食べない私と食べる私

雪幡蒼

第1話 新しい生活が始まる


春は別れと出会いの季節という。

この春、清野晶子は中学校を卒業して高校に入学する。

「似合うよね……?」

新品で皺一つない、まだピカピカの制服を着て清野晶子は自室の鏡台の前でポーズをとっていた。

明るい色のブレザーに一年生の色を示す赤いリボンが胸についていて、スカートはチェック模様で地味目な色が採用されることの多い学生服の中では華やかな方だ。

そんな立派でおしゃれな制服を見に包んで自分もいよいよ女子高生だと実感する。

「大丈夫……大丈夫……。ちゃんと着れてるし」

言い聞かせるように晶子は鏡の前で制服を着た自分を励ましていた。

晶子の身長は百五十七センチ。十五歳の女子の平均身長だ。 髪の毛は長く、おさげをしていて眼鏡をかけた外見である。

しかし悩んでいたのは少々胴回りが太目になってきていることだった。

その体型により中学校の制服より若干大きめのサイズの制服を買うことになった。

晶子はこの春、地元の校区である中学校を卒業して私立梅沼女子高等学校へと入学するのだ。この地方では県内唯一の女子高である。

晶子の家からはバスで三十分ほどの距離の場所にある高校だ。

中学校までは自宅から通える距離の近い校区の学校に通っていたが高校でそこを選んだのは理由がある。

彼女は勉強がそこそこできて成績もよい方だった。

高校を私立の女子高を選んだのは小学校時代にあるトラウマがあるからだ。

晶子には体のコンプレックスがあった。

晶子は生まれつきふくよかな体型で育ち、小学校時代もその体型のまま成長していった為に他の子よりもやや小太り気味だった。

それを小学校時代は男子から「デブ」や「ブタ」などの暴言を吐かれてからかわれることがあったのでそれで男子が苦手だった。


体型のことで本人も気にしていることを男子にからかわれたことでどうしても男性がいない学校に進学したい、と子供の頃からずっと思っていたのだ。


晶子の身の回りには他人をののしる男子がいたりしてその環境から晶子は男子と話すことも次第と遠ざけるようになっていった。


小学校と中学校では男子がいる教室にいる時はいつも緊張していた。

子供とは思ったことをすぐ口にするからだ。

しかし確かに自分の体型にも非はあるのかもしれない。


そう思い中学校は自分の体を引き締めたいという考えで部活動の中でも一番練習が厳しいバスケットボール部に入部した。

中学校三年間を毎日激しい運動のできる部活にすればダイエットにもなり、痩せた体を得られると思ったからだ。 

バスケットボール部に入部してからの毎日は厳しいものだった。

放課後になり部活動が始まるとまずは準備体操の後に学校の周りを五周のランニングが必須でそれだけでもかなり走ることになるので運動になった。

そこへさらに筋肉トレーニングをするのだ。腕立て伏せ、腹筋、背筋、など様々な筋肉トレーニングをする。それらのメニューもちろん毎日こなすのだ。

ウォーミングアップが終わるといよいよ練習が始まる。

練習もまた厳しく、バスケの試合もあって部活動ではひたすらコートを走り回った。それはそれは厳しく苦しい毎日だった。

しかしそれだけの運動量を毎日していたことにより、中学入学から夏休みまでの基礎鍛錬でさっそく体には成果が出てきたのだ。

中学校入学当初の健康診断では身長百五十センチで体重が五十キロだった晶子の体は部活のおかげで三年生の始めでは成長期もあり身長が百五十七センチに伸びてなおかつ体重は四十八キロになれた。

身長は伸びたのに、体重は減ったので標準的な体型になったのだ。

体育の授業の度に体格により運動が苦手で走るのが遅かった晶子はいつも競争ではびりだった。

しかし部活を始めてからというものの夏休みも毎日部活に行った結果、二学期の体育ではかなり走ることが得意になり、徒競走やリレーはビリから真ん中くらいまでが獲れるようになってきた。 

