・碧希 拓海(あおき たくみ)SIDE②

 教室では、新たに担任を待つ生徒たちが、にわかにざわめいている。新学期は例によってあいうえお順で座席が決められているため、碧希の俺は教室の最前列。頼慈は最後尾。距離的には教室の対角線上に座っている俺たちだが、その間に、一席だけ空席がある。それが、教室に落ち着きがない原因だ。

 REDを呼び出し、俺は再度クラス名簿を確認する。空席に座るべき生徒の名前は、早乙女 梟(さおとめ きょう)。去年、同学年にそんな名前の生徒はいなかった。つまり、転校生という事になる。頼慈と同じクラスか否かだけ確認していたので、気づくのが遅れたのだ。

 囁き合う同級生たちの中、俺はある種の予感を感じていた。梟という名前に、心当たりがあるのだ。まさかと思うのと同時に、やはり予想通りなのではないか、というある種確信めいた感覚。珍しい名前だし、ほぼ間違いないだろう。

「ほら! お前ら静かにしろっ!」

 担任の先生が、教室に入ってくる。その後ろには女子生徒、転校生の姿があった。緊張しているのか、動きがぎこちない。

「もうわかっていると思うが、転校生を紹介する。早乙女、自己紹介を頼む」

「は、はひっ!」

 一言目から噛んでしまい、彼女は小さな体を、更に小さくした。短く切った髪の間から、赤面した頬が覗く。子供の頃より女性らしさは感じるが、俺の知っている梟のままだった。その事に少し安堵すると共に、俺の口が笑みを作る。

 すると、梟は俺の視線に気づいたのか、形の良い瞳を、より丸くした。

「……え? ウソ」

 自己紹介どころか、それから一言も発せなくなってしまった梟に向かい、俺は左手を軽く掲げる。

「久しぶりだな、梟」

「……たっくん」

 突然子供の頃呼ばれていた名前で呼ばれ、俺も一瞬面食らう。しかし、そんな俺たちを残して、転校生と俺の仲を勘ぐり、囃し立てる声で教室中が埋め尽くされた。

 別に、どうという関係でもないが、あまり騒ぐと、更に梟が萎縮するので、それはやめてもらいたい。それに俺も、昔とは状況が違っている。梟に偉そうにしていた時期もあったが、俺もあれから変わったのだ。正直、あまり今の自分の事を、子供の頃の俺を知る梟には話したくないという気持ちもある。いや、梟の事だから、既にもう俺の状況を知っていて、俺を気遣って、あえてわざわざ話題にしようとはしないのかもしれない。

 少しだけ昔の思い出に苦みを感じながらも、こうして俺は久々に、幼馴染との対面を果たしたのだった。

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