第7話

 パチン、とスイッチを押すと、部屋の明かりがついた。


「おまえ、一人暮らしなんだな」


「色々とありまして」


 アパートの一室。フローリングの六畳一間。ベッド、テーブル、カーペット、テレビ、とそれくらいの簡素な部屋。それが、俺が住んでいるところだった。


「まあいい。たしかにここなら人目はねえからな」


「うん。話がこじれて長くなっても大丈夫だし」


 水城さんを部屋に招いたのは、それが理由。


 ホテル前での写真が出回れば、噂が立って、それに付随するゴタゴタが起きる。


 だから、水城さんの事情がどうあれ、小野さんとの写真は消してもらわなければならない。そしてその交渉は難航するかもしれない。


 というわけで、時間に制限がない俺の部屋に決めたのだった。


「お茶とか飲む?」


「甘いカフェオレがいい」


 どかっとベッドに座った水城さんにカフェオレを作ってあげた。


「はい」


「さんきゅ」


 砂糖丸々一本いれてから手渡し、俺は床に座った。


 水城さんは、ふーふーして、あちってなってを繰り返し、結局飲むのを諦めてカップをテーブルに置く。


 どうやら話せそうなので、俺は早速尋ねる。


「それで、あの写真、どうしたの?」


「偶々だよ。あいつが信号前で立ち止まってたから、30分くらい見張ってて、お前がきた。んで、撮った」


「30分? 見張って?」


「ば、ばか! 私があいつを気になってるような切り取り方はやめろ!」


「まあなんでもいいんだけどさ。俺としてはその写真さえ消してもらえればそれで」


 そう言うと、水城さんは心底不思議そうに首をかしげた。


「何だ? 写真があるとお前に不都合なのか?」


「そりゃまあ」


 当たり前だ。ホテル前の写真に困らないやつなんていないだろう。疑問に思うことに、逆に疑問を抱くくらいだ。


「ふーん、よくわかんねえけど……」


 水城さんはニヤッと笑った。


「てめえに都合がわりいんじゃあ、消すわけにはいかねえなあ?」


「ま、そうなるよね。何したら消してくれる?」


「ずっと言ってんだろ、私の男んなれ」


「ごめん、それは無理」


「何でだよ! ……って痛っ!」


 水城さんは立ち上がった弾みでテーブルに足をぶつけ、ベッドの上で悶える。


 俺は、こぼれたカフェオレの始末をしながら、理由を尋ねる。


「どうして、俺を彼氏にしたいの?」


「う〜、そりゃだってお前、小野の男だろ?」


 違うけど、と言いたいが、ホテル前の写真があるのに否定しても意味がないだろう。だから俺は「仮にそうだとしたら?」と言った。


「奪う。それであいつに勝ち、ヤンキー人生を終わらせる」


「どういうこと?」


「語れば長くなるが……いいか?」


「じゃあいいです」


 襲いかかってきたので、頭を押さえていなす。


「聞くから落ち着いて」


 そう言うと、水城さんは渋々頷いて、ベッドの上にぽすんと座り直した。そして遠い目をして語り出した。


「あれは、一年前のことだ。当時の私は、喧嘩100戦無敗、不敗神話の名で通る県最強のヤンキーだった。私が道を歩けば、皆通り過ぎるまで黙る。そんな、誰からも恐れられる存在さ」


 ……水城さん、痛い子だ。それもすごく。


「だが、そんな私も一度だけ敗北を喫した。親戚の集まりでのこと、遠縁にあたる小野、あいつは私にこう言ったんだ、『何その格好、ヤンキーのコスプレ?』ってな」


 もはや聞くのが面倒くさくなってきた。


「当然、喧嘩になった、そして負けた」


 人相手なら当然だろう。今度、コガネムシに挑んでほしい。


「私はその時の屈辱を忘れられずにいる。だからなんとか、雪辱を晴らし、全勝という肩書きでヤンキー人生に終止符を打ちたい。だがもう、喧嘩するような年でもない」


 そして水城さんは俺にビシッと指をさした。


「それで男を奪うことに決めたんだ! 私の男になれ!」


「無理です、カルタとかで頑張ってください」


「何でだ!?」

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