・頼慈 令恵SIDE①

「それで? 何か見つかった?」

「そんな直ぐに手掛かりが見つかるかよ」

 そう言った私の声に、碧希くんは不機嫌そうに振り返る。碧希くんが協力してくれる事になって以来、私は学校が終わると、直ぐに碧希くんの家に来るようになっていた。

 Noquez999を始め、他のメンバーに碧希くんが『戦車』の中の人でない事を伝えたのだけれど――

《嘘! 高校生で一人暮らしとか、現実に存在するの?》

《テンション高いわね、Noquez999。一応、昔からスポーツ推薦とかで高校に入る人とかは、一人暮らしする人もいるわよ》

《でも、それって寮とかだよねぇ。いいなぁ、高校生で一人暮らしってぇ。ヤりたい放題じゃんねぇ?》

《Anna_0083、私に同意を求められても困るんだけど。一人暮らしをしているのは、私じゃないし》

《あら? でもする事はしているんじゃありませんの?》

《な、何のことか、さっぱりわからないわね! Norind+0617っ!》

 と、私が碧希くんの家に上がった事の方が話題に上がり、ちょっと困った。

 大体、ゲロ吐いた後にそんな雰囲気になるわけがない。その前はちょっとだけ、本当にほんのちょっとだけそういう事を想像したりもしたが、事実は小説より奇なりとはよく言ったもので、本当に、何であんな結果になってしまったのだろう?

 少なくとも、これから男の人の家に上がるときは、私はゲロ対策としてティッシュを用意する様にしようと、そう決めていた。もちろん、今日も持参している。

 しかし、碧希くんが『戦車』討伐に参加してくれるようになって以来、皆のやる気も上がっているように思えた。実際、今まで皆で集まって議論した内容を共有したり、碧希くんを交えた意見交換を行う事で、新しい取り組みも進んでいる。ただ時間があるから参加していた、というよりも、皆本気で『戦車』討伐をしようと、改めて心が一つになっていた。

「しかし、頼慈の仲間がドローンを貸してくれたのは助かるよ。ソフトウェアの方は俺もある程度いじれるけど、ハードウェアはまだ弱いし、それを揃えるのも金がかかるからな」

 そう言って碧希くんは、ドローンから送られてきた映像データを片っ端からクラウドに放り込んで、画像分析にかけている。更にその結果を自分のPCディスプレイに表示させ、分析のチューニングと、フリーで測定できる通信帯域のデータ、更にネットやSNS上の発言を収集、突合させて、因果関係を探っている。今では秋葉原の骨董品売り場に行かなければ見れないようなキーボードとマウスを、碧希くんが高速で処理していた。REDの操作に慣れた私には、何が何だかわからない。

「……いつみても、凄いわね」

「見た目が派手なだけで、REDの処理速度の方が上だよ。脳波補助がある時点で、人が自分で鍵盤を叩くよりも早いからな」

「でも、碧希くんもREDを同時に動かしているんでしょ?」

「それこそ、本当にREDは補助としか使えないよ。XRを十全に使えるのなら、ドローンに自分で作った自動行動プログラムを載せて操作する必要もない。自分で操作すればいいんだから。それこそ、自分が幽体離脱したようにな」

 言っている間に、Anna_0083が用意してくれたドローンが、帰路につく。バッテリーが切れを考慮して、早めに充電に戻るように碧希くんがプログラムしているのだ。

「でも、碧希くんが作ったプログラムだから、あのドローンは法定速度も、高度も守って飛べるんでしょ?」

「だから、それもXRを使いこなせていれば、わざわざプログラムを組む必要なんてないんだって」

 そう言って碧希くんは、少しだけ不機嫌そうに笑う。どうしてそんな風に笑うのだろう? ただ用意されたREDを使うだけの私より、何かをゼロから作り上げる、碧希くんの方がよっぽど凄い事をしているんだと、私は思うのだけれど。