そこから部活の成果が出てきたことが嬉しくて晶子はますます部活動に精を出したのだ。

頑張れば頑張った分だけ結果が出る、そのことが嬉しくて三年間の部活動が終わる頃にはふくよかだった体にはがっちりとした筋肉が付き、小太り気味だった体は引き締まってスマートになっていた。

ついに小さい頃から「デブ」と言われ続けていた小太り体型からの脱却できたことが嬉しくなったのだ。

中学時代は成長期もあり、部活で運動をしていた頃により背も伸びてきた時期だったこともあり、晶子はなんとか標準的な体になれことが嬉しくてたまらなかった。

しかしそれは長くは続かなかった。

高校は偏差値的にはレベルの高い女子高に進学したい一心で受験勉強に専念せねばならなかった。

晶子はもともと成績は悪くはない方で、頑張れば勉強ができるタイプだった。

しかし中学三年生の夏、部活を引退した時期の時点での模試では進学希望の志望校への合格ラインに届いておらず、このままでは志望校に合格できないという危機を持ってからは部活を引退してからすぐに猛勉強の毎日だった。

部活を引退したことにより運動しない日々になってさらに勉強というストレスがかかる。

学校以外は家に引きこもって勉強することが多くなったので運動する機会がなかった。

そうしているうちに晶子はもともと体質的に太りやすい体だった為かせっかくつけた筋肉も落ちたのか体重が増えていった。

せっかく中学校の部活で苦労して手に入れた標準体型がこんなことでまたふくよかな体型に戻ってしまうことに日々負い目を感じていた。

今の身長は百五十七センチと平均だが現在の体重は五十六キロだった。女子の平均体重よりも重めだ。

しかし受験期には「今は勉強に集中しないといけないから仕方ない」の一心でダイエットをしている余裕はなかった。

勉強の努力のかいがあって成績は伸びていき、秋の模試では無事に合格ラインまで届いた模試の結果を見てますます勉強に根詰めた。

そしていよいよ始まった入学試験本番では落ち着いて取り組むことができ、なんとか無事志望校へと合格したのだ。


そして今年の春からいよいよ晶子の高校生活が始まる。

入学式前の春休みに買った高校の制服を着て、鏡の前でポーズを取る。

「太っちゃったけど、高校入学してまた部活でも始めればまた痩せるでしょ」

そう考えてることにした。そう自分に言い聞かせたかった。

なんだかんだ晶子はこれから通う高校が楽しみだった。ようやく行ける念願の男子がいない女子だけの学校。

もう自分のことを暴言を吐くものもいないだろう。異性の目を気にする必要もない。

それは晶子にとっては理想の場所だった。

ただ一つ残念だと思うのは中学時代から仲が良かった親友の日宮好美とは違う高校に行くことになったことだ。

鏡台から自室の壁に視線を移すとそこには好美と撮ったプリクラや修学旅行の際に撮影した写真が貼られていた。なんとものんきな顔で二人はピースをしていた。

写真の晶子と好美はまだ中学生らしい子供っぽさが残る顔つきだった。

好美とは中学時代、同じ部活だったことで仲良くなり、二年生からは同じクラスになれたこともあってずっと友人付き合いをしていた


もともとあまり人と話すのが得意ではない晶子には好美とは性格が合ったのだ。

バスケ部は体育会系の部活動なので部員は活発的で誰とでも仲良くなれるタイプの明るい女子が多いのだが部活動を試合など青春の為ではなくダイエットの為にと入部した晶子にとってはそこまで好意的に誰とでも仲良くなれる雰囲気ではなかった。

それは好美も同じだったらしく、彼女がバスケ部に入部した理由は「小学校時代が内気な性格だったので中学校では運動部など共同練習が多い部活に入れば仲の良い友人を作れる」という母親のアドバイスからだった。

その考え方は合っているのかよくわからないがそのおかげ晶子は好美と出会い、仲良くなった。

入学したばかりで部活で知り合った頃は出身小学校やクラスが違うということで部活でしかしゃべらなかったがそれでも彼女とは気が合ったので部活が終わった後は家の方向が同じだったこともありよく一緒に帰ったりした。

