第87話 ステファニー・テオドルス・ホフステーデ

 俺が魔力のありったけを込めたワイヤーは国王陛下の剣をはじき、王妃様の魔法と視線を遮った。

 すると俺の力が戻ってくるのを感じる。

 そして従魔との絆が戻ったのを感じる。

 そう、王妃様の目を見た瞬間から従魔との絆を感じなくなったのだが気付けなかったのだ。

【シロ!こっちに来る事ができるか!】

【む!やっと繋がった!主よ、魅了されておったようだな!今すぐ向かおう!】

 魅了って?


 すると国王陛下と王妃様が急に身を引いた。

「そこまで!」

「止めなさい!」

 その瞬間シロが俺の目の前に現れた。


 だが俺は興奮しすぎていた!

【何か知らんが襲われた!護ってくれ!】

 シロが何かを吐き出した。

 それは土だと気付く前に俺は急いで盾と剣を作った。

 シロがさらに吐き出す。

 今度はそれで俺の周囲に壁を出現させ囲う。地面も天井もだ。

【シロ戻れ!】

 シロは消えた。

 残った土で二重の囲いを作り、シロが俺の隣にやってきた。

 壁と壁の間には土から取り除いた余分の水分を注入した。

【それでどうするのだ?】

【分からん。二人の目的も俺を襲う理由も謎なままだから、まず時間を稼ぐ。ポチに来てもらうべきか?】


 今は念話でシロと話をしている。


 そして俺は自分を呪った。

 魔族とセバスチャンが言っていたおっさんを捕獲し、俺って結果国を救った英雄になったんじゃね?と己惚れてしまったのかもしれない。

 バカな事だ。

 こんな事ならもっと目立たずに生きるべきだった!

 こうなる事を避ける為、薬草採取で身を立てて地味に暮らしていたはずなんだ!どこで間違った?


 周囲で何か聞こえるようだが、防音も完璧だからな!


 は!もしかして俺がフロリーナの執事だっけ?お守の爺さんを勝手にセバスチャンと名付けたのがそんなに罪だったのか?若しくは相当怒りを買った?

 ああ、あの時死んだなと思ったが、マジで死んだなこれは。


 こうして土砂剛史・クーン・カウペルは人生二度目のピンチ(一度目は回避できずに死んだ)を迎えたのだった。


 ここで俺は起死回生の一手を思いつく。


 ふふふ・・・・ダイスの出番だぜ!

 怖くて一度も使った事のないダイス。

 どんな効果があるのか、どう作用するのか、己にどう影響があるのか全くの未知数。だがここでの出し惜しみは悪手だ。


 ここでクーンが落ち着いていたらもっと違う判断ができたのかもしれない。


 それに追い打ちをかけるかのように壁から衝撃が伝わってくる。

 攻撃を受けている証拠だ。


【天ちゃんにポチ、声が届いているか?】

【ああ聞こえるがどうしたのだ?主との絆が少しの間途切れたぞ?念の為いつでも駆け付ける準備はしてあるぞ。】

【我はいつまでここに居ればいいのだ?主は攻撃を受けた。我の力をもってすればこの城の一つや二つ造作もないぞ。厄介なのは城壁だけだったからな。今ならすぐにでも飛び立てよう。】

 だがこの時既にポチはクーンの近くまで建物をよじ登りやってきており、色々破壊していた。



【シロも含め聞け!今からダイスを振る!俺がこの世界に転生された時にどさくさで神から持ち去ったアイテムだ!異世界あるあるでは神のアイテム。その力はさっぱり分からん!】


 どうしてクーンは自分が襲われたのか、そして誰かが【そこまで】と言って止めようとしたのだが気が付いていない。

 何せ生きるか死ぬか、その瀬戸際なのだ。

 死にたくない!

 その想いと状況がクーンを暴走させようとしていた。


 そして壁越しに伝わってくる衝撃。

 クーンは今、二重構造で作られた魔法瓶の中にいるようなもの。但し真空ではなく間には水が入っているのだが。


 そして前後左右上下共に完璧に密閉してしまっているので、そろそろ呼吸がきつくなってきた。


「時間が無い!いでよダイス!我にもたらすのは何ぞや!」


 クーンの右手には10面体のダイスが現れた。

 あの時10面体のダイスを受け取って出した数は1。

 1がいいのか10がいいのか?

 どっちを目指せばいいのか?


 そして最後に思ったのは、この世界で再現できないあっちの素材とか製品とか、どうすれば手に入るのかな?といった漠然とした考えだった・・・・


 そしてダイスを振ろうとしたその時、ついにクーンが形成した壁が倒された。

 つまりクーンも倒れたのだ。


 あ!


 ダイスがクーンの手を離れてしまった。


 ダイスとクーン、シロが転がる。


 ・・・・

 ・・・

 ・・

 ・



 倒れて転がってしまった囲いが止まり、クーンとシロも何とか起き上がる。


 クーンの右手にはダイスが無かった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る