07』と表示されていた。
地上には陽が降り注ぎ、鳥たちが朝を告げている時間。足元に置いたペットボトルを拾い上げて口をつけた、が流れてこない。思い出したようにキャップを捻るも指先に力が入らず、ようやく開いたミネラルウォーターをカラカラののどに流し込むと、むせそうになって慌てて机から顔をそむけた。
―どうにか間に合った―
地下研究室にこもったのが朝の7時前。丸一日飲まず食わずで作業に没頭し、なんとか完成した。椅子から腰を上げると、立ちくらみして壁に倒れ掛かる。腰に鈍い痛みが走った。ずっと座りっぱなしだったせいだが、このぐらいの犠牲は払おう。すべてが終わってからマッサージにでもいけばいい。チャンスは今日しかない。
机上に行儀よく納まった小包サイズのそれは、紛れもなく時限爆弾だった。『06:11』の赤のデジタル表示は、無機質なシルバーの体に浮き上がる一筋の血管を思わせた。スマートフォンを開かなくともこれを見ればよかったのだ。
―爆発した瞬間に世界が変わる―
次の来日はいつになるかわからない。またとない今日この日に、どうにか間に合った。運命が背中を押してくれたようだ。片手で運べる代物でも人混みでさく裂すれば2、30人を軽く吹き飛ばす威力を秘めている。
下調べは念入りに済ませた。後はこれをあの場所に置いて立ち去るだけ。電波の発信源から身元を特定される危険のある遠隔操作より、時間がくれば作動する時限装置が有用で、罪のない一般市民を巻き込んでしまうことに罪悪感がなくはないが、革命のためには多少の巻き添えもやむを得ない。腰の痛みのように。
完成した途端に空腹が込み上げ、糖分を補給しようとポケットから出した飴玉を口に放り込んで、すぐに吐き出した。小袋に入ったままだった。限界まで使った脳にはエネルギーが残っていない。小袋を破る気力もわかない。
なにより猛烈な眠気。集中力をすり減らし目を開けているのもままならない。いよいよ意識まで朦朧としてきて、本番前にひと眠りしなければ。幸い研究室には仮眠用の簡易ベッドが備え付けられている。
誰も立ち入らぬよう施錠しようとポケットの鍵に触れたが、部屋の内側からの施錠はドアのつまみを捻ればいいだけ。つまみはすでに真横を向いていた。
高価な置物のように時限爆弾を両手で慎重に持ち上げると、一足先に仮眠しているかのように熱をなくしている。赤いデジタルが『06:17』と表示していた。
出発は午後1時。支度する時間も必要だが、6時間近く眠れば体力は回復できるだろう。博士は白衣のまま朦朧とした意識で『12:00』にセットした時限爆弾を枕元に置いて眠りについた。
時限爆弾 すでおに @sudeoni
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