いっぱい食べなよ。
睡木蓮
第1話赤いきつね
私はひとり暮らしを始めて3年は経つが、お店で赤いきつねを見つける度に、少なくとも3つは手に取ってしまう。
赤いきつねをひとり占めできるのが嬉しくて。
私には2歳離れた弟がいる。
弟はひどく少食かつ偏食だ。
焼肉屋に行けばカルビ1人前しか食べないし、回転寿司屋に行けばメロン2切れしか食べない。
家のなかでもグミとポテトチップスばかり食べ、身体に悪そうな色の炭酸飲料ばかり飲んでいた。
弟は大変な痩せ型で、身長もずっと小さかった。
心配した母はあれこれと栄養のある食べ物を勧めていたが、弟はほとんど口にしなかった。
食べること自体があまり好きではないようだった。
弟は小学校4年生のときに水泳を始めた。友達が通い始めたから、という理由だったが、身体が丈夫になってほしいと常々思っていた母は大喜びで通わせた。
学校から帰ってきて、夕方にスイミングスクールの送迎バスが迎えに来るまでの1時間。
私と祖母は、なんとか弟の胃袋の中に食べ物を入れてから送り出そうと、毎週必死だった。
母に頼まれたからだ。空腹のまま運動して倒れてしまうと悪いから、何か食べさせてから送り出してほしいと。母は、夕方はまだ職場にいるのだ。
私と祖母がいくら言っても、弟は不機嫌になるばかりで、食べ物に手をつけることはほとんどなかった。
食べさせたい私と祖母。
食べたくない弟。
双方にとってストレスな時間だった。
そんな折、弟が喜んで食べる食べ物が見つかった。
それが赤いきつねだった。
今日は時間がないから、と祖母がささっと出した赤いきつね。
弟は珍しく完食した。
そして次の週も赤いきつねをリクエストした。
あの弟が食べ物をリクエストするなんて。弟を送り出した後、私と祖母は気の抜けた笑いがしばらく止まらなかった。
正直なところ、私は面白くない気持ちもあった。
赤いきつねは私の大好物でもあるからだ。
弟も赤いきつねを好んで食べるようになってしまったら、私の分がなくなってしまうかもしれない。
それ以来、悔しかったが、私は赤いきつねを食べるのを我慢することにした。私は食べられるものがたくさんあるが、弟はそうではないから。
あれから10数年。
弟は来月成人式を迎える。
ずっと延期されていたが、ついに式を開けるようになったそうだ。
相変わらずの痩せ型だが、身長は180cmを超えるほどに大きくなった。
少食、偏食の具合も少しは落ち着いてきたらしい。大学の友達とラーメン屋巡りをしていると聞いたときは本当に驚いた。
でも。実家に帰る度に、赤いきつねのカラ容器を見つける。まだ好きなんだね。
弟へ
成人おめでとう。
今度赤いきつねを送ります。
いっぱい食べなよ。 睡木蓮 @suimokuren
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
夢喫茶でお茶を一杯/ににまる
★3 エッセイ・ノンフィクション 連載中 5話
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます