望想

nandemo arisa

第1話 夢

 あれは、中学の時だった。田舎町の中学校で過ごしていたころの話だ。

 その学校では全校生徒が16人しかいなかった。同じ学年の子は私を入れて5人しかいなかった。大体皆が友達になっていたし、違う学年の子も小さい時からの顔見知りで先輩や後輩といった感覚は薄かった。

 昔からの知り合いだから、関係を変化させることはとても難しい。

けれど、思春期の私たちにはこの小さい世界の中で好きな人が出来ることだってある。私にとってのその人は、一つ上の晴臣くんだった。

彼は隣の家に住む幼馴染で、よく家族同士で遊んだものだった。

彼は小さい頃から私を妹のように可愛がってくれていた。大抵、遊びに行くと「ほら。」と言って私の手を取り、手を引いて歩いてくれた。私は小さい時から、そんな晴臣くんが好きだった。

 中学生になると彼は”先輩”と呼ばせたがった。何故か私と距離を取り出したようだった。そして、その頃から、彼はよく同級生の聖子ちゃんと一緒にいるようになった。その学年は、晴臣くんと聖子ちゃんしかいなかったので、何でもかんでも二人で組まされていた。それを見ると、トゲトゲとした気持ちが芽生え始めていた。

 

 私が中学二年の秋、少しは距離が出来たけれど、それでも晴臣くんと昇降口で会うと、一緒に帰り、公園で話したりしていた。


「夢、俺さ、高校は東京の高校に行くことになるんだ。」

「そうなんだ。皆、ここを出て行くもんね。」

「寂しいだろ。」

「そりゃ、寂しいよ。だって、ずっと子供のころから一緒にいたんだもん。」

「だよな。」

「聖子ちゃんは?聖子ちゃんも出て行くの?」

「聖子?聖子は関西の方に行くって言ってたよ。」

「そっか。…バラバラだねえ。」

「うん。バラバラ。」


私には、マフラーに顔を埋める晴臣くんがとても寂しげに見えた。聖子ちゃんとの別れが影響しているのかもしれなかった。トゲトゲしたものがどんどん増えてくる。


 そんなある日、小さな事件が起きた。

 この辺では、お正月にある神社のお祭りが一年で一番大事な催事だった。大人たちも、そのお祭りを大事にしていた。そのお祭りというのは、子供たちが12月の間ほとんど毎日神社へ通い、一本の紐を作るという珍しい習わしだった。その紐は、お祭りが終わると、今年も健康に過ごせますようにという願いを込めて、神主さんに燃やしてもらう。好きな色を選んで、近所のおじいちゃんやおばあちゃんが作り方を教えてくれる。皆、それを作る私たちに「大事に大事に作りなさい。そして、ここの火でえ、しーっかりと燃やしてもらわねばね。」と真剣な面持ちで言った。そして、15歳になるまでは必ず毎年作り続けるようにという決まりだった。

 その大事なお祭り前日に、私の紐だけが無くなってしまった。こんな事が起きるのは初めてのことで、皆で探したけれどどこにも見当たらなかった。大人たちは動揺していたが、急遽、一日で私は短い紐を作り直すことになった。いつもは優しい両親が、あんなに声を荒立てて怒る様を私は初めて見た。


 三月のはじめ、晴臣くんと聖子ちゃん二人の卒業式が行われ、次の日に聖子ちゃんは車で関西へ出発した。


「皆、見送りに来てくれてありがとう。元気でね。」


 聖子ちゃんは、笑顔でそう言った。そして、車に乗り込む前に私を手招いた。私は手を引かれるがままに聖子ちゃんの近くに寄ると、聖子ちゃんは怪しい笑みで耳元で「元気でね。」と言った。

 聖子ちゃんが乗り込み、車が走り出す。すると、私の後ろにいた晴臣くんが走り出した。車を追いかけて行く。けれど、車に追いつけるはずもない。だけど、見えなくなるまでずっと走っていた。

 それを見ていた私の学年の女子たちは、きっと晴臣くんが聖子ちゃんを好きだったのだと噂した。

 私はあれを間近で見て、トゲトゲが変化していることに気づいた。トゲトゲはトゲトゲではなくなった。例えて言うならヘドロのようにねっとりとして、生臭く、吐きそうになるほど胸焼けするようなモノだ。


 その次の週には、晴臣くんが電車で東京へ旅立っていった。聖子ちゃんの時同様、晴臣くんも皆に笑顔で「元気で。」と、言う。そして、晴臣くんは私に小さく微笑んで電車に乗った。自意識過剰かもしれないけれど、そうだと良いなと思った。電車が走り出すと私は走り出した。あの時の晴臣くんのように。

そして、溢れる涙を袖で拭いた。

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