第3話 もう一人の妖精
ナターシャの案内で迷うことなく森を抜けたフランチェスカは、小高い丘を登っていた。この丘の上にある一軒家に、ナターシャの親友が暮らしているというのだ。
のどかな景色を見ながらしばらく歩いていると、二階建てのログハウス風の住宅が見えてきた。
「あれが、ラビーニャの家だよ」
そう言うと、ナターシャは小走りでそれに向かっていく。
フランチェスカは、置いて行かれないようにと彼女のあとを追った。
玄関前にやってくると、ナターシャは呼び鈴を押すこともためらうこともなく扉を開ける。
「ちょ……! ナターシャ、せめて声くらいかけようよ」
と、慌てて呼び止めるフランチェスカにナターシャは、
「大丈夫、いつものことだから」
と、あっけらかんとした表情で言ってのける。
まるで自宅のような気軽さで、そのまま家の中に入っていくナターシャ。そんな彼女のあとを、フランチェスカは不安そうな表情でついていく。もちろん、玄関に入る時にはお邪魔しますと消え入りそうな声で告げた。
リビングを横目に廊下を進んでいくと、突き当りに階段があった。二人が階段をのぼって二階にいくと、そこはワンフロアが一つの部屋になっていた。
壁には備えつけの本棚があり、多数の本が所狭しと並べられている。部屋の中央には大きな望遠鏡が鎮座しており、存在感を放っていた。
「ラビーニャ、遊びにきたよ」
と、ナターシャは望遠鏡に向かって声をかける。
すると、その陰から小柄の少女が顔を出した。藍色のショートボブと幼くかわいらしい顔立ちのため、二人よりも年下なのだろう印象を与える。空色のケープとショートパンツが、より幼さを強調しているように見えた。
肩越しには、ナターシャと同様の半透明な羽が顔を出している。彼女の羽の色はナターシャとは違い、淡い藍色をしていた。
「ナターシャ、君は本当に学習しないね。家にあがる前にチャイムを鳴らしてくれって、いつも言ってるでしょ」
ラビーニャと呼ばれた少女は、呆れたようにそう告げる。けれど、その表情は怒っているようにも見えた。
「ごめんって。いいじゃん、普段ここにくるの、あたしだけなんだし」
ナターシャは悪びれるそぶりもなくそう言うと、新しい友達を連れてきたとフランチェスカを紹介した。
フランチェスカが笑顔で自己紹介すると、びくりと体を震わせて直立不動になってしまった。
「えっと……?」
彼女の反応に困惑して、フランチェスカはナターシャに視線を向けた。
「あ、ごめん。ラビーニャって、極度の人見知りだったっけ。忘れてた」
と言って、ナターシャは申し訳程度に謝る。
(なるほど、ナターシャってこういう人か)
フランチェスカは肩をすくめると、ラビーニャの目の前にいき目線を合わせる。
「いきなりでごめんね。実は、ラビーニャちゃんに聞きたいことがあってきたんだ」
フランチェスカが優しく告げると、ラビーニャは小首をかしげた。
「人間がこの世界に迷い込んだ時、もとの世界に戻ることってできるのかな?」
フランチェスカがたずねると、ラビーニャはつり目ぎみの瞳を丸くして弾かれたようにナターシャを見た。
「フランチェスカは人間で、いつの間にか森の中にいたんだって」
ナターシャがそう言うと、ラビーニャは肩の力を抜くように深く息をついた。
「そういうことか。ぼくはてっきり、ナターシャが悪人を連れてきたのかと思ったよ」
そう言うと、ラビーニャはフランチェスカに視線を戻して、先ほどの態度は失礼だったと頭をさげた。
「謝らないで。さっきのは当然の反応だし、突然きたのはこっちの方なんだから」
自分は気にしていないからと、フランチェスカは慌てて告げる。
「そう言ってもらえるとありがたい。まったく、ナターシャも少しはフランチェスカを見習ってほしいよ」
と、ラビーニャが言うけれど、ナターシャはどこ吹く風とばかりに意に介していないようだ。
やれやれと肩をすくめたラビーニャは、話を戻すべく小さく咳払いをした。
「それで、人間がここにきた時に、もとの世界に戻ることはできるのか? だったっけ?」
ラビーニャの問いに、フランチェスカはうなずいた。
「結論から言えば、もとの世界に戻れるよ」
「本当!?」
「うん。その人間がここにきた方法を使えば、基本的にはね」
「基本的には……って?」
フランチェスカが不思議そうにたずねると、
「この世界の秩序を乱した人間は、強制追放されるんだ。そうすると、もとの世界にも戻れず、どこに飛ばされるかもわからない。まあ、ぼくも話に聞いただけだから、詳しいことはわからないけどね」
ラビーニャは微笑みながら、そう告げた。
「……ラビーニャがあたし以外の人と普通にしゃべってるの、初めて見たかも」
ぽつりとナターシャがつぶやいた。
「ナターシャ、君はぼくを何だと思ってたんだい?」
「極度の人見知りで、あたし以外に話し相手がいない子」
考える素振りも見せずに、ナターシャが答える。
「たしかに、普段ナターシャとしかしゃべってないけど、極度の人見知りではない……と思う」
「えー? でも、
ラビーニャの抗議に、ナターシャは疑いのまなざしを向ける。
「そ、それはそうだけど……。でも、もう少し考える素振りくらい、してくれたっていいじゃないか」
拗ねたようにそっぽを向いて、ラビーニャは文句を言った。
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