第35話 驚きの、解体所



 冒険者ギルド。


 国に縛られない、自由なる人々の唯一のよりどころだ。貢献こうけんの度合いによっては、ギルドが提携ていけいしている施設を、お得に利用することも出来る。

 ベテランになるほど、お得なシステムだ。


 引き換えに、面倒ごとも押し付けられる。レックはその面倒ごとと言う、街道に現れるであろう、大量のモンスターに対処すべく、出かけたわけだ。

 お帰りになって、叫んでいた。


「あのロボットの人、知ってたんっすか?」


 レックは、驚いていた。


 ギルドから依頼を受けて、そして、達成した。引き続き調査が必要なのか、十分にモンスターの数を減らしたとみなされるのか、報告しなければ、分からない。

 とりあえずモンスターの残骸とセットで、報告したのだ。


 ロボットのエルフさんの話もしたのだが………


 血なまぐさい、ギルドの解体カウンターで、ナタを持った巨体のおっさんが、笑っていた。


「あぁ、オレがギルドに入る前から、ロボットを乗り回しててな………いや、スーパー・ロボットって言うんだっけか?」


 さすが、エルフだ。

 中学1年生くらいに見えて、目の前のおっさんより、ずっと年上のようだ。そして、この近辺では、それなりに有名人らしい。たまたま立ち寄ったところで、レックと同じく、依頼を受けたようだ。


 確かに、アレだけのオーバー・キルが出来るのだ。ボスのゴブリンが、普通のゴブリンサイズに見える、スーパー・ロボットだったのだ。


 レックが思い出していると、ドアが開け放たれた。


「おぉ、ラウネーラに会ったのか」


 地獄の鬼が、現れた。

 地獄の亡者を踏みつける、地獄の鬼。その印象がふさわしい巨漢が、現れた。静かに扉をくぐってきただけなのに、ぬっと、怪物が現れた恐怖を抱くのは、当然なのだ。


 この支部の、ギルドマスターだった。


 レックは、悲鳴を上げなかった自分を、ほめたかった。

 そして、お返事をした。


「へ、へぇ、見た目は12~13歳くらいの女の子でやんしたけど、ボスのゴブリンよりも、ずっと大きなゴーレムって言うか、ロボットで現れやして………」


 ビビッたレックは、即座に小物パワーを、フルパワーにした。そうでもしなければ、この地獄の鬼とは、まともに会話も出来るまい。


 言いながらも、上半身を吹っ飛ばされたゴブリンのボスの人を、指し示す。

 ゴブリンの残骸は、基本的にクリスタル以外に価値はない。燃やせば肥料として使うことが出来る。しかし、持ち運びの手間や燃やす燃料の費用などを考えれば、森に埋めたほうがよいとされる。


 ボスだけは、頑丈な皮膚に骨と、役立つためにアイテム・ボックスで回収してきたのだが………


「あぁ~あ、相変わらずクリスタルまで――まて、こっちはレックの魔法か?」


 驚きは、レックの魔法だったようだ。鬼の形相で、鬼のギルマスがにらんでくる。本人に、威圧のつもりはないのだろう。鬼の営業スマイルは、鬼の形相ぎょうそうであるだけだ。


 ビビリのレックは、涙目だ


「え………ええっと」


 間違った返事をすれば、殺される。さすがの小物パワーも、役に立たないほどに、ビビっていた。


 救いの女神が、現れた。


「あらあら、あなたったら………」


 穏やかな雰囲気をまとった、ゆったりとしたロングスカートのご夫人だ。風に流れる真紅のロングヘアーは上品に、女神の微笑みをたたえていた。


 鬼の生け贄にされるには年齢が上であるが、美しさは衰えていない、40あたりのご婦人が、現れた。


 スタスタと、鬼の前へと進んでいくと、レックは悲鳴を上げそうになった。


「あ、あの――」


 危険です、鬼がいます――と、叫びそうになった。

 ビビっていたレックが、思わずそう思っても、だれも責められない。とくに、初対面において、誰が予想できようか。


 見知らぬご夫人は、にこやかに微笑んでいた。


「あなたったら、また若い子を怖がらせて………お顔が恐ろしいんですから、もう少し自覚を持ってくださいね?」


 とんでもない発言が、飛び出した。

 危ない、奥様、お逃げください――誰かが叫びつつ、盾になるべく走り出す。そんな光景を思い描きつつ、レックは違和感に周囲を見渡す。

 ベテランと言うか、なじみの皆様は、ほほえましそうに見つめていた。

 新人らしい人は、笑顔が引きつっていた。


 何か、ありそうだ。


「怖いだって、どこがだよ」


 ギルマスという鬼さんは、一気に形相を悪辣あくらつなものへと変じさせた。獲物が現れた、餌食にしてやろうという笑みに感じた。

 ビビリのレックは、見ているだけだった。


 見知らぬ奥方は、動じていなかった。


「ほらほら、ちゃんと、笑顔だろ?」

「あなたは笑っているつもりでも、普通の人には鬼の形相ぎょうそうだと、いつも言ってるではありませんか………」


 にこやかなる会話………なのだろうか、レックは驚き、動くことが出来なかった。


 そっと、ナタを持った解体職人のおっさんが、教えてくれた。


「ボウズは知らないだろうが………あの人はな、元々ここの受付で、そして――」


 あのギルマスの、奥さんなんだよ――


 おっさんの言葉を、レックは理解したくなかった。

 いや、お約束といえば、お約束である。昔から演劇に出されるほど、前世でもテンプレと言うか、よくある話なのだ。


「奥さん………あの美人さんが?」


 レックは、呆然とつぶやいた。


 聞き耳を立てていた連中もいたようだ。どうやら、新人や見知らぬ人も、混じっていたらしい。

 一斉に、叫んだ。


「夫婦かよっ」


 モンスター解体所が、驚きの叫びによって、揺れた。



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