第38話



 私がいる場所は私の中にある精神世界だった。


 そしてコイツの正体は、私が創ったもうひとりの私だった。




 私が創った精神世界は不思議な世界だった。

 コイツの言い分によると、私は精神世界から一度離れてしまうと精神世界でのことをすべて忘れてしまうらしい。


 私はいつ、この精神世界を創ったのか。

 私はいつ、コイツを創造したのか。


 不鮮明だ。今の私には理解出来ない。


 しかし、コイツの言葉を信じたなら明確な仮説が浮かぶ。


 私は私が現実世界から逃げるためにこの世界を創り、私の身代わりをするためにコイツを創造したことになる。



 この能力は私だけの特殊とくしゅなものなのか。

 他人の中にも、それぞれの精神世界が存在するのか。他人の精神世界に入ったり出たりが出来るのか。


 考えれば考えるほどに疑問が生まれる。



 今、この問題を解決する必要があるのか。

 今は、私のチャクラが全部覚醒すればそれで良いのではないか?


 いかんせん、私には時間がない。


 早急にコイツと和解して、私は現実世界に帰らなければならない。

 現実世界に戻って祖父と修行して、それから林檎のコンサートに行って。えーと……



 あ、あれだ。あー……マルコシアスの捕獲作戦を決行して、林檎と二人で空界くうかいに行ってそこで試練を受けて。

 それから『人間界』と『空界』を行き来できるパスポートを手に入れるのだ!


 そうそう! 目先の目的はそんなとこだ!



 考えることが多過ぎて肝心かんじんなことを忘れるところだった。危ない危ない。




 私は独りでぶつぶつと言っていた。喋っている方が思考がまとまるのだ。ストレス発散にもなるしな。

 コイツを一度だけちら見をした。コイツは自分の前髪をさらっと流してから砂浜に腰かける。


 私はそれにつられるように、コイツから二メートル離れた場所で体育座りをした。


 コイツは私が座ったのを見計みはからって口を開いた。



『ワカメを食べなよ。君には守りたい約束があるんだよね? 現実世界の君はいつ呼吸が止まるかわからないほどにあやうい状態なんだ。


 君は気付いているかな? 大好きなお祖父さんが君のそばでチャクラを送って、君の生命エネルギーを現実世界につなぎ止めているんだよ。


 そうだね。君がこの精神世界で気を失ってから丸一日が経過している。もう日曜日だね』


『な……なんだと!? 私は死にかけなのか!? もう日曜日だと!? てか君は私の感覚かんかくを共有しているのか!?』



 私はコイツの台詞に絶句した。コイツの発言には次々と驚かされてばかりだ。


 コイツいわく、この精神世界は私のメンタルに左右されるらしいが、今私の頭がパンク寸前であっても、この世界は変わりなく美しいままだ。



 水平線に漂う黄色い太陽。透き通ったエメラルドブルーの海。風はないが形を変える黄色い雲と白い波。

 朝焼けなのか、夕焼けなのか。白っぽいような薄い青色っぽいような不思議な空。空の色も太陽の位置も変わらぬまま……ただそこにある。



『普段は気持ち悪いから切り離しているよ。安心してね。君にもプライバシーがあるだろうし、僕もそんなに君に興味がないから。


 君からは余計なものばかりを貰うから、正直に言えば鬱陶しいんだ。全体的に重たい。もっとシンプルに生きなよ。


 せっかく生きているんだから、もっと自由にもっと楽しく生きてほしいなあ』



 コイツの言葉を聞いて私はそっと胸をろす。


 たとえコイツと魂を共有していたとしても、私の気持ちも私の感覚も、それはすべて私だけのものだ。



 コイツはけして良いヤツじゃない。だが悪いヤツでもないようだ。


 コイツが望めば、私の気持ちも私の感覚もコイツは共有が出来るはずだ。でもそれをしない。

 それはコイツなりの配慮だ。


 いや、簡単にコイツを信用してはいかん。しかしながら、全否定するのも可笑おかしな話だ。



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