第8話 天使降臨

『てん……し、さま?』


 驚愕に目を見開くホブゴブリン。

 ベンと村人たちは信じられないものを見てしまったと声を失っている。


 無理もない。

 降り注ぐ一条の光が聖なる光の壁となり、風の弾丸から二人を護っていたのだ。

 そして彼らの頭上には、純白の翼を広げたメイド服姿の天使――ミカエルたその姿があった。


 吹き抜ける風がスカートをなびかせるたび、ちら見する黒のストッキングと太腿がエロティシズムを掻きたてる。

 もぉ〜ミカエルたそ最高♪


『なぜだ……なぜ天使がこのようなところにッ!?』


 理解できないと狼狽えるホブゴブリンに、ミカエルがキリッと鋭い眼光を向けた。


『自然の摂理にわたくしたち天界が干渉することはありません。が、時と場合によっては干渉することもあります』


 ぺたっと大地に降り立つミカエルは、アーサーとジャンヌへ振り返ると、天使の微笑みを向ける。次いで村人たちにも視線を向けた。


『二人を救えとウゥルカーヌスがおっしゃいました。二人をです! なぜだかわかりますか?』

『…………』


 うつむき黙り込む村人たち。

 心当たりがあるのだろう。


『神は平等ではありません。神は祈りを捧げる信仰者にのみっ! 時に慈悲をお与えになるのです! で、あなた方はどうなさるおつもりで?』


 ハッ!? とした村人たちは一斉に胸の前で手を組み、祈りを捧げはじめる。


『いにしえよりあなた方アヴァロンの民が信仰する慈悲深き神の名は――ウゥルカーヌス様です!』


『『『『偉大なる我らが慈悲深きアヴァロンの神――ウゥルカーヌス様! どうか我らをお救いください!』』』』


『はい、とてもよくできました! その名を深く心に刻むのです。もう二度と忘れぬようにと。次、忘れたらわたくしが許しませんよ?』

『は、はい! 天使様っ!』


 にっこり微笑む天使ミカエルたそ。

 そしてホブゴブリンへと向き直る。


『あなた方はどうするのです? 神に祈り、慈悲を乞うのであれば……あるいは』

『ふっ、ふざけるなァッ! 我ら獣鬼ゴブリン一族、腐っても神なんぞに祈るかッ!』

『……しかし、そう思っているのはあなた一匹のようですよ?』

『は? ――って貴様らなにをしてるかァッ!?』


 ゴブリンたちは武器を投げ捨て、ぎゅっと瞼を閉じて一斉に祈りを捧げる。


『『『『ウゥルカーヌス様ウゥルカーヌス様ウゥルカーヌス様ウゥルカーヌスさまぁぁあああ――どうかお助けをっ!』』』』

『恥をしれッ、このクズ共がァッ!』


 ゴリマッチョがゴブリンたちに向けて指弾を弾くと、すかさずミカエルが小鬼たちを光の壁で包み込む。


『『『『!?』』』』


 これにはホブゴブリンもゴブリンたちも、おまけに村人たちも驚きを隠せない。

 天使が聖なる力をもって魔物を救うなど前代未聞。

 だが、それでいい。


『慈悲深き神――ウゥルカーヌス様は寛大な神なのです。たとえそれが魔物や魔族であれ、祈りを捧げるものにはきっと手を差し伸べてくれることでしょう』


 にっこりスマイルをゴブリンたちにもくれてやるミカエルたそ。

 赤くなったゴブリンたちが騒ぎ出す。


『『『『ウゥルカーヌスさま、ばんざ~いっ!!』』』』


『で、あなたはどうなさるのです?』

『何がウゥルカーヌスだッ! そんな名の神など聞いたこともない! どうせチンケな神なのであろうッ! ならば我が叩き潰してくれるわッ!』


 ブチッ!

 奇怪な音を鳴らすミカエルたそ。

 凄まじい殺気を全身に纏いつつあるミカエルに、


『待ってくれミカエル!』

『ジャンヌさん?』

『そいつは私にやらせてくれないかっ!』

『え……ですが』


 ジャンヌはすでにボロボロだ。その上丸腰。とてもじゃないが容認できないと困り眉のミカエル。


『目の前で主君を傷つけられたのだ。このまま引き下がってしまえば、騎士としての私は死んでしまう! どうか、この騎士道に……王に恥じぬ私でいさせてくれ!』


 懇願するジャンヌに困り果てるミカエル。

 彼女の代わりに、


「許可する!」

「ウゥル様!?」


 ゆっくり歩いてきた俺にミカエルが跪き頭を下げる。村人やゴブリンたちも彼女に倣えと頭を下げた。


「よろしいのですか?」

「ああ、構わないぞ。但し、これを使え」


 そう言って俺は一振りの剣をジャンヌに差し出した。


「これは……!?」

「炎と鍛冶の神たるこの俺が打った一振りだ! ジャンヌ・ダルク、こいつは何れお前を史上最強の騎士へと導く剣だ!」

「これが……私の、剣!」

「名を、聖剣フルンティングという。しかと心に刻め」

「―――!?」


 聖剣フルンティングを受け取ったジャンヌの顔が驚きに満ちている。

 心のそこから湧き上がってくる圧倒的なまでの力と勇気に、彼女は戸惑っているのだろう。


 聖剣フルンティングは所有者の身体能力を向上させるだけではなく、ありとあらゆる付与の効果が得られるようになっている。


 つまり、今のジャンヌ・ダルクは先程までのジャンヌ・ダルクとはまるで別人。


 神の鑑定で改めてジャンヌのステータスを確認する。


 名前 ジャンヌ・ダルク

 年齢 15

 種族 人間ヒューマン

 性別 女


 レベル 9

 HP 24/24 → 2400/2400

 MP 17/17 → 1700/1700

 筋力 33 → 3300

 防御 33 → 3300

 魔防 16 → 1600

 敏捷 25 → 2500

 器用 11 → 1100

 知力 15 → 1500

 幸運 15 → 1500


 聖剣フルンティングの効果により、ジャンヌの能力値はすべて100倍になっている。

 さすが俺だな。


 試しにホブゴブリンの方も見ておくか。


 名前 ゴルマ

 年齢 5

 種族 ゴブリン

 性別 男


 レベル 18

 HP 90/90

 MP 36/36

 筋力 144

 防御 146

 魔防 135

 敏捷 117

 器用 63

 知力 27

 幸運 18


 楽勝だな。

 これではどう転んでも負けることはない。


「ホブゴブリンよ! 万に一つ貴様がこの娘に勝てたなら、俺は引いてやる」

「その言葉に偽りはないなッ!」

「当然だ! 神は滅多に嘘はつかない」


 ホブゴブリンへと歩き出すジャンヌに、不安気なアーサーが声をかけた。


「問題ない、アーサー。不思議と……これっぽっちも負ける気がせんのだ」

「……ジャンヌ」


 この村の命運をかけた一騎討ちが、はじまろうとしていた。

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