雪
野林緑里
雪
平成元年12月
その日は朝から雪が降っていた。
ゆらゆらとゆっくりと降り注ぐ雪だというのに、気温の低さと雪の結晶が大きいためにあっというまに地面を雪化粧へと変えていった。
こんな寒いなかとはいうのに、御影は教室にはいって上着を脱ぐと半袖短パン姿になった。
暖房なんかついておらず、教室の中央あたりに円柱のストーブがあるだけというのに、よくそんな服装でいられるかと疑問に思われるかもしれないが、当時年中半袖半ズボンというスタイルの小学生の男子など結構したのだ。
御影はそのひとりにすぎなかった。
窓の外から見えるグランドにも雪が積もっていき、ベランダの柵にも雪がのっている。それをたのしそうに手に取ると小さな雪だるまをつくって、ベランダにちょこんとおいていたりする。
ストーブの前で暖炉をとる女子たち。教室を走り回る男子たち。
いつもと変わらない光景がそこにあった。
やがて、先生が教室へと入ってくると、子供たちは慌てて席につく。
起立、礼
いつもの号令からの先生の出欠。
「先生! 雪でーす」
それが終わったのを見計らったかのように御影を片手をあげながら立ち上がった。
「どうした? いきなり」
クラスのみんなの視線が御影に注がれた。
「一時間目は体育にしましょう。算数よりもいいですよ」
「なにをいっている?」
「そうだ。そうだ。外で体育の授業」
「授業内容は雪合戦だああ」
すると、クラスがざわめき始め、だれからともなくてをあげると「賛成」「雪合戦だああ」とか「雪だるまつくろう」とか男女問わず言い出したのだ。
「はいはい。しずかに」
先生はパンパンと手を叩きながら、彼らを落ち着かせる。
「それじゃあ、授業を変更しましょうか。一時間目の算数に変わって、体育です。さあ、みんな、グランドに集まれええええ」
先生が右手をあげながら叫ぶと、子供たちも立ち上がるなり「おおおお」と叫んだ。
それから我先へと教室を飛び出すとグランドへと出ていったのだ。
すると、グランドには他のクラスの子供たちの姿もあった。
どの子供も雪を丸めて、雪合戦をしていたり、鎌倉や雪だるまを作ったりしているではないか。
玄関には先生たちが彼らを見守っている。
どうやら、最初からそのつもりだったらしい。
どのクラスもどの学級も一時間目の授業は体育になっているらしく、ほとんどの子供たちが外に出ていた。
もちろん、全員じゃないだろう。
なにせ全校生徒400人もいるのだ。それが全員出てきたら、飽和状態になるにちがいない。
故に教室に残っている子供たちもいるのだろうが、ほとんどの子供たちがそこに出て雪と戯れていた。
御影も友人たちと遊んだ。
雪を踏みつけるとさくさくという音が聞こえる。
雪をつかむと手袋越しとはいえ冷たい。
もちろん、さすがに外では半袖ではない。ちゃんと上着を着こなしているが、足のほうは半ズボンのままだ。けれど、遊びに夢中で寒ささえも感じずに走り回っていた。
ただ笑い。
雪と共に遊ぶ。
冬になると時おりある午前中の大イベントだった。
やがて、雪は溶けていくのだが、放課後もそれなりに積もっていたから帰りながらも雪とたわむれていたことを思い出す。
それからどれ程たったのだろうか。
平成が終わり、令和になった。
御影も結婚して子供ができた。
子供にその話をすると、そんなことしたことがないというのだ。
それもそうだろう。
もうすぐ二十歳になる子供が小学生時代はほとんど雪は降っていなかった。降っても登校したころにはグランドの雪も雪合戦ができるほどの積もっていなかったのだ。
もしも、北海道だったらできるかもしれないが、あいにくここは九州だ。
数年前にとんでもない吹雪で積もったこともありはしたが、あれは積もりすぎた上に雪がまだ激しく降っていたためにとても雪合戦ができる状況ではなかった。
「俺もそういう時代に生まれたかったなあ」
なぜか息子がそんなことを言い出したのが印象的だった。
あの頃はよかった。
でも、今が悪いわけじゃない。
いまはいまでの楽しみ方があるに違いない。
でも、
御影は窓の外に降り注ぐ雪を見ながら思う。
いつまでも続く自粛生活。
いつか、またみんなで集まって雪合戦でもできるような時代が来てほしいものだと……
雪 野林緑里 @gswolf0718
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