第12話


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 天気は重要だ。洗濯物を干す。畑仕事。朝夕の新聞配達。雨降りなら、新聞の仕事しか出来ない。

 台風や大雨だったら、敷地内にある納屋なやから雨戸あまどを出して、家の開口部かいこうぶに設置しなくてはならない。


 ちなみに開口部とは、建物の窓や出入り口のことだ。なかなかの大作業だ。屋根の雨漏り部分の補強工事も必須ひっすだ。屋根のかわらが飛ばないか、チェックする必要もある。


 要するに、家が古いから、念入りに手入れをしないとならはい。畑にブルーシートを被せて、作物を保護したり。納屋が壊れないように、トタン板で補強工事したり。


 我が家はテレビがない。祖父曰く、テレビは面白い。だから、働かなくなる。時間がなくなる。だから、テレビにとらわれてはいかん。とのこと。


 私と祖父の娯楽ごらくは、将棋しょうぎだ。テレビは無いが、朝刊の新聞は取っている。ラジオをいている。あとは、二人での会話だ。じーちゃんの話はどれも興味深い。



 私の名前か? 神木空海だ。え? ふりがなだって?

 おほん。かみき、そみだ。え? 女子おなごかって?


 いや。一人称は『私』だが、れっきとした男児だんじだ。『そみ』っ可愛い名前だなって?


 うぬぬ。そこは否定しない。いちご、じゃなくて良かったのか。一護、良い名前だ。



「じーちゃん、おはよう」


「おおー、空海や、網戸あみどの掃除はしたか? 汚かったぞ?」



 ここは私の家。木造住宅。屋根裏部屋を含めたら、三階建てだ。年季が入っているから、ちょこちょこ修理しないとならない。


 先月も一階の畑に面した縁側えんがわが、腐ってしなっていた。三メートルほど、ノコギリで切り落とした。ご近所さんの持ち山から、杉の木を頂き、日用大工をしたのだ。


 縁側の柱もしっかりと補強したし、撥水加工はっすいかこうもした。これで暫くは使えるだろう。


 あー。そろそろ。納屋なやの屋根を張り替えた方がいいな。八月から台風が増えるしな。

 昨日の大雨で、かわらに隙間があって、雨漏りしてたな。それも直さないとな。



「ああーすまん。朝ごはん食べてから、即行そっこうで拭くよ」


「今日の夕方、田中さんから、竹を取ってきてくれるかや?」


「竹って、田中さんのおじいさんが、所持している山から、ってくるんかや? 百本?」


「そーや。たまには空海の稽古相手けいこあいてしてやらにゃ、体がなまっちまうわい」


「無理せんでいいや? じーちゃん先月、腰痛めたばっかじゃ」



 私は基本、標準語で喋る。しかし、じーちゃんが方言ほうげんで話すので、私もそのまま方言で会話する。


 私は一階のキッチンで朝食の支度をしている。庭で取れたほうれん草をでている。さっと火を止めて、ほうれん草を水にさらす。熱々のまま、水気をしぼる。ほうれん草のおひたしを作った。


 朝一に回した洗濯物を干さなくては。洗濯機がうるさいから、夜中に動かせないのだ。


 今朝はなんだか、無性にさけが食べたくて。夜中の三時に起きて、川で小ぶりな鮭を二匹釣ってきた。それを今、一匹捌いっぴきさばいて、ちょうど焼いている。


 もう一匹の鮭は、保存食用に、日に干している。今日は一日中晴れらしい。ついでに大根も、日に干している。



「そげど、にゃーもせんと、おらぁ、はよぉくたばってしまうわい?」

(そうだが、なにもしないと、俺は、早く死んでしまうだろ?)


