神々の集まり

仮名

第1話

「それでは、明日までに必要な書類を集めといてくれ」

「分かりました」

社長の後方で私が、頭を下げる。見られてもいないのに、私が頼んだわけでもないのに、どうして私が頭を下げなければならないのか。目の前の男は、こちらの様子をうかがうことなく、スマートホンを取り出した。


二十五歳にして一流上場企業の社長に就任した、神林かんばやしグループの社長神林鉄尾アイアンテールの元へ配属されたのは、今から三年前のことだった。海外からのバックパックから戻った私に、親友がコネでここを紹介してくれたのだ。

社長秘書という仕事をドラマの中の仕事としか認識していなかった私にとって、それは新しい興味心の注ぎ先でしかなかったので、間髪入れずに返信した。

そこからの三年間、今日にいたるまで、目の前にいる男は少しも私に口をかけてはくれない。別に口説かれたいわけではないのだけれど、死後の一つや二つあってもいいのではなかろうか。

もう私にとってこの会社で働くことの楽しみといえば、会議や、他社訪問の間にある45階の社長室から外の眺めを見ることだけだった。


目の前のクールという皮をかぶったぶっきら棒が、やけに高そうな椅子から立ち上がる。

「どちらまで」

「すぐ戻ります」

やはりいつもと同じように、すっと部屋を出て行った。少し部屋中に張り詰めた空気が和らぐ。彼は一度出ていくと、10分は戻ってこない。高そうな革製の漆黒色の椅子に座ってみた。いつも顎で使われるのだ。これくらいしないと釣り合わない。キャスターを回して、いつも彼が背後にするガラス張りの窓へと体を向ける。

少しの背徳感がより一層、感覚を研ぎ澄まさせているような気がした。だけど、こんな日に限って窓の外は一面曇り空だった。乱立したビル層の中からのぞかせる灰色の雲もまた味なのかもしれない。


と、扉のあく音がした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る