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 その日の晩、腹を空かしたぷん座右衛門が蕎麦屋への道を歩いていると、けたたましい鳴き声と共にキラキラと光り輝く巨大な鳥が頭上を飛んで行った。間違いない、先程玄助と見た、あの虹色の羽の持ち主だ。腰に帯びた二刀の刀を手で抑え、輝く鳥を追って走り出す。


 ………もうずいぶんと遠くまで走った。最後にあの輝きを目視できたのは、あの双子山の麓。この双子山というのは大昔からの言い伝えで、双子の神がこの山の麓の湖を守っているらしい。一回り大きい湖を兄のリンドウ、小さい方を妹のスズランが守っているといういかにも老人が好みそうな作り話だ。

先に着いたのはすずらん湖だった。辺りは薄暗く、湿った空気が漂っている。小さな湖を一回りしたが何も見つからず、その隣のりんどう湖に足を運ぶと微かに何かのうめき声の様なものが聞こえる。その声を頼りに近付いていくと、その声の正体にぷん座右衛門は自らの目を疑った。




「何て美しい生き物なんだ。」



「……………誰?!」



「……すまん、驚かすつもりは無かった。お前は一体何なんだ?」



「……人間などに我らの事を語る価値は無い。失せろ。」



「人が嫌いか?」



「当たり前だ。お前たちはこの羽欲しさに私の兄を殺し、私をも手掛けようとしている。醜い生き物よ、滅んでしまえばいい!」



「………その傷は、誰にやられたんだ?」



「近寄るな!汚らわしい!今すぐ失せろ!さもなくば食い殺してやる!!」




 必死に威嚇するその目を真っ直ぐに見つめ、一歩、また一歩と近寄る。




「お前がスズランか?」



「………!なぜ私の名を?やはりお前もあいつらと同じくこの羽を……」



「団子屋のジジババが居てな。あの老人共、絶対にボケてるんだろうな、毎日同じ話をしてくる訳だ。………この双子山の言い伝えの事さ。兄のリンドウと妹のスズラン、いや、まさかとは思っていたが実在したのかお前たちは。」



「私たちは初めからここで産まれた訳では無い。元はと言えば空界の生き物だ。だがある日、私が兄と気晴らしにここの上空辺りを飛んでいた時、赤子の泣き声が聞こえた。兄は気にするなと言ったが私はどうしても赤子が無事か心配で、この地に降り立った。

丁度あの岸辺辺りに、二人の赤子を庇って倒れている女が居てな。その女は既に死んでいた、背中を深く切りつけられてな。もうずっと昔の話だ。」



「それで?なぜお前らはその空界とやらに帰らなかった?」



「………可愛くてな、私の羽を掴んで遊ぼうとする赤子たちがどうしようもなく可愛くて、どうしてもその場に置いていけなかった。だから私はしばらくここに住まう事を兄に告げたら、妹の私を守るのが兄の務めだと言って彼も共にここに残ったのだ。兄はその赤子たちに名前を付けた。男の子の方に、俺の様にいつでも妹を守ってやれと、守之吉(しゅのきち)。女の子の方には、俺の妹の様にいつでも優しくあれと、お優(ゆう)と名付けた。兄が付けたその名が私は大好きだった。」



「良い兄ちゃんじゃねぇか。」



「ああ、だがもう、あの優しい笑顔を見ることは二度と無い。それもこれも全て、醜い人間どもの仕業。お前と同様にな。」



「助けてやった赤ん坊の事も、醜い生き物だと思うのか?」



「……………!!」



「………傷口、見せてみろ。」



力なく顔を伏せたスズランの背中にそっと手をあて、浴衣の端を引きちぎると、その布で傷口を塞いだ。



「持っていきたければ、持っていけ。」



そう言って胸元に生えている一際輝く羽を一枚、くちばしで抜き取るとそれをぷん座右衛門の足元に投げ捨てた。

その羽を拾い上げ、指先でくるくると回しながらスズランに問う。



「………もう一度聞く、誰がやった?」



「珍物問屋の長十郎と言っていた。兄を殺したのも…………あいつだ。」



「……わかった。」



「何をするつもりだ?お前の助けなど必要ない……これ以上私に関わるな!」



「ピーピー言ってねぇで安静にしてろ、あほう鳥が。」



「なっ…………!」



スズランの羽を懐にしまい、ぷん座右衛門は歩き出す。

町に戻ったぷん座右衛門が向かった先は………。






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