第8話 偉大なる、マヨ・ラー
転生者
前世の記憶、人格を持った人々のこと。
数百年前、あるいはそれより古い時代の記憶を持つ人もいれば、異世界の人物の記憶を持つ人々もいる。
レックにとっての転生者は、日本人だ。自分も前世の記憶を持っており、一人目である。初日に出会った『テクノ師団』の隊長というおっさんで、二人目だ。
三人目が、目の前にいた。
「ようこそ、日本人の記憶を持つ人よ。私は、バルマス伯爵家の当主、ベースマス・バルマス伯爵です。亡き父が『マヨネーズ伯爵』として、知られていますかな」
今の代の、マヨネーズ伯爵だった。
『キュー○ーに謝れ』と、レックが思った銅像が、ここにもあった。しかも、そっくりなメタボ様が、となりでお待ちだったのだ。
レックは、緊張に、ぴっしり――と、背筋を伸ばし、伯爵の挨拶を受けた。
レックが使いのゴリラに案内されたのは、大きなお屋敷であった。
『キュー○ーに謝れ』と、レックが思ったおっさんの銅像がなければ、ここはまさに貴族のお屋敷と言うべき広さの、お屋敷だった。
レックは、ご挨拶をした。
「こ、こここ、こちらこそ始めまして、伯爵さま。わたくし、レックと言う卑しい冒険者でございまして、へへへ」
へへへと、へりくだっていた。
腰を曲げて、手もみをして、ゴマをすりまくった。
前世の浪人生がそうさせたのか、レックがお調子者なのか、もはや分からない。二人の人格が、手を組んだのだ。
伯爵が、目の前なのだ。
幸い、伯爵は腰の低い人物だった。うまくご機嫌を取り続ければ、無事に生きて、この屋敷を離れることが出来るだろう。
伯爵は、そんなレックの気持ちを見抜いているのか、声をかけた
「ツナマヨおにぎりも気に入っていただけたようなので、ここはぜひ、我が家の料理も味わっていただきたいものです………なに、緊張する必要はありません、ごくごく、普通の食事ですので」
レックは、もちろん喜んでお受けした。
そして――
「………マヨ・ラー………ですか」
マヨネーズだった。
目の前に出されたのは、前菜からスープにメインにと、フルコースらしきお皿が、全て一度に出されている。デザートだけは、さすがに最後に出てくるのだろうが………
全て、マヨネーズがけだった
「………父は、生前こう言っておりました。毎回の食事にマヨネーズを使う『マヨ・ラー』と呼ばれたかったと………マヨネーズをこの世にもたらした、父らしい言葉です」
貧しい子爵家を、一代で伯爵家へと押し上げた、偉大なる人物だったようだ。苦労があったのか、伯爵の地位を得て、時をおかずに亡くなったらしい。
前世が日本人であるレックは、愛想笑いを決め込んだ。そうでなければ、ツッコミで忙しいはずだ。
『マヨラー』だよな、それ。
死因は、『マヨラー』だよな――と
口にしないレックは、わきまえていた。
首を、ちょんぱされたくないからだ。
「『マヨネーズ伯爵』と呼ばれた父は、元々は商業ギルドに所属していた、専属冒険者だったといいます。ある日、護衛の仕事で命の危機に陥り、あなたのように覚醒したのでしょうな。その後はマヨネーズの再現に人生をかけ、ついには貧しい子爵家の婿養子として――」
『マヨネーズ伯爵』から、バルマスの歴史を説明されながら、レックは誓った。
明日は、健康に良い食事をしようと。
野菜スープか、野菜たっぷりのおかゆだと。コレステロールをたっぷりの食事のあとは、健康的な食事にしようと。
「偉大なる、『マヨ・ラー』になることが、父の最期の願い。せめて、転生した日本人の皆様には、精一杯のマヨネーズを味わっていただきたいと――」
何で、マヨネーズなのだ――
レックは、心で叫んだ。
分かっている『マヨネーズ伯爵』だからだ。自慢したかったのだ。
故郷を日本に持つ転生者への気遣い、応援の気持ちもあるのだろうが、自慢したかったのだと、レックは感じた。
オレは、やった――と。
「ちなみに、普段のお食事は………」
「一品は、マヨネーズを入れるようにしております。基本的に、前菜かメインディッシュですね、本日は――」
料理は、全ておいしかった。
流通がしっかりとしているのだろう、干したホタテを使ったマヨネーズのサラダを前菜に、マヨネーズのマカロニグラタン、パンはマヨネーズをご自分で、香草らしきものがマヨネーズに混ぜてある。全てのマヨネーズは、マヨネーズの豊かな風味でありながら、微妙に触感や風味、香りが異なって、飽きることはない。
こんな食事を続けていれば、間違いなくメタボになるだろう。これは命の危険といっても過言ではない、マヨネーズの誘惑だ。
「最後に、デザートでございます――」
ゴリラが、料理を運んできた。執事の役割もあるらしい。ボディーガードもかねていれば、ゴリラと間違える、上半身がバケモノも納得だ。隣に料理を運んでくるだけで、緊張を強いられるゴリラだった。
お皿が、新たに追加された。前菜のホタテ貝のサラダにマヨネーズを混ぜた一口めは、おいしかった。レックの人生では知らない味で、前世の日本人の知識としても、驚きだった。この手の世界では、海辺でなければ味わうことが出来ない味なのだ。
お高いだろうが、懐かしい味が、うれしかった。
マヨネーズをたっぷり使った、エビのグラタンあたりで、舌が疲れてきた。
しかし、デザートが希望だった。さぁ、どのようなデザートだろう。まさか、パンケーキにマヨネーズをかける暴挙は、なさるまい。
頼むぞ、頼む。
レックの期待は――
「マヨネーズ………ですか?」
「はい、一口サイズのトーストに、マヨネーズと蜂蜜をたっぷりとなじませたデザートでございます。マヨネーズを、たっぷりとでございます」
二度も、言わなくてもいいのです。
レックはにこやかに、にこやかに笑みを浮かべた。せっかくの伯爵のもてなしなのだ、ご機嫌を損ねては、大変なのだ。
ただ、マヨネーズが、ちょっとばかり、多かったのだ。
多かったのだ………
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます