第10話





「夕刊の配達が間に合わん。また最短ルートで行くか」



 鶏肉を冷蔵庫と冷凍庫に入れないとならない。勿論、下処理も込みでだ。下処理に三十分かかる。家まで一分で帰らなくてはならない。


 最も危険なルートだ。何故なら、電線の上を疾走しないといけないからだ。電線は取り扱いに気を付ければ大丈夫だ。しかし、空を見上げた人に見つかりやすいのだ。警察に通報されなきゃいいが。



 とはいえ。小学生の頃に、電線の上を歩いてたら、うっかり五回ほど感電かんでんして、死にかけたけどな。


 まあ。大雨の時はなるべく、電線を使いたくないな。晴れたから助かった。まだ濡れてるから、滑ったり感電するけどな。

 まあ、死にゃしないだろう。私は強運の持ち主だからな!



「ありゃ? なんか、林檎っぽいやつがいるなぁ?」



 私は目が凄く良い。林檎がいるのは閑静かんせい住宅街。間に家が建つほどに道幅が広い。石畳いしだたみの路面に、細かく装飾そうしょくされた街灯や縦格子たてこうしさく


 まだも明るく夕方だが、人気は無い。高級住宅街といったところだろうか。緑が余りない。白などモノクロを基調にした建物が多い。


 私の個人の感想として、無機質な空間で息が詰まりそうだ。もっと木を生やしたり、花を埋めたら良さそうだ。自然は偉大なのだ。



「なんか、心配だな。ちょっと行くか?」



 五キロくらい離れた場所に林檎らしい人物が見えた。物騒ぶっそうなことに、得物えものを握っている。


 身長が百四十センチほどの林檎。白く細い四肢しし。その両手の中にあるものは、二メートルはある、巨大な剣だった。


 神話や童話に出てきそうな、ツーハンドソードか、ツヴァイハンダーという、西洋の大剣だ。重量がかなりあるはずだ。




 華奢きゃしゃな林檎がいくら頑張ったって、両手でぶん回せる代物しろものではない。私は自分の目を疑った。



「林檎!!?」



 私は無我夢中で駆けていた。



 ――――何故なら、林檎の前に紫色の大きな狼が現れたからだ。



 なんだあいつ! フェンリルか!?



 私は神経を研ぎ澄ます。武器になるものは、傘だけか!? 何故、怪物がこんな街中に出てきた!?



「林檎!! 無事か!?」



 空から急に降ってきた私の登場に、林檎の不機嫌オーラは全開になる。林檎から無言で怪訝けげんそうにめちゃくちゃ睨まれる!


 恐あああああ!!! はちゃめちゃ恐い林檎さんの眼光で、私は今すぐに死にそうです!



「『マルコシアス』。グリフォンの翼に蛇の尻尾がある、火を扱う狼の悪魔だよ。君は今すぐに逃げて。――――邪魔だから!」



 林檎は台詞を言い終えぬうちに、動き出す!


 林檎は腰を低くし、両手の手首のスナップをかせて、巨大な剣を下からすくい上げるように斬る! その剣は宙をぐ!


 マルコシアスは口から青い炎を吐く! 林檎は地面をうようにすべり、移動する! マルコシアスはそれを見逃さない! 翼を使い竜巻を起こす!


 林檎は竜巻に飲まれ、空高く吹き飛ぶ! 風の渦を利用した林檎は、スクリューをまとわせた大剣で、マルコシアスの頭上を狙う!



 マルコシアスは鼻で笑いながら、動く! 林檎は自分の身体ごと回転させる! 遠心力を利用して、林檎は槍のようにして、剣をマルコシアスの前足に突き刺す!



『ぐばばばああああ!!!』



 これにはマルコシアスもこたえたようだ。マルコシアスがえる! マルコシアスの身体を囲うように、青い炎の球が無数に出現する!



 ――――これはやばい! 住宅が全壊する!



 つうか! 林檎のやつ得物ないじゃん!!!



 私は今にも紅蓮ぐれんの青い炎をき散らしそうな、マルコシアスへと突進して行く! お目当ては、林檎の巨大な剣だ!



「――――バカ! 死ぬ気!?」



 林檎からの小言こごとは無視! マルコシアスが私に気付く! 鋭利な尻尾で攻撃をしてくる! 私はリンボーダンスのごとく避ける! スライディングするように、マルコシアスの前足に近寄る!


 私は一瞬の隙に、深呼吸して、大剣を引き抜く! マルコシアスが余りの痛みに大暴れする! 私は大剣を掴んで、後に大きく跳躍ちょうやくした!


 マルコシアスのターゲットが刹那に、私へと変わる!



 ――――無数の青い炎の球が、全て私へと降り注ぐ!



 じゅどおおおおおおおおおおおおんんんん!!!





「あーっぶねえ。死ぬかと思ったぜ」



 私は死んでない。亡霊でもない。

 

 まあ、普通の人間じゃ到底無理な、神業かみわざ駆使くししたけどな。


 私は林檎の剣を使い、五十個くらいある青い炎を、野球に見立てて撃った。

 まとは無論、マルコシアスである。


 自慢の動体視力と荒業をたくみに使い、見事に全部の青い炎の球を、打ち抜いたのだ。



 マルコシアスに全弾が命中めいちゅうはした。しかし生憎あいにく、防御されて、マルコシアスはぴんぴんと健在けんざいだ。



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