指先の先

第12話 デート

「デ、デート?」

「うん。デートしてください。というのは大げさで、ただ散歩に付き合ってほしいというか。もし時間があれば」


 にこにこ笑いかける桃也の意図が理解出来ず、つっかえながら答えることでいっぱいいっぱいになる。


 その日も、コトの家に寄った帰り二人で歩いていた。ただそれだけであったのに。


 偶然の出会い、コトを紹介されて何度か会話をしたことがある。「本屋巡りをしよう」と提案もした。さらに言ってしまえば、年上で爽やかな桃也に嫌な印象など全く無い、しかしそれとこれとは別だ。


 デートと呼ばれる経験といえば、高校時代に同級生と遊園地に一度遊びに行ったことがある程度で、誰かと手を繋いだことさえない。経験値が明らかに底辺から脱却していない色葉にとって、どう返答するのが大人のマナーなのか量り切れず、両手を宙に浮かせて泳がせることで精一杯だった。


――もしかして、本屋巡りのこともデートの誘いだと思われてた? 軽薄な女だと?


 それは些かまずい。決して下心などありはしない。下心すらまだ理解出来ない幼い自分なのだから。


 返答に困り無言でいると、肯定と取られたのか肩を叩かれ「詳しい日にちと時間は連絡するから」と去っていってしまった。考える時間が欲しい、伸ばされた腕は当然届くことなく虚しく地面へ落ちていく。こうなれば腹を据えるしかない。


 部屋に戻り、クローゼットを開ける。今まで恰好に興味を持ったことがなく、何気なく着ている服が、群衆に溶け込む当たり障りのないものであるのか分からない。


 目立たなくていい、褒められなくていい。横にいる人が恥ずかしい思いをしなくていい服であれば、何でも。


 思ったより自分のことを気にしてこなかったことに気付かされ、どういう交流をしながら高校まで生活をしてきたのか今更ながらに怖くなる。無知の知は素晴らしく、そして恐ろしい。結局知ることを学ぶまでは無知である上、無知だった頃はそれ以上に周りを脅かしていたのだ。


 高校時代を思い出して、特に突出していない無難な生徒であったはずだが、不安になるのも事実だった。


「まあ、イジメられもせず仲良い友だちもいたから、それなりに楽しかったんだろうな。今度誰かに連絡しよう」


 他人に興味が無いよりも自分自身にすら興味が無いことの方が、人として何かを失っていそうだ。本以外にも幅を広げることは全く悪くない。せめて、朝きちんと鏡を見て、服の上下が合っているかくらいは気にかけようと決意した。


 鞄の中にあるスマートフォンが震え、日時が知らされる。服を新しく買いに行ったところで、ファッションセンスがある人間のアドバイスが無ければ、クローゼットに詰め込まれているそれらと何ら変わりない服しか購入出来ないだろう。早々に諦めて、空っぽの頭でどうにか着られそうな服を見繕った。







 約束の十五分前、待ち合わせ場所に立つ。


 待たせるわけにはいかない。年上に失礼なことはしない。上司を待つ部下の如く、直立で今から来る相手を思い浮かべる。


 おかしな点は無いだろうか。無難な服を選んだつもりだ、髪の毛も寝癖を整えた。化粧はしていない。持ち合わせているものではこれ以上成り得ない。あとは相手ががっかりしないことを祈るばかりだ。


 十分経って、後ろから声がかかった。


「俊彦さん!」

「……コトさん?」


 何故か、いつの間にか、コトとデートすることになっていた。

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