離婚調停って面白い

雪うさこ

1.まずは、至った理由。


 私が離婚調停に臨んだのは、二年前の話。その一年前、夫(以下A氏と呼ぶ)が、唐突に「離婚」という言葉を口にし出したのでした。


 なんの変哲もない夜でした。夫のスマホが光って、画面にメールの一文が表示されたんです。半年くらい、「帰宅が遅い」「口数が少なくなった」「私が連れて行ってもらったことのないところから物を買ってくる」などなど、疑わしき行動が増えていて、疑念を募らせていたところでした。結婚以来、A氏のスマホを勝手に見たことなどなかった私ですが、さすがに気になって、点灯した瞬間にメールを盗み見ると……。なんと! 女からのメール。しかも同僚です。私もよく知っている彼女から、「明日のマラソン大会頑張って。応援には行けないけれど、心は一緒だよ♡」。


 さすがにブチ切れますよ。風呂から帰ってきたA氏を捕まえて問いただしました。


「浮気を『していない』と言ったって、『している』と言ったって、信用しないでしょう? 離婚しよう」


 唖然としました。私に対する不満がたまっていたのだ、と気が付きました。実は、そうなる前、半年くらい。彼は帰宅が遅く、一緒に出掛けなくなっていたんです。帰宅恐怖症っていう奴か? 不審に思っていたその渦中の出来事でした。そうか。私が悪いのか。なんだか妙に納得してしまったんですよね。ですから、「わかりました」と答えてしまったのです。で、気持ちは、すっかり『離婚だ!』モード。だったのですが、そうもいかないのが、同居というもの。

 

 離婚の話を同居している義母に報告すると、「離婚なんて、安易にするものではない! ともかくAは家を出なさい」とのお達し。A氏は近隣の祖父母の家に転がり込み、夕飯だけ子ども達と一緒に食べるということになったのでした。しかし、解せないのは、その話し合いの内容です。私たちの離婚について協議する場であったはずなのに、A氏は、母親への文句ばかりを言うのです。


 ——これって、私はどういう関係があるのだろうか……。親子の問題なのか? 元凶は同居か? 親子関係が問題で、なぜ私が離婚しなければならぬ。


 夕飯だけ顔を出すA氏。気まずい晩餐は、連日のように続きます。到底、食事を摂する気持ちになんてなれません。私の体重は二人の子どもを産んで、マックスだったはずなのに、あれよあれよと減って、十五キロの減でした。


 A氏に引き続き、私が帰宅恐怖症です。家に帰ると居場所もない。食欲もない。嫌なことばかり思い出す。子どもたちにもあたります。娘二人と喧嘩をして、大泣きしたことも数え切れず。そんな不甲斐ない自分にも嫌気がさして、更に眠れない、鬱傾向に陥るの悪循環。精神科のお世話にもなりました。

 職場にいても焦燥感ばかり。家には帰れないので、車の中で時間を潰して帰ったことも。もうA氏と顔を合わせるのが怖かったのです。


 A氏が出て行ったあと、義母とは何度も協議を重ねました。いつまでも、夫抜きで、義母に面倒をみてもらうなんて、私の気持ちとしては、心苦しいことばかりですし、「お前の育て方も悪いんだろう!」って、義母に対しても内心憤っていた私は、早く家を出たかった。私の実家は少し離れたところにあります。実家近辺に戻ろうかとも思いましたが、子ども二人を抱えて、職を変えるのもどうかと思案。それなら、と職場の近くに転居を決意。借家の契約までしたのです。


 ところが。引っ越しの話を持ちだした時。義母は泣きました。鬼のように強く、毅然とした義母です。彼女もA氏が幼稚園の頃に、離婚を経験し、その後は鉄の女として、職場で男をなぎ倒してやってきた人です。その彼女が泣くんです。

 

 成長して、手に負えない息子に戸惑い。そして、可愛らしい孫たちと離れてしまう悲しさ、という感情でいっぱいでした。私の両親には、「孫可愛さだけだよ。あんたを可愛がっているわけじゃない。勘違いしないように」釘を刺されました。それはわかりますし、理解ができました。でも、なんでしょう。私。義母が他人ごとではなくて、一緒に泣いたんです。


 私はこれからシングルになるかも知れない。彼女はシングルマザーとしても辛さも、痛みもわかっている人です。ただ昔の時代は、仕事にひたむきにならないと、子ども二人を育てることなんて、できなかったんですよね。A氏に言わせると「あんたは、おれたちのことをなにもしてこなかったじゃないか」ってなるのかも知れません。でも、そうできない理由があったんだ。彼女に愛がなかったわけじゃない。それが伝わっていなかったのだ。そう思ったのです。


「どうか、どうか。孫たちが成長する様を私に見せて頂戴。私にできることはなんだってするから。ねえ、うさこさん。お願いよ」


 別に彼女に大切にされたい、なんて思いません。ですが、我が子である子ども達を大切にしてくれる人なら、私はそれでいいと思いました。だって、私は他人ですよ。所詮。結婚が決まった時。義母は私のことを興信所を使って調べた人です。それだけ、息子が可愛い人だ。私の味方をしてもらいたいなんて、思ってもみませんし、そうすべきではない。あの人が大切にしなければならないのは、自分の息子だろう、と思っていたからです。


 そんなことがあって、私は、職場近くへの転居を取りやめ、義母(A氏)の住む家から、歩いて五分程度の一軒家へ転居することを決めたのでした。


 そうなると、我がもの顔で戻ってくるA氏。自分の住まいも無事に確保したとあって、さっそく届いたのが、「離婚調停をするから」というメールでした。





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