・碧希 拓海(あおき たくみ)SIDE③

「……全く、酷い目にあった」

「ご、ごめんね。たっくん」

 ベンチに座る俺の隣で、梟が小柄な体を更に小さくしている。俺たちはクラスメイトからの質問攻めから逃れるため、昼休みに校舎の中庭に避難していた。

「別に、お前が謝る必要はないだろ? 騒いだのはクラスの奴らだし」

「でも、私が転校してきたから、だよね?」

「それこそ、お前じゃどうしようもないだろ」

 入学する高校ならいざ知らず、転校するのはそれなりの理由があるはずだ。それでも申し訳なさそうにする隣に座る梟の姿が、小さい頃気の弱かった梟の姿と重なり、少しだけ懐かしさを感じて、俺は目を細めた。

「……まぁ、俺も考えなしにお前に馴れ馴れしくしちまったからな。お前のせいでもあるなら、俺のせいでもある」

「そんな! たっくんはいつでも私に馴れ馴れしくしていいよっ!」

 驚くポイントがずれすぎていて、俺は思わず笑みを浮かべる。

「梟も、REDは持ってるんだろ? ちゃんと記録(ログ)は取っておけよ。クラスメイトに変なこと言われた場合、訴えるための証拠になるし、いざとなったらお前を守ってくれるからな」

「うん! わかった。たっくんが言うなら、私、そうするっ!」

 梟が少しだけ、視線を左上に動かした。恐らく、REDを操作しているのだろう。二世代以前のREDは視線の動向を読み取り操作をするのが主流だったが、今では脳波を読み取る補助装置が付いているものが主流となっている。と、言うことは梟が使っているREDは、二世代以上も古いタイプと言うことになる。

「あんまり古いタイプのREDは、使わない方がいいぞ。世代が古い程脆弱性も修正されずに残ってるし」

「うん! わかった。たっくんが言うなら、私、そうするっ!」

 梟の反応に、今度は俺は苦笑いを浮かべた。記憶の中の彼女も、俺の言うことは何でも鵜呑みにして、俺の言うことは基本的に全てその通りにしていた気がする。だが、高校生にもなってこの反応は、若干崇拝に近い危うさを感じていた。慕ってくれていると好意的な解釈も出来なくもないが、いざ意見が相反した場合、俺と梟の意見は決定的にすれ違ってしまうのではないかと、そんな嫌な予感がしたのだ。

 しかし、そう俺が感じたのは杞憂だったのか、梟は眉尻を下げ、困ったような顔をする。

「でも、ごめんね、たっくん。私たちの家には、REDを買い換える、そんな余裕、ないんだ……」

「私たちの家、って、お前、まだ幸せの森に住んでるのか?」

「……うん」

 幸せの森とは、千葉県にある児童養護施設のことだ。そして俺と梟は、幼馴染である。つまり俺と梟は、親がいない。

「たっくんは、早くから私たちの家から自立して出ていったけど、私はまだ幸せの森にいるの」

 正直、あの施設に居て、俺が家族だと思えるような存在は、梟だけだった。出会った時から泣いていて、それが気になって、小さい頃から、俺が施設を出るまで一緒に居たのは、施設でも少し浮いていた俺と一緒に居てくれたのは、こいつだけだったから。

 だから、お節介だとわかっていても、俺はこう言ってしまう。

「でも、お前なら引き取りてなんていくらでも――」

 そう言った俺の言葉を、梟は首を振って遮った。

「あそこがやっぱり、私の家なの。たっくんと出会ったあそこが、私の家なの」

 梟が伏目がちに、そう言った。伏せられた瞳には負い目や引け目の様な、おおよそ彼女が感じる必要が全く無いはずの暗い感情が込められているように感じられて、俺は思わず言葉を失う。

 そんな俺を気にした様子もなく、梟は嬉しそうに俺の方を見上げた。

「でも、たっくんとまた会えて、私、嬉しい。それだけは、本当。私の本心だよ」

「……そうだな。教室ではゆっくり話す時間もなかったけど、本当に久しぶりだな」

 ここでようやく、俺たちは久々の再会を喜び合うことが出来た。REDで互いの連絡先を交換していると、頼慈が中庭へとやって来る。

「ここにいた! って、何してるの?」

「何って、連絡先を交換してるだけだけど」

「散々私がお願いしても交換してくれなかったのに……」

「あ、令恵ちゃん!」

 ジト目で俺を睨む頼慈を見て、梟が嬉しそうな声を上げる。いつの間に仲良くなったのか、頼慈と梟が手を取り合って笑い合う。よほど俺が不思議そうな顔をしていたのか、梟が俺の方を振り向いた。

「令恵ちゃんが教室の質問をまとめてくれたから、私、なんとか話すことが出来たの。ねぇ、令恵ちゃんも連絡先、交換してくれる?」

「もちろんよ! ねぇ、梟ちゃん。今度の休み、一緒に遊びに行きましょうっ!」

「うんっ! 仕事の時間を調整するから、また連絡するね!」

 梟はバイトでもしているのだろうか? しかし、何故だろう。ドヤ顔でこちらを見る頼慈の表情から、俺の脳裏に、将を射んと欲すれば先ず馬を射よ、という諺が浮かんだ。

 頼慈と連絡先を交換する梟に向かい、俺は少し咳払いをしながら苦言を呈した。

「梟。連絡先を知っているなら、REDで簡単ないたずらぐらい出来るからな。特に古いREDならもうパッチも出てないし、表示時刻を変えたり、特定の連絡先と通信できなくする事も俺ぐらいなら簡単に――」

「ほら、碧希くんもっ」

 俺の視界に、頼慈から連絡先の交換依頼の通知が届く。梟の時は直ぐに受け入れられたそれを、俺は直ぐに受け入れることが出来ない。その通知に、期待が溢れすぎた瞳で見つめる頼慈と、不安そうな梟の顔が重なった。

 俺が溜息が付いた時には、その通知は既に消えていた。代わりに表示されたのは、受け入れを示すAcceptの文字。渋い顔を浮かべる俺の眼前には、俺の表情とは対象的な手と手を取り合う少女たちの姿があった。

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