第四章(02) 竜の墓場

 『戦竜機せんりゅうき』。竜と、鉄をはじめとした無機物の合成物。竜の全てを使い、魂をも癒着させ原動力とした兵器。命を素材とした道具。

 魂を歪め、生物としての理を歪めたもの。生物という規格を越え「不死」というよりも「存在の固定」を得たもの。


 生物を機械化したとも、機械を生物化したともいえる存在。

 故に、全く新しい存在。全く別の存在。


 その詳しい仕組み、創造の方法を知っている者は、もうこの世界にいないだろう。

 フェガリヤとメサニフティーヴでさえも、どうやって恐ろしい兵器が作られるのかは知らない。

 ただ兄妹が知っていることは、それが間違いなく、生きた竜を元に作られているということ。


 数日前に連れ去られた仲間の竜が『戦竜機』として変貌した姿で里に帰ってくる。もう竜としての心も記憶もなくなり兵器と化したそれは、ためらわず自らの里を滅ぼす。


 ……黒い竜と銀の少女の兄妹も、それを見てきた。 

 惨たらしい姿で帰ってきた友が、里を、自分達を襲うところを。


「思ったよりも荒れてはいなさそうですが……」


 明かりが一つも灯っていない廊下。フェガリヤが歩けば、こつこつと音がする。廊下は広く、並ぶ扉も大きい。竜を扱う工場なのだ、竜のために作られている。そのおかげで、フェガリヤと並びメサニフティーヴも進める。


 先から風が流れてくる。低い音が這い寄ってくる。単純に風によって鳴っているだけか。それとも。壁の亀裂から射し込む外の光に、血で染まった床が照らし出されていた。それを踏みしめて、兄妹は慎重に進んでいく。よく耳を澄まし、また闇に眼を凝らす。


 やがて奇妙な音が響いてきた。わぁんと響いたものの、重く鋭い音。

 鳴き声。フェガリヤが足を止め、メサニフティーヴが牙をむく。廊下の先、その闇にはまだ何も見えない。何かいる気配もない。


「やはり、いるな」


 メサニフティーヴが囁く――いまのは間違いなく『戦竜機』の声だった。


 と、まるで黒い竜の声に反応したかのように、近くの部屋からもがくような物音がした。フェガリヤは驚き怯えるものの、兄に寄り添い瞳を鋭くさせる。メサニフティーヴもすぐに身構え、音がした方を睨む。


 音は近くの部屋から聞こえた。壊れた扉が多いものの、その部屋の扉はまだ存在していて、硬く閉ざされている。

 フェガリヤは兄と見合うと、そっと扉を開けた。薄暗いものの、広い部屋がそこにあった。ひっくり返った椅子、散らばったガラス。一歩踏み入れば、劣化してもう文章が読めない資料を踏んだ。


 部屋の中央、台があった。大きなものがいくつか、その周りには、小さなものがいくつかが乗っている。

 大きなものが頭をもたげる。フェガリヤは悲鳴を上げそうになって口を押えた。

 竜。それも上半身だけの。まるで釘でとめるかのように、いくつもの細い針で台の上に固定されている。周囲に同じように固定されているのは、切り離された腕や翼。見れば、コードや金属が中途半端に埋め込まれている。


