烈国記

@dokuryu

世界はまだ幽暗としていた。

大地と空の境目も判然としない、深淵のような夜である。よく目を凝らして見れば、決して多くはないが光が明滅しているのがわかる。人々が炬火を灯しているのであろう。

ようやく東天が白み、強烈な光芒がこの地を照らした。

黎明れいめいである。

この言葉は暁というだけでなく、人の世の夜明けをも意味している。

この世界の人々は、長く幽玄なる上古の時代を抜け出した。神が主の時代から、人が主の時代へと移り変わろうとしている。

そういった時代のうねりは無数の人の運命をも呑嚥どんえんしていく。そのまま沈降に面する者もあれば、力強く波流を渡りきり、一際ひときわの光彩を放つものもいる。この数多あまたのか細い人生の糸がり集まり、織り込まれていくことで、一つの歴史が出来上がると言ってよいだろう。


そろそろこの大地に目を移してみよう。

朝日に照らされてこの世界の様子も明瞭となった。尤大ゆうだいな原野に人の営みが点在している。その一つから細く延びる道を足早に過ぎる一団があった。壮年の男を先頭に、供の者と幼い子の手を引く女がいる。彼女達の来た道の先には薄煙が見えた。戦乱から逃れてきたのであろう。どの者の顔も暗澹あんたんとしているが、ただ手を引かれる少年のみは幼い瞳に光を絶やさず、しかし時折不安そうに母親の顔を覗きこんでは辿々たどたどしく歩を進めている。

彼の名はキシュウ、字はシインと言う。

これよりは、この時代の渦中の只中を往く彼の生を追うことにしよう。


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