 そう考えていたのが顔に出ていたのか、碧希くんはまた自嘲気味に笑った。

「チャットルームにも満足に入れないから、ドローンを貸してくれた人にお礼も言えないしな」

 過剰強化体質者の碧希くんは、チャットルームに入るのすら難しい。だけど――

「……別に、無理して入る必要はないわよ」

「? どうして?」

「どうしてもっ!」

 散々冷やかされるのが目に見えているから、とは、口が裂けても言えない。とはいえ、私の仲間に碧希くんをちゃんと紹介出来ないのは、私も少し寂しかった。

「あれ? この映像、どうしたの? もうドローン帰っちゃったんでしょ?」

 私はディスプレイに、今もリアルタイムで表示されている映像が気になり、碧希くんに問いかける。彼はなんてことがなさそうに、平然とこういった。

「ああ、それは監視カメラをハッキングした映像だな」

「犯罪じゃないっ!」

「大丈夫だ。俺がやったんじゃない」

「……そういう問題なの?」

「古いデバイスを使ってると、こういう風に脆弱性が残るんだよ。デバイスを売っている会社が回収を呼び掛けても、そのデバイスを使う側が認識してないと、こういう事が起こるんだ」

 そう言って、碧希くんは動画の配信元を警察に通報し、私の方を振り向く。

「これでわかったろ?」

「何が?」

「XRを使いこなせない弊害だよ。さっきの映像は、俺が江戸川区の映像をネット上から片っ端に集めるようなアルゴリズムを組んだから出てきたわけだけど、XRを使えていれば、ああいう見たくないノイズはそもそも表示されない。何せ、自分の出来る範囲、認識の範囲で仮想現実にアクセスできるんだからな」

「……でも、碧希くんだったからこそ、今の違法動画を見つける事が出来たのよね? それって、いい事なんじゃないの?」

 何を言っているんだこいつは、という表情で、碧希くんが私の顔を見つめる。多分、私も同じような表情を浮かべている事だろう。多分、この価値観は、碧希くんとは擦り合わないと思う。彼は自分の事を何も出来ないと思っているようだけれど、過剰強化体質者であったとしても、私より碧希くんが出来る事は、沢山あるのだ。

「そう言えば、最近『戦車』がSWOW上でログインする位置が、ある程度固まって来たのよね」

「まぁな。それが自分たちで位置情報を変更しているのかどうかはわからないが、北より南、葛西臨海公園方面の方に、何かはあるんだろうな。通信の不安定個所も、同じような傾向があるが、そこはもう少し性差が必要だな」

 そう言って碧希くんは、更にキーボードを叩く。

「さて、次はSWOW上の映像から『戦車』のプレイヤー像を分析しよう。映像は共有するから、頼慈はソファーにでも座ってろ」

 言われるがままソファーに腰を下ろしたタイミングで、私のREDに碧希くんから映像が送られてくる。その内容は、私もよく知っていた。というか、私が『戦車』を罠にかけようとして、失敗した映像だった。更に『戦車』に吹き飛ばされ、水没した動画も流れ始める。

「ちょっ! やめて!」

「? 何で?」

「私が恥ずかしいからよっ。自分がやられる動画見て、なんとも思わない人っている?」

「勝つためだろ」

「それは……」

 そう言いながら口ごもる私を見て、碧希くんは溜息を付く。しょうがないじゃない、恥ずかしいものは、恥ずかしいんだからっ!

「そこまで言うなら変えてもいいけど、でも、他の動画も似たり寄ったりだぞ」

「そんなはずは――」

 そう言いながら、私も『戦車』関連の動画をREDで検索する。が、碧希くんの言った通り、他の動画でも私が『戦車』に一方的に蹂躙される映像しか引っかからない。

「何でよっ!」

「それだけお前が頑張って『戦車』と戦ってるって事だろ?」

 言われてみれば、確かにその通りかもしれない。『戦車』のストーカーと言われるぐらい、私は『戦車』に挑み続けている。

「……まぁ、そのおかげで『戦車』のプレイヤーが女性である事は何となくわかったんだがな」

「そうよ! 私が頑張ったからプレイヤーが、って、え?」

 私は慌てて碧希くんの方を振り向いた。

「今、碧希くん何て言ったの?」

「だから、頼慈は重度の『戦車』ストーカーで――」

「そんな事一言も言ってなかったでしょっ!」

 私は碧希くんに鬼の形相で詰め寄る。

「どういう事なの? 『戦車』の中の人は、女性?」

「何だ、聞こえてるじゃないか」

 碧希くんから、追加で情報が送られてくる。それは複数の映像が時系列で並べられており、いずれも『戦車』が私を撃ち抜いた時の映像だった。動画の意味が分からず、私は首を傾げる。

