第五章(14) 友のために
と、突如黒い竜の身体が吹っ飛んだ。突進を受けたかのように、壁に打ちつけられる。
「兄様!」
フェガリヤが振り返れば、兄はまるで岸壁に
「――ハイム、お前はまだ、ここにいたか」
振り払うように爪を振れば、透明な何かが黒い竜から離れた。間髪入れずにメサニフティーヴが息吹を吐けば、透明な何かは悲鳴を上げて姿を現す――メサニフティーヴが呼んだように、それは『戦竜機』化したハイムギアだった。
他の『戦竜機』と同じく暴走しているハイムギアは、咆哮を上げれば再び姿を消す。メサニフティーヴは宙で羽ばたきながら、辺りの様子をうかがう。
どこからくる。どう出てくる。
見えない敵の動きに集中する。
――かすかな空気の流れが、鱗を撫でた。
次の瞬間、メサニフティーヴは風を感じた方へと向かって、球体にした息吹を吐き出した。輝く球は透明な何かにぶつかり、破裂する。
確かに、ハイムギアには「透明になる」という力があった。
けれども竜の力そのものは、メサニフティーヴの方が上回っていた。
爆発に巻き込まれたハイムギアは、身体をちかちか瞬かせながら落ちていく。しかし彼はまだ暴走している。地面に叩きつけられるも、すぐに起き上がり、黒い竜を見据える。
「ハイム」
かつて友だった竜の、あまりにも凄惨な姿。血を吐きながらも、彼はまた吠える。
――躊躇いがないわけではなかった。
彼は間違いなく友だった。良き仲間だった。たとえ、あんな姿になったとしても。自身の命を狙っているとしても。
ああ、けれども。
その、どこか、苦しそうにも見える様子。
メサニフティーヴは瞼を下ろした。同時に、ハイムギアが姿を消す。
その刹那、一陣の風が吹いて。
――赤い月光が照らす中、決着がつく。透明化したハイムギアが翼を広げるその前に、黒い竜はすでにその首に噛みついていた。
顎に力を入れる。骨を砕く。潰す。
かつて友だった竜の短い断末魔を、間近で聞いた。そして力が抜けて、ぐったりとハイムギアは倒れた。
手足はまだぴくぴくと動いていた。声もかすかに漏らしている。だがこれでもう、動けない。
しかし死んだわけではない。『戦竜機』は不死身。いずれ全てが元通りになり、彼はまた立ち上がるだろう。
そして、永遠の苦痛に捕らわれるのだ。
だからこそ、メサニフティーヴは覚悟をして、彼を仕留めた。
「……フェガリヤ」
優しく妹を呼ぶ。彼女はすぐ隣に来ていた。
月の涙。月の女神の分身に、頼む。
「どうか、ハイムギアを、救っておくれ」
フェガリヤは黙って頷けば、ハイムギアの隣に座り込んだ。
「ハイムギア様」
白い手を『戦竜機』の頭に伸ばす。そっと撫でて、彼女は子守唄を歌い始める。
彼女から漏れる光に照らされてか、はたまたその歌声に聞き入ってか、最初こそ苦しそうな声を漏らしていたハイムギアは、ふと黙る。
やがて彼の身体から光が溢れ出る。フェガリヤと同じ、月の光。導かれ出てくる、魂。
「ハイムギア様……いままで、ありがとうございました……」
少女の声は震えていた。
「月の微睡で、ゆっくり休んでください……」
高い声を『戦竜機』は漏らす。奇妙な仮面をつけられてしまった顔。その仮面の下から、透き通った液体が溢れ出た。
ふとメサニフティーヴは、彼がこちらを見ているかのような錯覚を覚えた。
「友よ」
最期の別れを、口にする。
「友よ、どうか、安らかに……」
光が弾けた。魂を閉じ込めていた檻ごと光となって、宙に溢れ出した。光はまとまればふわふわと兄妹の周りを漂う。
フェガリヤが手を伸ばせば、光は導かれて彼女の胸の中に入っていった。
――ハイムギアは月へと還っていった。
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