・頼慈 令恵SIDE①

 砲撃の衝撃を受けながら、私は『戦車』を、梟ちゃんを睨む。

《今よ! 橋を落としてっ!》

 私の合図で、江戸川橋梁で仕掛けが発動。他のプレイヤーと協力しながら事前に取りつけた爆弾が爆破し、轟音と共に橋が崩れ出す。橋に敷かれた線路は金属の断末魔を上げながらねじ切れ、コンクリートは破砕音の涙を流し、江戸川に落下していく。その落下物の中には、橋の真ん中にいる『戦車』も含まれていた。

 川面に異物が叩き付けられ、江戸川は滂沱の水飛沫を上げる。『戦車』が着水し、川から滝が逆さに登ったような、水爆が起こったような水幕が発生した。それを見ながら、私は碧希くんに戦慄する。

《……本当に、まだ装備品を残していたのね》

《だから言っただろうが。ボスは奥の手を持っているもんだ、ってな》

 SWOW上ではなく、電話でつないだ碧希くんの声が聞こえてくる。ログインできない彼の代わりに、私がSWOWの状況を伝えていた。動画も共有しているけど、今はきっと忙しくて見れないだろう。

《碧希くんの予想通り、梟ちゃんはまずフラッグの防衛を優先したね》

《そこが落とされると、あいつの負けだからな。逆にフラッグの安全が保障されてないのに、俺たちも橋は落とせなかった》

《梟ちゃんが私たちに気を取られている間に、フラッグが他のプレイヤーに落とされる可能性が上がるからよね》

《そうだ。だから先にフラッグに取りついたプレイヤーには、確実に全滅してもらう必要があった。俺たちの目的は、『戦車』の討伐。梟を倒す事、それだけだ》

 そう。私たちの作戦は、他のプレイヤーにフラッグを取らせず、かつ他のプレイヤーに『戦車』を倒させず、私たちが特別区管理者を、梟ちゃんを倒す事。それが碧希くんの、皆で見つけた道を行くための、必要十分条件なのだ。

《『戦車』の中の人が梟ちゃんだっていうのを突き止めた時も、橋を落とす作戦も、よくそう言う事思いつくわよね》

《ゲームで勝つには、その勝利条件を見つけて、どうやって到達すればいいのか考えて、考え抜くだけだからな。それはどのゲームも変わらない。それより、どんな状況でもちゃんと『戦車』を撃ち抜く準備はしておけよ?》

《わかってるわよ……》

 そのための作戦も、碧希くんは既に準備している。でも、その賛辞をきっと彼は受け入れないだろう。

 そもそもそれを、悠長に話している様な状況ではない。何せ『戦車』の装甲は厚く、ダメージを与える事すら出来ていない。

 だからこそ、『戦車』を江戸川に沈めたのだ。

《『戦車』の動きはどうなった?》

《いいから攻撃しろ!》

《『戦車』に最初にダメージを与えるのは俺だっ!》

『戦車』が川に落ちるのを待っていたのか、続々とSWOWにプレイヤーが新たにログインしてくる。今頃、江戸川区、特にJR小岩駅付近のSWOWカフェは満員になっているだろう。ボスを倒した賞金は、ボスを倒すまでの貢献度ではなく、純粋に止めを刺したか否か、で決まるからだ。漁夫の利を狙って、『戦車』を狙いやすくなったタイミングか、フラッグを落とせそうなタイミングでログインしようとするプレイヤーがいてもおかしくない。だが、後者を狙うプレイヤーはもういないようだ。葛西臨海水族園のあの惨状を見て、今から新たにあそこに近づこうとは思えないのだろう。

 それより、江戸川に落ちた『戦車』を攻撃した方が勝算があると、様子を見ていたプレイヤーは考えたのだろう。曲がりなりにも、ここまでは私が事前に告知していた通りに事が進んでいる。水中の『戦車』に、攻撃が集まった。弾丸が降り注ぎ、跳弾や爆撃音の多重奏が河川敷に響く。飛沫が舞い、水煙で周りの湿度が上がった。

《どうだ?》

《『戦車』の動きは鈍くなってるぞ!》

《やったのか?》

 我先にと攻撃を仕掛けていたプレイヤーは、しかし反対に『戦車』の砲撃で吹き飛ばされる。

《おい、普通に攻撃してくるじゃないか!》

《そもそも水位が予定よりも低いぞ!》

 その叫喚通り、『戦車』の体は二メートル程しか水に浸かっていない。そもそも重量があるため川の水に流される事はなく、ただ動きが鈍くなっているだけの様に見える。水の中で動き辛そうにしているが、『戦車』の攻撃は橋の上にいる私たちにまで届き、更にこちらに向かって移動を開始した。

 Gunn0420が、私に非難の声を上げる。

《おい! 作戦ミスなんじゃないのかっ!》

《いいえ、作戦通りよ!》

 私は川の上流にいる仲間に向かって、指示を飛ばした。

《今よ! 氷を溶かしてっ!》

《わかりましたわっ!》

 電話相手に私の声が届き、その結果が徐々に私の眼前に現れた。

 それは、波だ。

 今まで江戸川の上流で堰き止められていた水が、一気に川下に、つまり『戦車』に向かって大質量が流れ込んでくる。

 それを見たGunn0420が、今度は驚嘆の声を上げた。

《そうか、Norind+0617かっ!》

《ええ、そうよ。特殊型のNorind+0617なら、魔法で川を凍らせて、水を堰き止める事が出来るわっ!》

《普段はネタ扱いされている特殊型に、こんな使い方があったなんて……》

 自分のプレイスタイルを変えたGunn0420が、愕然となる。碧希くんからこの話を電話で聞いた時の私も、そしてその主役となるNorind+0617本人も全く同じ反応になったので、その気持ちは非常によくわかる。特にNorind+0617からは非難の声が強かった。


《無理ですわ! 特殊型は特にソロプレイに向いていないんですのよっ!》

《お前それ、自分で言うなよ……》

《それに、魔法で川の水を凍らせるなんて目立ちすぎますわ。すぐに『戦車』に気付かれてしまいます!》

《なら、気付かれない所でやればいいだろう?》

《……どういう事ですの?》

《だから、江戸川区の江戸川の水を凍らせようとするから、目立つんだろ? なら、もっと上流、葛飾区は別の特別区管理者が居るから、更にそれより北だな。プレイヤーの行き来は出来ないが、NPCはエリアの移動は出来るんだろ? なら、SWOWにもともと存在する物質も、川の水だってNPCと同じ扱いに、エリアの移動が可能なんじゃないか?》

《……そんな事、出来ますの?》

《わからないなら、可能性があるなら試せばいい。それがゲーマーだろ?》

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