「これが、どうしたの?」

「映像をスロー再生してみろ。特に、『戦車』がお前を見つけてから、次の行動に移るまでの時間だ」

 言われるがままに、私は動画を再生し直す。そうしている間にも、碧希くんは私に向かって話を続けていた。

「知っていると思うが、男性と女性では、脳の構造が違う」

「え、そうなの?」

 そう言っている間にも、動画はスロー再生され始めた。

「女性の脳構造は、感情を読み取る事に長けている。例えば赤ん坊の泣き方で、オムツが濡れているのか、お腹が空いているのか、その違いを判断できる直観力が高いんだ。だから、いつも『戦車』に挑む頼慈に対しての、次の行動に移るための時間が短くなっている」

 そして、その通りの映像が、私のREDに再生された。確かに同じような攻撃を私が『戦車』に行った時、徐々にではあるが早くなっている。最初は防御の様な姿勢を取っていたのだが、こちらが攻撃するより先に、私に撃つ割合が直近の動画の方が増えていた。逆に罠を作るような、今までしていないような行動をした場合、『戦車』はまず防御を選んでいる。

「女性の方が右脳と左脳がより精密に連携するため、目の前で起こる変化や自分の体調、感情の変化に敏感だと言われている。『戦車』のプレイヤーは、何度もお前を見る事で、ちょっとした変化から次にお前がどう動くのか学習していたんだよ。もちろん、女性にはこうした傾向が強い、というだけで男がこういった行動が出来ないわけじゃないんだけどな」

「凄い……」

 全く手掛かりのなかった『戦車』のプレイヤー像を、碧希くんはどんどんと絞り込んでいっている。でも碧希くんは、相変わらず自虐的な笑みを浮かべていた。

「昔取った杵柄だよ。対戦相手の癖がわかるだけでも、こちらは優位にプレイすることが出来る。それはプレイしているのが人間である以上、PCゲームだろうがREDGだろうが変わらない。それに、あくまでそういう傾向がある、というだけだよ。『戦車』の反応速度がプレイをするにしたがって上がっているのも気になるし。サプリでも飲んでるのか? あぁ、クソっ! 本当は自分でプレイして、相手と向き合って、その感覚を確かめたいんだけどな」

「……寂しい、の?」

 何でその言葉が出て来たのか、私にもよくわからない。ただ碧希くんの言葉を借りるなら、直観的にそう思ったのだ。

 碧希くんは驚いたように私の顔を見つめ、そして今度は、何処か懐かしむような、切なそうな、それでいて少し痛みを感じている様な笑みを浮かべた。

「そう、だな。寂しい、のかな? 今はもう、俺は出来ない側の人間だから」

 碧希くんのその表情に、私の胸が締め付けられる。きっと、彼も私と同じなのだ。いや、彼の方が、先に諦めたのだ。諦めたものを、本当は碧希くんが見ない様にしていたものを、私が向かい合わせてしまったのだ。

「……ごめんなさい」

「何で謝るんだよ」

 そう言って優しく笑う顔を見て、私はまた彼の前で泣きそうになる。でも、ここで泣くのは碧希くんを侮辱しているように思えて、私はギリギリのところで、それが零れないように上を向いた。

 そんな私を気にしない様に、碧希くんは淡々と言葉を紡いでいく。

「ドローンと、さっきたまたま拾った監視カメラの映像から、『戦車』のプレイヤーはSWOWカフェからログインしてはいないのはほぼ確定だろうな。他には帯域が不安になる時間にログインしている事と、そのエリアを精査していけば、ある程度プレイヤーの目星は付けれそうだ」

「……じゃあ、碧希くんが女の人をじろじろ見てても捕まらない様に、現場に行くときは私も付き合ってあげるわっ」

「そうかい。そいつは助かるよ」

 そこからは、ひたすら情報集めが続いた。そして四月第二週のある晩、私たちはついに辿り着く。

『戦車』の、プレイヤーに。

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