 それでも竜は動いていた。腕や翼は動いていないものの、上半身の見える肉の部分は脈打ち、また牙を宙にむいている。

 目はなかった。虚ろだけがあった。くりぬかれたのだろうか。

 台の周囲や下を見れば、腐った肉もあった。よく見れば金属が埋もれていて、竜の尾のもののような骨もある――もしかすると、これは下半身だったのかもしれない。


「……『戦竜機』にされている最中に、放置されたのだな」


 メサニフティーヴが悲痛に顔を歪める。目の前にいる竜は、部分的に腐っていた。完全に『戦竜機』にはなっていなかったのかもしれない。

 しかし月が赤くなった後に放置されたのだろう。死ねなくなった竜は『屍竜しりゅう』になるしかない。目の前の竜は『戦竜機』と『屍竜』の中間のような存在だった。


 上半身だけの、目のない竜は低く唸る。誰かが、何かがいることには気付いているらしかった。フェガリヤはその前に立ち、胸の前で手を組む。


「……もっと早く来てあげられなくて、ごめんなさい」


 『戦竜機』の工場に入るのは、これが初めてではなかった。

 だからこれ以上にひどい状態の竜を見たのは、一度や二度ではない。

 それでも見つける度に、胸が締め付けられる。何故、もっと早く見つけてあげられなかったのかと。


 ――泣いている場合ではない。

 祈る。言葉を紡ぐ。歌う。

 月への道を開く。月の光で憐れな竜の魂を照らし、導いていく。


「もう、大丈夫だから……」


 ……光となり、やっと苦痛から解放された竜は、フェガリヤの光と一つになった。

 月へと還る。

 これで一体目。歌い終えて、フェガリヤは薄く目を開く。


 しかし安心も束の間。先程聞こえた低い声が、再び響いてきた。それも今度はすぐ近くで。


「兄様!」

「ああ……来たな」


 跳ねるようにメサニフティーヴが背後へ向き直る。扉は閉まっていた。

 その扉を巨大な刃物が切り裂いた。刃物がもう一度振り下ろされると、扉はがらんと壊れ落ちる。そして姿を現したのは『戦竜機』――一本の巨大な角が、頭で輝いている。それが扉を壊した刃だった。おそらく、人間に改造されつけられたもの。


 『戦竜機』はフェガリヤとメサニフティーヴを認めれば、突進してくる。メサニフティーヴはすかさず長い尾でフェガリヤを捕まえると背に乗せ、翼を広げてふわりと刃を避ける。『戦竜機』は方向を変えられず、そのまま壁に衝突した。刃の角が突き刺さり、なかなか抜けない。


 やっと抜けた頃には、背後に黒い竜が迫っていた。『戦竜機』が振り返ろうとしたのと同時に、メサニフティーヴは骨を砕かんと首に噛みつく。


 相手の鱗は、メサニフティーヴが想定していたよりも硬かった。どうやらこの『戦竜機』の特徴は、角だけではないらしい。それでも牙を肉に突き刺し、骨を潰そうと、黒い竜は離れない。『戦竜機』が頭を振って暴れると、その角の切っ先がメサニフティーヴの首や身体を走った。鱗が割れ、赤い切り傷が走る。しかし小気味のいい音がして、敵は動かなくなる。


「ありがとうございます、兄様」


 ひらりと兄の背から降りて、フェガリヤは『戦竜機』に歩み寄りながら歌い始める。


 何度か『戦竜機』の工場は訪れているため、わかっている。

 ――ここは、次々に竜がやってくる。だからこちらも、急いで皆を還していかなくてはいけない。


 フェガリヤから光が溢れ出し、その光につられるようにして『戦竜機』の身体も輝き出す。また、妹の放つ月の光に、兄の真新しい傷もゆっくりではあるが塞がっていく。


 ところが、背後でぶくぶくと溺れているかのような咆哮がした。腐敗臭が鼻を突く。


 思わず子守唄を歌いながらもフェガリヤは振り返る。ずるずるとやって来ていたのは、身体が腐り、瞳も涙のように溶け落ちた竜。『屍竜』。まだ何もしていないものの、こちらを敵と見做したのか、牙が零れ落ちそうな口を開く。


「お前は導きを。あれは私が相手をする!」


 妹を背にして、黒い竜は立ち塞がる。


 『屍竜』に対し、噛みつきや引っ掻きは有効ではあるものの、こちらも痛手を負ってしまう。相手は死を内包した者。死そのもの。触れるだけで、生き物を苦しませる。

 だからメサニフティーヴは胸を膨らませると、白い吐息を炎のごとく吐き出した。死してなお活動している竜に対して、生きた竜の力。『屍竜』は瞬く間に吐息に包まれ、悲鳴を上げる。と、もがき苦しむ勢いに、その身体から腐って滴る肉が飛んだ。いくらかがメサニフティーヴの頭や腕にかかれば、じゅうと蝕まれるように鱗が艶を失い、ひび割れ、肉が露わになる。そしてむき出しになったそこにも飛び散ると、肉が溶け、血が滲み出る。


 大きな飛沫がメサニフティーヴにかかった。頭から首にかけて、腐り溶けた竜の肉がかかる。すると白い吐息は勢いを失った。だがそれも一瞬で、メサニフティーヴは身震いをしてふるい落とし、痛みを気にせず吐息を吐き出し続ける。


 『屍竜』が大人しくなったのは、フェガリヤが『戦竜機』を導き終わったのと同時だった。

 銀色の少女はすぐに『屍竜』のもとに駆けよれば、また歌い出す。辺りをぼんやりと照らす、少女の光。竜を導くものであり、また兄の傷を癒すものだが、メサニフティーヴは廊下の先を睨み、身構える――怪しく光る眼がいくつも闇に浮かんでいる。『戦竜機』。それだけではなく、ずるずると身体を引きずる音と、腐敗臭もする。『屍竜』もいる。


 兄が戦う中、少女は歌い導き続ける。時に黒い竜は数体を同時に相手にした。同じく、少女も同時に数体、子守唄を聞かせ導いた。


 闇からはあたかもそこから生まれてくるかのように、次々に竜が現れる。

 それは決して、救いを求めてではなく。

 外から来た者を、殺戮するべき者と認めて。敵対者と認めて。

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