『私の辞書に不可能という文字はない!』

七海いのり

『わじふも!』 ――――――――第一章。神木空海とは。

第1話


 大きなドームの屋内ステージ。太陽を直視したように眩しいスポットライトの嵐。耳の鼓膜を突き破るようなミュージックが鳴り響く。


 私は腕時計を見る。夜の九時を過ぎていた。ドームの外が蒸し暑い七月ということを忘れてしまう程に、屋内は凄く冷房が効いていた。



 今宵こよいは『3riple*5ive』(トリプル ファイブ)のコンサートだ。

 ライブが始まるまでの待機時間は凍えそうに寒かった冷房も、いざ始まると熱気に包まれて汗が滴り落ちる。



 グループ名からして五百五十五人のアイドルグループと予想する。会場に入場するまでの待ち時間でスマホで検索してみたが、コンサートに出場出来るのは人気投票で順位が五十番以内らしい。


 なおかつ、メインアイドル扱いをされるのは、映えあるたった十人だけだ。他の四十人はバックダンサーとして盛り上げ役にてっする。



 そのトップアイドルのセンターをつとめるのは、なんと私と同じ『八雲やくも私立中学校』に通うクラスメイトである『花村林檎はなむらりんご』だった。


 ちなみに八雲私立中学校は日本という国のさいたま県にある。中学校の近くには八雲神社が三つもあるのだ。



「みぃ〜んな♡ 今日は3riple*5iveのコンサートにきてくれてぇ♡ ほぉ〜とにぃ♡ ありがとぉ〜♡」



「ウオオオオオ」

「りんりんんん」

「あいしてるううう」

「ワアアアアア」

「ひめええええええ」



 3riple*5iveの歌らしい曲がノンストップで五曲流れた。今夜のコンサートが始まって初めてのMCだ。これからしばらく喋るのだろうか。


 周りのファンはかなり熱狂的らしい。ネオンカラーのペンライトを力いっぱい振りまくったり、応援というか、はち切れんばかりの合いの手を入れている。


 両隣を見てみると、ひとりは号泣しながら一緒に歌をうたっている。顔は鼻水まみれで左右の手にそれぞれペンライトと、大きくて派手なうちわを振り回している。


 もう片方の隣人は発作が出たようにぜえぜえと異常な呼吸をしていた。狭いスペースで狂喜的なダンスを繰り広げている。


 隣人は汗だくでびしょ濡れのまま踊っているので、私に大量の汗が降りかかる。もちろん隣人は両手に二本ずつ、計四本のペンライトを持ってぶん回しまくっている。



 ペンライトを一本も握っていない私は確実に浮いた存在だ。歌も知らないので完全にアウェイだ。疎外感で地味にメンタルがやられる。



 表向きはライブという名目の集まりだが、純真無垢な私のような一般人からしたら、ここは変態的な宗教の飛び抜けた変質者が集う脅威的な信者の召喚儀式の会場に違いない。


 もちろん召喚されたのは3riple*5iveという見た目だけは可愛い、頭の天辺から足の爪先まで腹黒いアイドル団体だ。


 そう、天使の仮面を被った悪魔の生け贄の儀式だ。なんと恐ろしい洗脳だろうか。


 反社会的勢力となにが違うのか? アイドルと掲げているからか? アイドルは市民に害を加えないのか? 税金を払っているからいいのか? 可愛いは正義なのか?




 こんな危険な場所からは早くとんずらこきたいのだが、私には何故かそれが出来ない。そんなヘタレな自分に私は驚いていた。


 いくらクラスメイトで、最近友達になって親友みたいな良い雰囲気になったとはいえ、私は花村林檎のことを知らなすぎた。いくら飛び切りに可愛いとはいえ、花村林檎がトップアイドルだったということに動揺していた。



 こんなに本能が逃げろと訴えてくるのに関わらず、私はどうしても花村林檎のことをもっと知りたかったのだ。



 私が座っている場所は一番前のセンターだ。きっとプレミアムチケットに違いない。私のような貧乏人とは無縁のコンサートだった。


 何故私がVIPなライブに来れたのかというと、一昨日、花村林檎から急に無理やり今日の日曜日にあるコンサートに誘われたのだ。

 「コンサートに来ないと殺す♡」と脅されたので、わずかにちびりながらコンサートに恐る恐るやってきた。


 あれほど、私は人と関わることを躊躇ためらっていたというのに。私自身はどこに向かおうとしているのだ。花村林檎というハリケーンに巻き込まれているだけなのか。


 まさか。私までもが洗脳をされてしまったのか? これからの人生を3riple*5iveという悪魔に、その身を捧げてしまうのか?