縁起えんぎでも無いこと言うなや。冗談でも止めてくれ。私は泣くぞ?」


「がははは! 空海よみの嫁さ拝むまで、死んでも死に切れんわい」


「私まだ中二ですが? ほんなら、私は生涯独身貫きますけん、じーちゃんはずっーーと、元気に長生きしてくれや」


「がははは! 童貞やったや、仙人になれるわい。おらぁ、仙人になり損ねたわい! がははは!」


「そうだな。じーちゃんがいるからこそ、私は今、存在してるや。ありがとうな」


「やめれえ! 泣いてしまうわい。ほんにお前にゃ、出来過ぎだ孫や。おらぁ、空海がおるけん、幸せや。ありがとうな」


「朝ごはん出来たけん、食べようや」



 祖父は新聞を読みながら、私へと声を投げていた。私は居間いまの丸いテーブルの上に、朝食を置く。


 今朝の献立こんだては、野菜たっぷり味噌汁、茗荷入りの白ご飯、ほうれん草のお浸し、鮭の塩焼き、半熟茹で卵。そして緑茶。



 朝ごはんは一日の中で、最も重要だ。関取せきとりのように、山盛りごはんを食べる。ちゃんと沢山噛まないといかんぞ? 咀嚼そしゃくすることで、心身のコンディションが抜群に上がるのだ。


 もう一回、言うぞ? 朝ごはんは一番、大切な食事だ。そして、よくよくむことで、頭はえ渡り、身体もシャキシャキ動く。


 咀嚼そしゃくすることで、メンタルバランスを整えてくれる。



 朝時間が無くて、しっかりとした朝食が取れないなら、一品だけで良いから、食べるんだ。


 『卵かけご飯』! もしくは『納豆ご飯』。肉入り味噌汁かけご飯でもいい。茹で卵を食べるだけでもいい。

 『タンパク質』という、身体を作る役割をしてくれる、栄養素をとるべきだ。


 その時に、ちゃんと噛むんだぞ。噛まないで食べちゃいかんぞ? 一口食べて、二十回でも良いから、しつこく噛むんだぞ?




「空海は、まだ空飛べんだろ? 海も深く潜れんや? なしてかや? 壁や水面は走れるんやな?」


「空や海の中にいても、何も出来ないや? 不便極まりないわい。それよか、竹を百本背負ったまま、電線を走れるすべを身に付けたいわい」


空海そみがチャクラで、重量を消したらいいやわい。まだできんかや? チャクラのコントロールが紙一重かみひとえにできるようになりゃ、空や海の中でも、日常と変わらずに、動けるようになるわい。


 にゃあに、チャクラを使わんでも、『仙人せんにん』なら、『重心じゅうしん』、つまり身体のバランスを紙一重まで極めれば、何でも出来るがや。空海はどっちを目指すんだがや?」


「その中間。どっちも紙一重に鍛えて、『仙人』になりたい気もするけんど、時間がないがや。死ぬわけじゃにゃーに、そこそこ出来れば良し子さんだわい」


「好きな子が『普通の子』なら、それでも良し子さんじゃわい」



 ぶぶぶ……! 私は口の中のものを危うく吐きそうになった。


 『好きな子』というワード。そう言われて、脳裏にぎったのは、『花村林檎』だった。


 林檎が『普通の子』というカテゴリーに含まれるのか。いや、違うぞ。巨大な剣を振り回わすのは、百歩譲って趣味しゅみだとしよう。


 しかし、『フェンリル』と戦うのはどうだろうか。趣味のいきえている。



「安心したわい。好きな子はおるんやな。はよう、うちに連れてんかや」


「それは嫌だ! 認めたくない!!!」


「デリケートなやっちゃな」

(繊細なやつだな)


「じーちゃん将棋しょうぎしようや」


「そげん時間か? もう六時や。空海、時間あるかや?」


「時間よりも、私は『じーちゃんとの将棋』が大事や。気にせんと」



 時間はいつもない。忙しい。


 しかし、『楽しみ』をないがしろにしてはならない。

 『生活』をおろそかにしてはいけない。


 毎日の積み重ねが『私』をつくる。


 日々のルーティンを丁寧にこなす。


 昨日とすべてが同じ今日はない。今日と全部が一緒の明日はない。時間の歯車にならない。




「こんにちは」


「どちら様かや?」



 ――――――――ずざざざざ! 私は仰反のけぞる!


 勢い余って後転こうてんを繰り返し、居間の隣にあるキッチンのはしっこに隠れる!


 私もまだまだだ。じーちゃんとの将棋に集中し過ぎて、他人の気配に気付かなかった。


 じーちゃんは流石。穏やかな笑みを浮かべて、突然の訪問者に対応している。



「初めまして。僕は神木くんのクラスメイトで、神木くんの恋人です」


「なななななななななななななななんだってええええ!!?」



 神出鬼没しんしゅつきぼつの花村林檎が現れた!




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