竜なき世界に響く歌 ―それは月の子守歌、あるいは彷徨う者への鎮魂歌―
ひゐ(宵々屋)
第一章 竜と少女と子守唄
第一章(01) 目撃
――『
森に木を刈りに行った者が、顔を青ざめさせ、街に戻ってきた。
時刻は夕方。家々の団欒の時間は、凶報に終わりを告げられる。
町長の指示の元、すぐさま討伐隊が作られた。と言っても、街の若い男達に武器を持たせただけのもの。体格がよく屈強な者もいれば、細くひ弱な者もいる。
仕立て屋のゲルトは、明らかに後者の人間だった。握った槍に、ひどい違和を感じていた。血のように赤い満月に不安を煽られる。
しかし行かなくてはいけない。街に『戦竜機』が来てからでは、遅すぎるのだ。
そうして向かった先で、彼は見た。
「――誰かが、乗ってる……?」
――森に現れた『戦竜機』は、通常の個体よりもずっと大きなものだった。仲間が何本か槍を刺すことに成功したが、それでも動きを封じることができなかった。
暴れ続ける『戦竜機』は、その背から何本も生やしたパイプから、突如紫色の煙を噴き出させた。すると『戦竜機』を近くで囲っていた男達が咳き込み、苦しみ始めたものだから、ゲルトはすかさず口元を袖で覆った。
毒ガスだ。紫色の汚濁は森を満たしていく。濁って見えなくなっていく最前線では仲間達が次々に倒れていく。
恐怖と絶望に、ゲルトはその場から動けなくなってしまった。
しかし、その震えを吹き飛ばすほどの咆哮が、ガスの中から響いてきたのだ。
『戦竜機』のものではなかった。別の方角から聞こえた。
次の瞬間――人よりもずっと大きな影が『戦竜機』に襲いかかった。
突然の乱入。濃いガスでよくは見えないものの、艶やかな黒の鱗が見えた。広げた蝙蝠のような翼に、汚濁が渦を巻く。長い尾が鞭のようにしなる。
そして、ぎらぎらと輝く、深い緑色の瞳。生者の瞳。
竜だ! と、誰かが声を上げていた。
「生きている竜だ!」
それに転がされた『戦竜機』は、威嚇の咆哮を響かせる。すると竜も咆哮を上げて『戦竜機』の首に牙を突きたてる。
その時に、ゲルトは確かに見た。
黒い竜の背に、何かが、否、誰かがしがみついているのを。
誰かが、乗っていた。
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