「今日はぁ〜♡ みぃ〜なのぉ♡ りぃんりぃ〜ん♡から、ご報告がぁありまぁ〜すぅ♡」



「なあにいいー?」

「りんりんんん」

「あいしてるううう」

「教えてええー?」

「ひめええええええ」



 今マイクを握ってブリブリふりふりのぶりっ子モードで喋っているのは、花村林檎だった。林檎の台詞に信者たちは雄叫びを上げ、歓喜の悲鳴をわめき散らす。


 林檎の目はやたら大きくて、色白の肌とは対照的な群青ぐんじょうの双眼だ。赤い髪は肩につくくらいの短さで器用に頭の上にツインテールをしている。


 トレードマークはエメラルドブルーのリボンだ。緑なのか青なのか、はっきりしろ。優柔不断か! 中学二年生にしては、童顔のせいか身長が低いせいか、はたまた頭につけた異常にでかいリボンのせいか、凄く幼い印象を受ける。


 しかしあなどるなかれ。学年トップをずっとキープしている首席なのだ。運動神経も抜群で友達も百人以上いる。まさに天上天下唯我独尊の勝ち組だ!


 絶対に人間ではない! 宇宙人に決まっている。地球を侵略しにきたに違いない! 手始めに信者を侵略している。これはもう生きた兵器だ。なんとおぞましい!



「その前にぃ〜♡ 紹介したい人がぁ〜♡ いまぁ〜すぅ♡ 神木空海かみきそみくんでぇ〜すぅ♡」



 事件が起きた。あろうことかトップアイドルのセンターである林檎が、観客席の一番前のセンターのVIP席に座っていた私の前にやってきた。私も他の信者もアイドル仲間もみんな、林檎の気の狂った行いに驚愕きょうがくして全く動けない。


 私は完全に茫然自失ぼうぜんじしつしていた。林檎の予想外に力強い腕に引き抜かれ、私は瞬く間にコンサートのステージの上の中心に飛び出してしまった。


 もう私はちびりちびりと失禁をした。せめてもの悪足掻わるあがきで、足をぴったりとくっつけていた。汗? と勘違いしてくれる心優しい信者がいてほしい、と心底から願った。


 ちなみにこのコンサートは全国放送で、動画でも配信ライブをしているらしい。私の人生詰 つんだ。明日からひたすらフルボッコにされる! 死刑宣告された! うおおおおおおおおお!!!



 広いステージの端から端まで、頭を抱えてのたうち転げ回りたい衝動に駆られた。そこは寸での理性で制御した。これ以上の醜態しゅうたいさらすわけにはいかない。一刻も早く逃げなくては!


 しかし子鹿のバンビのように、私の足はガタガタと異常なほどに震えていた。勢い余ってブレイクダンスをしそうなくらいに、私の心臓は爆発寸前だった。



 私はライトだらけの天井を見上げた。涙も鼻水もぼたぼた落ちた。何も悪いことはしていないが、神様に懺悔ざんげをした。

 だが天は私を見放した。さらなる悲劇が待っていた。



空海そみくんは、りんりんの恋人です。りんりんは空海くんとの時間がほしいです。だから、今日のコンサートで、りんりんは卒業します。みんな、ごめんなさい!!! りんりんを今まで応援してくれて、本当にありがとうございます!!!」



 静まりかえる会場。真摯しんしな眼差し。一字一句に込められた想い。

 林檎の雰囲気がアイドルから、普通の少女に変わっていた。


 これだけの演技力。皆が林檎の台詞が真実だと受け止める。


 だがしかし! 私だけはだまされない!



 ああああ!!! なんと言うことだ!!!


 『生けにえ』は私自身だったのか!!!


 まんまと林檎の策略にはまってしまった!!!


 私のデスゲームの始まりだった。



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