第24話 近づく
「迷惑じゃないです! お弁当ってことは、コトさんの家じゃない時も桃也さんの料理食べられるってことですよね! すごいなあ、毎回美味しいって思ってるんです。和食って凝ってるものが多いから手順とか大変なんだと思いますけど、短時間でぱぱって作っちゃうし。あ、ずうずうしく感想言ってすみません。よかったら是非作ってください。もちろん一回でいいですよ」
コトと一緒に食べてくれる時は色葉の分も作っていたのだが、ここまで思われているとは気が付かず、純粋な色葉の様子に嬉しくなる。
「ふふッありがとう。料理を褒められることって中々機会が無いから。迷惑じゃないんなら、たまに作ってもいいかな? 色葉さん大学行くの遅い曜日とかあるよね、僕午前中暇な日あるからお互いの時間が合う時にでも」
「ほ、本当ですか!」
滅多に声を荒げない色葉が、自分のことで表情をくるくる変える様に満足した。
もう、気付いてしまったのだから仕方がない。桃也はこの女性が可愛くて可愛くて、手放したくなかった。他の男の所へ行ってほしくなかった。滅多な願いだと分かっている。年齢も環境も全く違う二人で、桃也は色葉に言っていない秘密もある。それを抱えてなお消えてくれない気持ちに、せめて笑い合う関係が一日でも長く続けば良いと、踏み出せない一歩に思いを馳せた。
「いつもはコトさんに合わせて和食が多いけど、お弁当だし揚げ物とかも入れようか」
「え、それってリクエストも有りってことですか?」
「いいよ! 思い付いたら教えてね」
「はい!」
「それで、コトさんは一年待ったんですか?」
図書館帰り、桃也を送るため色葉が自転車を押しながら二人で歩く。影が伸び、地面でゆらゆら頼りなげに揺れている。
「もちろん。そして俊彦さんも頑張って、大分体調がよくなった。だから、コトさんのご両親も安心なさって結婚することに決まったそうだよ」
色葉の影が、ゆっくり立ち止まり、左右に揺れて桃也の影に一歩近づいた。内緒話をするように、一気にトーンの下がった声が桃也の耳元に囁かれる。
「それならどうして、俊彦さんは「コトさんと結婚するはずだった人」なんですか?」
随分前に同じ質問をコトにして、聞いてはいけなかったと思うくらい一番辛かった。不幸ばかり押し寄せる。幸せかどうかは何を与えられたかではなくどう思うかによる、しかしそれも、俊彦とコトには当てはまらないと思わざるを得ない。
まだ桃也の背がずっと低かった頃、コトが静かに、はら、はら、綺麗に涙を流して言ったことを思い出した。丸まって顔を覆う姿を見たくなくて必死に擦ってみても、コトを慰めることすら叶わず、自分の手のひらの未熟さを恥じたものだ。色葉の瞳は桃也のそれで、そして全く異なる道に立っていた。
「それは――式の直前、流行り病で亡くなったんだよ」
「色葉!」
「利児君」
「似合うね、カッコ可愛い!」
話しかけられて以来、宮野はクラスに来ると真っ先に色葉のいる席へ来るようになった。色葉も、最初こそあからさまな宮野の仕草が気になったが、慣れれば常に笑顔の男子で、親しい友人の一人になった。彼に限らず、見目が明るくなった所為かあまり交流の無かったクラスメイトと話す機会が増え、今ではクラスで話したことがない人間はいない。服も例の店でもう一着購入し、元からある服と着回しで何とかこなしている。
予定通り、兄の助言を元に美容院へ行った色葉を、宮野が手放しに褒める。変わることは怖かったが、桃也と話している内に変化が喜びになった。以前がダメであったとは思わない、自分のことを気に掛けることで周りとの付き合いも良くなることが嬉しかった。
「視界がいきなり広がって、中々慣れないけどね」
短い前髪を弄る。今朝鏡を見て一瞬誰かと思った。振り返れば、眉が見えるくらいの前髪にしたのは小学生以来かもしれない。中学の時は運動部に属してはいたが、髪型が自由だったため目に入らない程度に伸ばしていた。
「顔が全部見えて良いよ。俺、色葉の目、きりっとしてて好きだし」
「好きとか……すぐ言うと勘違いされるよ」
「色葉になら勘違いされていいよ」
直線的な物言いが少し羨ましい。社交辞令でも全力で投げつけてくる宮野をかわしながら、後から来た白田に挨拶する。
「神田、今日も絡まれてるねぇ」
「絡まれてるって、別に普通の会話してるだけでしょ」
宮野をよく思っていない白田は、色葉から離れていく姿を見て明らかに分かるように渋い顔をする。だから、宮野も白田が来れば、よそよそしく違う席へ行ってしまう。本当ならば白田と宮野とも一緒にいたいが、人によって得意不得意は違うわけで、「クラス皆と仲良くしましょう」と的外れなアドバイスをする程馬鹿でもない。
――小学生じゃあるまいし。友だちになりたいかどうかは当人次第なんだから。
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