第26話
腹がへったなぁ。もうずいぶん長い事何も口にしていない。水はあるが、水分だけでは腹は満たされない。木の実でもあればいいのだが、このあたりには何も実っていない。腹の虫をグーグー言わせながら歩いていると素敵な音楽が聞こえてきた。
「こんな林の中でなんで音楽が聞こえてくるんだろう?」
俺は首をかしげた。
「ちょっと見に行ってみようよ」
俺達は正体を確かめるべく、音のする方へと近づいていった。これはすごい光景だ!音を奏でている者達の正体がわかり、俺達は驚愕した。
なんと全員モンスターだったのである。数匹のモンスター達が歌ったり、楽器を演奏したりしていたのだ。でもまぁモンスターの中にも色んな奴がいるからな、音楽好きのモンスターがいても不思議じゃあないか。俺達が近づくとモンスター達は演奏を止めたので、話しかけてみた。
「ずいぶん楽しそうだね。音楽は好きかい?」
「大好きだよ、君も何か楽器できるの?」
1匹のモンスターが気さくに言った。
「ギターなら少しできるよ」
俺はエアギターをやってみせた。
「それなら君もまざりなよ!『明日の風』だったら知ってるだろ?」
「その曲なら俺もひけるよ」
「私は歌を担当するわ」
そう言うとサラは発声練習を始めた。
「ところで君は名前なんていうんだい?」
「俺はアロルでこっちがサラ」
俺はギターを1本かりて久しぶりにひいてみた。長い間ひいてなかったのですぐに指が痛くなってしまった。でも楽しいな、音楽家の道に進んでも良かったかもしれない。
「それじゃあ『明日の風』の演奏始めるよー。ワン、ツー、スリー、フォー」
皆一斉に演奏を始めた。全員なかなか上手だ。俺だけ足を引っ張るわけにはいかない。俺はなんとか指を動かし、必死になって演奏した。
よし、いいぞ、いいぞ、いい感じだ!のってきたぜ!俺ってやっぱりなんでもこなせるスーパーマンなんだなぁ、へへへ。音楽に関しても超一流だぜ!と、思い上がった瞬間みんなの演奏が止まった。
「アロルだけずれてるよ。もっとみんなの音を聞いて」
え?ずれてたの?全然気づかなかった…
「それじゃあ、もう一回気をとりなおして。ワン、ツー、スリー、フォー」
俺は周囲の音をよく聞いて演奏した。しかし、集中するとどうしても自分の世界に入ってしまう。難しいものだ。それでもなんとか力をあわせてみんなで素敵なハーモニーを奏でる事ができた。
「なかなかいい出来だったね。みんなお疲れさま」
リーダー格のモンスターが拍手しながら言った。
みんな楽器から手を離し、安堵した空気が流れ始めた瞬間…
グー―――…
俺の腹の虫がバカでかい音をだして空腹をうったえた。
「あの、こんな時に言いにくいんだけど、何か食べるものがあったらくれないか?」
俺は空気を読まず、自分の要求をつきつけた。
「なんだ腹がすいてたのか!もっと早くに言えばいいのに」
モンスターは袋の中から何か取り出した。
「はい、これあげる。とってもおいしいよ」
トカゲとムカデとねずみをもらった。こんなゲテモノ食べた事がない。人間もこんなもの食べられるのか?しかし、今は贅沢を言ってる時ではない。たとえ不味くても我慢して食べよう。
俺は炎でゲテモノを焼いて食べてみた。んー、変な味がするが、食べられない事はない。空腹を少しでも満たす事ができるならよしとしよう。
「サラもこれ食べてみるか?」
「絶対嫌!空腹で死んだ方がマシ!」
モンスター達は悲しそうな顔をしてサラを見つめた。
「あっ!ごめんなさい」
サラは口を両手で押さえた。モンスター達はおいしいと思って食べてるんだからちょっとは気をつかえよな。
ゲテモノを食べ終わると、モンスター達に別れをつげ、次の町に向かって歩き始めた。1時間ぐらい歩くと「ハルベリーナ」という町に着いた。俺達はまず空腹を満たすためレストランに入った。そして、片っ端から注文して、味わう間もないほどがっついて食べまくり、腹をパンパンに膨れさせた。
「もー食べれねー、おなかいっぱいだ」
俺は腹をポンポンやりながら言った。
「私も!こんなに食べたの初めてかも!」
サラも腹をおさえている。
「俺ちょっとトイレ行ってくる」
席をたち、トイレで用を足した。すっきりして戻る途中、イカツイ兄ちゃんと肩がぶつかった。
「おい、いてぇじゃねぇかよ!なにすんだ!」
兄ちゃんはいきりたっている。
「すまん、すまん、許してくれ」
別に俺が悪いわけではないが、ここは穏便にすませようとした。
「悪いと思ってるなら金出せよ。当たり前だよな?傷つけたんだから」
「それはできない。ケガなんてしてないだろ?」
