第20話 娼館での遊び方その1(ワンダーランド編)

 抜き足差し足忍び足。

 部屋を出てからも警戒を怠らず、物音を立てずにそっと廊下を進む。


「よし!」


 無事に宿を脱出したなら、昼間の間に調べておいた娼館まで一直線。


「おお!」


 ド派手なピンクの看板が目印の酒場兼娼館なこのお店は、『オナホル』。

 天界の神々が聞いたら大ウケすること間違いなしのネーミングセンス。

 しかも、事前の調査によると、『オナホル』では嬢たちキャストのことを『ヴァルキュリア』と呼ぶらしい。


 オーディンの治める死者の館ヴァルホルから名付けられた店名に、ツボってしまう。

 オーディンが聞いたらカンカンになること間違いなしの店名だ。


「大きなお店だべさ」

「きっとスケベェなメスがたくさんいるだがや」

「小生の小生もギンギンのギンジくんとなりつつあるんだじょ!」

「ああ、下界での久々のハッスルタイムに俺のギンジくんも――ってなんで居るんだよ!?」


 てっきり部屋で爆睡しているとばかり思っていたゴブトリオが、なぜか俺の真横で整列していた。


「オラたちは神様の三獣士だべ!」

「神様の居るところにわてら有りだがや!」

「それがスケベェな店なら尚更なんだじょ!」


 こいつらは何でこんなにもエロい事に敏感なんだよ。

 今日は一人でゆっくり楽しもうと思ってたのに……。


「別に付いてくるのは構わんけどな、お前ら金あるんだろうな? 金がなきゃ何も楽しめんのだぞ」


 ガーン……。

 分かりやすくその場に両手をつくゴブトリオ。

 しかし次の瞬間には、すかさずこちらに身体を向けて見事な五体投地を繰り出してくる。


「そんなことしても無駄だからな」

「……」

「………」

「…………」

「大体にして、貧乏人が女を買おうなんざ百万年早ぇんだよ!」


 つーか目立つから店先でそんなことするんじゃねぇよ。悪目立ちしてるじゃないか。


「あきらめて宿に帰れ」

「慈悲深き神に、ウゥルカーヌス様に祈りを捧げるべさ!」

「どうか、どうか哀れなゴブリンに御慈悲をだがや!」

「スケベッ、奢ってくださいだじょ!」


 神に祈れば何でもかんでも叶うとでも思ってやがんのか、こいつらはッ。

 しかも神たる俺を前に堂々と奢れときたもんだ。神に娼館代を奢ってくださいなんて頼み込んだやつらは、長い天界の歴史においてこいつらが初。前代未聞だ!


「なんで俺がお前らに奢らにゃならんのだ。とっとと帰れッ!」


 ゴミを見るような目でゴブトリオを瞥見、店内に入ろうとした俺の脚にゴブトリオが絡みつく。


「よ、よせっ! こら、離せッ!!」

「いやだいやだいやだべさぁ! どうかオラたちを見捨てないでほしいべ!」

「明日からわてらの食事は神様の食べ残しで我慢するだがや! だがらぁ、だがらぁ――」

「小生のポコチンが爆発する前に助けてほしいんだじょ!」


 脚にまとわりつくゴブトリオを引き剥がそうと奮闘する俺に、道行く者たちからの冷たい視線が突き刺さる。


「おいおい、一体何の騒ぎだ?」

「ゴブリンたちからお小遣いを巻き上げて、自分は娼館で女遊びするんだとよ」

「最低だな」

「憲兵呼んだ方がいいんじゃないか?」

「誤解だッ―――!!」


 畜生ッ!

 なんでこうなるのだ。


「分かった、分かったから離せ!」

「いやだいやだいやだべさぁ! 神様がきちんと奢ってくれるって約束してくれるまで、オラたち死んでも離さねぇべ!」

「んっだぁ!」

「だじょ!」


 その果てしない情熱は一体どこからやってくる。

 尋ねるまでもなくポコチンからである。


「奢ってやるから離せ!」

「ホントだべ?」

「嘘はよぐねぇよ?」

「小生、信じてるだじょ?」

「しつこいっ! すぐに離さないと奢らんからな!」


 怒鳴りつけてやれば、サッと離れるゴブトリオ。俺はムッと眉間にしわを寄せた。


「お前たちのせいで人が集まって来たではないか!」


 なんでこんなに大勢に見られながら娼館に入らにゃならんのだ。見世物ではないぞ!


 プンスカプンスカとゴブトリオを引き連れ、俺は娼館に足を踏み入れた。

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