黒人形は死を望む

炯斗

黒人形は死を望む

あるところに くろくてぼんやりとした 『いきもの』ではない「なにか」が ありました。

「なにか」は そんざいをみとめてくれる とあるおばあさんが だいすきでした。


おばあさんは いつもやさしく せっしてくれて あたたかな「こころ」と 「くろ」というなまえを くれました。



――心が生まれた あなたが愛してくれたから――



くろは おばあさんに ちかづきたい と おもいはじめました。

からだや ことばや いのちがひつようだ と かんがえました。


あるひ くろは 『こえ』を ききました。

じぶんを よんでいるように かんじました。

その「こえ」は ふかいふかい あなのなかから きこえます。


あなのそこには はるかなそらを みつめているヒトが いました。

タテにながい ふかいあなから でたい と おとのないこえで さけんでいました。



――聴力みみが欲しい あなたの言葉が聞こえるように――



くらい やみのなかで いのちをつむぐ そのおとを くろも きいてみたい と おもいました。



  『その耳が欲しい 多くの命を聴く、その「耳」が』


  『――生き延びる。その為ならば、くれてやろう』



くろは あなのなかにいたヒトを そとへ だしてあげました。

そして おれいに 『みみ』を もらいました。


みみは おばあさんのこえを よくきくことができて くろは うれしくなりました。




くろは あるひ ふたたび 『こえ』を ききました。

『みみ』をかいして たしかにきこえた 『ひめい』でした。


そこには よにんのヒトが いました。

ふたりは とてもげんきで ふたりは とてもしずかでした。


くろは しずかなほうのふたりが くらいところへ いどうしたので ついていきました。


えんえんとつづく このうすやみから にげたい と ないていました。



――言葉こえが欲しい あなたと話が出来るように――



くろに じじょうを おしえてくれることばが とてもじょうずだったので くろも しゃべってみたい と おもいました。



  『不思議な貴方。では私の口をあげる。役にも立たない弁論を吐くだけのこの口を。ついでに目も持って行くといい。この醜い世の中をもう見なくて済むのなら』



――視力が欲しい あなたを見つめていられるように――



くろは ふたりを うすやみから つれだしてあげました。

おれいに『め』と『くち』をもらいました。


『め』は おばあさんの かたちを りかいできて 『くち』をつかって はなしが できるようになりました。


おばあさんは おどろいて たおれてしまいました。

あわてて くろは おおごえで ヒトをよび たすけてもらいました。



――肉体あしが欲しい あなたを支えられるように――



くろの かなしみに おうじるように また 『こえ』が きこえてきました。


そのヒトは ただずっと たっていました。

ずっとずっと りんとして たちつづけていました。


さいしょは おおくのヒトと ともに たっていた と そのヒトは いいました。

ひとり ふたり へっていき いつしか ひとりきり。


なぜ たっているのか たずねると 「わからない」 と いいました。

たちつづける りゆうは とうのむかしに なくなったそうです。


もはや だせいで たっている と いうので くろは 『あし』がほしい と つたえました。



  『その「肢」が欲しい。多くの命が往き交う中、その身を支え続けたその「肢」が』


  『差し上げよう。最早、立ち続ける気力も意味も存在しない』



『あし』を もらったおれいに くろは 『ゆめ』を ぷれぜんとして あげました。




たまに くろは いままでに かかわった ヒトたちに あいにいきます。

『あし』を てにいれたので あるいていきました。


『め』と『くち』を くれたヒトのもとへ いくと 『め』と『くち』を かえしてくれ と なきつかれました。



  『この心臓を返すから。どうか姉に、目と口を返してください』



――生命しんぞうが欲しい あなたと共に居られるように――



  『ならば、その目、その口、その心臓を共有すればよい。常にふたり共にあれば困る事はない』



それは できなかったので くろは ふたりを ひとつにしてあげました。

おれいに 『しんぞう』を もらいました。



あるひ くろは 『にんぎょう』を みにいきました。

にんぎょうしは とてもせいこうな にんぎょうのまえで ぼうっとしていました。



――触覚が欲しい あなたに触れられるように――



  『その「手」が欲しい。多くの命を生み出した、その腕が』


  『いいだろう。どの途これ以上の傑作はない。こいつに命をくれるなら、この腕は最早必要ない』



くろは にんぎょうしの りきさくに いのちを ふきこんであげました。

にんぎょうしは かんどうして くろに 『うで』を くれました。



くろは だいぶ ヒトのかたちに ちかづいてきました。


あとは なにが たりないだろう と かんがえていると ふと よばれたきがしました。



  『おい妖よ。おまえも妖の類なら、俺の願いくらい叶えられるだろう。代償は好きにやる』



そのこえのぬしは とてもきれいなかおを していましたが そのかおが きらいだ と ないていました。



――かおが欲しい あなたに判って貰えるように――



  『ならば、その「顔」を頂こう。多くの命を惑わせたその顔を』



くろは かおの おれいに そのヒトのじかんを すこしだけ もどしてあげました。



かおを てにいれた くろは さっそく おばあさんに みせにいきました。


ところが おばあさんが どこにも いません。

くろは ずっと まちましたが いつまでまっても かえってきません。


くろは かなしくなって たくさん あばれました。

それでも おばあさんは もどってきません。


かわりに しらないひとが やってきて おばあさんは しんだのだ と いいました。


くろには うまく りかいできませんでしたが もうにどと あえなくなったのだ と ばくぜんと かんじました。



――死が欲しい あなたに二度と会えないのなら――


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