「なんだと、このガキ!」
兄ちゃんは思いっきり右手の拳で殴ってきた。俺は左手でガードすると右手で相手の腹を打った。そんなに力を込めたつもりはないが兄ちゃんはガクっと膝をついた。
「いっつー」
兄ちゃんは腹をおさえている。勝負がついたので俺は立ち去ろうとすると、パチパチパチと拍手をしながら1人のおじさんが歩み寄ってきた。
「すばらしい!あなたそうとうお強いですね。金ならいくらでも払いますのでどうかその力を私にかしてくれませんか?」
「どういう内容かによりますね」
「実はあるモンスターに私の娘が狙われているんです。今日中に娘を差し出さないと一家皆殺しにすると脅されていまして、ほとほと困り果てています…」
「警備兵にその事は言いましたか?」
「言いましたが対応できないんですよ。というのも相手の居場所がわからないのです。部下のモンスターがテレポートして娘を迎えにくる手筈になっているので、どこにテレポートするのか皆目見当がつかないのです」
「なるほど…娘さんを差し出すと殺されてしまうのですか?」
「いや、それはないと思います。他にも娘をさらわれた人達がいるのですがちゃんと帰ってきたようです。しかし、あんな事やこんな事をされて、かなりやつれていたとの事です」
「ほう。ところで部下のモンスターがテレポートして来るなら、部下は倒せますが、親玉には手出しできませんね。俺をどうやって親玉の所まで連れて行くつもりですか?」
「そこなんですが、実は私、自分はもちろん、他人も変身させる魔法を習得してまして、あなたを私の娘に変身させて敵地に乗り込んで頂きたいのです」
「そういう事ですか…わかりました!やってみましょう」
「おお、やってくれますか!それではさっそく私の家に来てください」
俺はおじさんの家に案内された。モンスターがやってくるのは午後5時。今の時間は午後4時58分だからあと2分か。時計を確認していると扉を勢いよく開けて入ってくる者がいた。コイツが噂のモンスターか…
「ちょっと早いが、約束の時間だ!もちろん娘を渡す準備はできているな?」
「待ってくれ、どうか…どうか娘を連れていかないでくれ」
おじさんは迫真の演技をみせた。すでに俺と本当の娘さんは入れ替わっているので、これは事前の打ち合わせ通りの行動である。
「お父さん、私行くわ!家族みんなのためだもの…」
俺も慣れない女言葉を使って演技した。
「そんな…なぜこんなひどい事をするんだ!やめてくれ!」
「ええい、うるさい!親父は引っ込んでろ!さぁ行くぞ!」
モンスターは予想通り勘違いをして、俺を娘さんだと思って腕を引っ張った。そして魔法を使い、ワープした。
「頼みましたよ、アロルさん」
ワープした先は洞窟の中だった。いったいどこの洞窟だ?
俺は腕を引っ張られ、親玉の所に連れていかれた。
コイツが親玉か…体は人型だが、顔はまるで豚のようだ!この顔じゃあ人間の女の子にはもてないだろうな。
「ぐははは、よく来たな。俺の名はウスロフだ。よろしくな!かたくならずにこっちへ来い」
俺は変身を解いた。
「なに!?男!?貴様騙しやがったな」
「貴様を倒すためにここへやってきた。覚悟してもらうぞ」
「生意気なー」
俺はまずはジャブで様子をみた。ウスロフは意外と身軽でヒョイとよけた。まぁこれぐらいの動きは想定の範囲内だ。次に左フックを放った。この攻撃もよけられ、ウスロフは上段回し蹴りを打ってきた。俺は身をかがめて攻撃をかわすと、腹に右ストレートを打ち込んだ。態勢が悪く、あまり力が入らなかったため、たいしたダメージは与えられなかった。次の攻撃をしようと構えた時!
「あっ、あれなんだ!?」
ウスロフの部下が大声で言った。俺はクルっと横を向いてしまった。ウスロフは計算通りという顔をして右ストレートを俺の顔面に打ち込んだ。
しまった…こんな古い手にひっかかってしまうとは…
それにしてもなんて力だ。顔が割れるように痛い!こうなったら本気でいくぞ!
「くらえ!メサオ!」
ウスロフは炎で覆われた。
ウスロフの部下が急いで近くにあった水をぶっかけた。なんとか体の火傷は軽傷ですんだが心に負ったダメージは大きい。もう戦う気力はないだろう。
「また火だるまになりたくなかったら二度と女の子をさらったりするんじゃないぞ。それとお前、俺を元の場所に戻せ」
「へ、へい」
俺はおじさんの家に帰り、朗報を伝えた。
「ありがとうございます。本当に助かりました」
やはり人助けというのはいいものだな。
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