一年生の時点でそんな関係だったので二年生からは同じクラスになれた時には神様がめぐり合わせてくれたとばかりに喜んだ。

それからは好美とはずっと一緒にいた。休み時間、総合授業、帰り道、いろんなことを好美と共に経験した。

そんな親友と高校は別々の場所に行くことになってしまったのは残念だった。

お互いの将来の目標や希望進路が違ったからだ。


晶子は家庭環境も一般家庭レベルには裕福で、私立の女子高に行ってもいい、と両親も賛同してくれたし、何よりどうしても男子のいない女子高に進学したい、という昔からの願望からだった。

その点、好美は小学生時代に父親を病気で亡くしているシングルマザー家庭で経済的に困窮したために家庭の事情で高校に入ったらバイトをしながら学校に通い、家の金銭的に貢献したいという理由で働きながら学校に通える定時制の高校である県立志宮高校へ行きたい、という理由だった。

晶子の家は一般家庭ではあるものの学費の高い私立に行くことも許されたが好美はその反対に家が貧しかった。

それだとどうしても好美とは将来への道が違ってしまったので志望校が違うというのは仕方ないことだった。

お互いの進路希望でそうやって志望校が分かれたことは残念だったが、それでもお互いのそれぞれの将来にと仕方ないと割り切っていた。

志望校は別々だったが受験勉強をする時には共に勉強をしてお互い受験を乗り越えた。

そして合格発表でそれぞれの志望校に合格した時はお互いの合格を自分のことのように喜んだものだ。

高校は違っても、時々はまた会おう、いつでも連絡してね、ということで春休みは最後に一緒に遊んだ。


そして四月の春休みもまもなく終わろうとしていた。

いよいよもうすぐ高校の入学式を迎える。

行きたかった学校に行けることになって晶子はワクワクしていた反面不安もあった。

高校で仲の良い友達ができるかが不安だったのだ。


男子のいない女子のみの高校なら当然クラスメイトも女子ばかり、それなら女子の比率が多い分同性同士仲良くなれる子のいるチャンスも多いのではないかと思う。


しかし晶子の趣味は少々今時の女子高生らしくないどちらかというとカテゴリー的にはいわゆる一般人というよりはいわゆるアニメが好きというオタク寄りな部類だ。

小学四年生までは周囲のクラスメイトもまだアニメが好きな子供も多かったので話は合ったのだが高学年に上がる頃には周りの女友達は次々とアニメを卒業していった。

小学校高学年になれば女子はアニメなど架空の世界に没頭するよりもファッションやシール集めなどが趣味となり、見てるテレビもアイドルの歌番組や人気タレントが出演しているドラマなど次第に大人びてくる。

晶子は本当は高学年になっても中学生になってもアニメが好きだったが周囲から話が合わないと仲間外れにされることが怖くてわざと話を合わすようにしていた。

そんな中学時代のうちでもやはりその手の趣味の話題で共有できたのは好美だけだった。

好美の家は経済的にお金のかかる趣味はできなかったので家で楽しむことができる趣味としてアニメが好きだったのだ。放送されているテレビアニメを視聴する分にはお金がかからない、ということもあってだ。

アニメ好きという共通点から好美とは趣味も性格が合ったのである。

その好美は違う高校に進学したのでもうこの先一緒にはいない。

高校の入学前にはなんとか今時の女子高生について知ろうとしてファッション誌やいわゆるティーンズ向け雑誌を読んだりした。

少しでも最近の流行についていけば女子高生らしく新しいクラスメイトとも話が合うのではという考えからだった。

しかしファッション誌などを見てもいまいち共感できる部分が少なく女子高生らしいファッションに興味を抱くことができるか不安だった。

雑誌を読むもののいまいち化粧品の単語も覚えられなかった。


準備もしている高校生活、いよいよ高校の入学が近づいていた。







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