第4話 経験者は、語る
巨大なイノシシが、光に包まれて、消えた。
とりあえず、ローストされた香りは、しばらく森に漂うだろう。イノシシを光に包んだ張本人、レックはため息をついた。
おっさんが、ずっと見ていた。
「ほぉ、さっすが転生者………オレの若い頃より、魔力があるんじゃないか?」
「………どうも」
おっさんの言葉に、レックは微妙な笑みを浮かべていた。あの、見上げるほど巨大なイノシシを、レックは回収したのだ。
アイテムボックスは、あったのだ。
名前の呼び方は様々だが、アイテムボックスでいいだろう。容量は個人の魔力と相性に大きく左右される。そもそも、魔力があれば、魔法を操れるというわけではないのだ。
レックの、数少ない特技だった。
レックが、わずか15歳でリボルバーを手にし、単独で討伐に向かったのは、そういう理由もあったのだ。
ならば、なぜ、ステータス先生に頼ろうとしたのか………
忘れていた、だけだった。
「では――とりあえず、戻ろう」
背後では、おっさんがヘルメットを取っていた。見た目は、どう見ても日本人ではない灰色ヘアーである。むしろ、『中佐殿!』と、敬礼をしたくなるような、渋いおっさんである。愛想が良いため、ついつい、油断しそうになって、大変だ。
隊長さんであることに、違いはないのだから。
「隊長、よろしいので?」
「あぁ、とりあえず、報告は見たほうがいいだろう。少年――レックがアイテムボックスに回収した、現物があるからな………」
「了解」
周囲を警戒するアリ頭と言うか、フルフェイスと言うか、彼らの隊長だった。
再びロープで上っていく特殊部隊員?の皆様に混じって、レックはロープを渡された。無言の圧力に、抵抗できるわけもない。そもそも、レックは冒険者である。ロープでがけを上ったこともあれば、恐れることではない。
緊張を、しているだけだ。
「ぅ――わぁ??」
体が、ロープに引き上げられた。本当に、ファンタジーらしくない、ロープが上空へと引き上げられ、ヘリポットのすぐ入り口だ。
魚釣りで、吊り上げられる魚の気分だ。
そんなレックの気分は、だれも気にしない。気付けば、おっさんが最後にいて、レックの背中を押す。早く入れという無言の命令に、もちろんレックは従う。
アリ頭をかぶっていて、ちょっと怖かったのは、秘密だ。
ヘリポットに戻ると、おっさんは命じた。
「よし、行けっ」
アリ頭には、ヘッドセットのような役割もあるのだろう。レックには聞こえないが、命令を受けたヘリポットは、ゆっくりと
SF気分なヘリコプター………ではない、ヘリポットから森から目線を移して、レックはおっさんを見上げる。
最初こそ、初めてのヘリポットに興奮し、窓から夜空を見つめていたレックである。だが、あきたのだ
疑問が、よみがえったのだ。
「転生者って、多いの?」
「多いよ?ちょっと思いつく有名どころで『マヨネーズ伯爵』に『ミソ将軍』に『しょうゆ仙人』だろ………」
たしかに――と、レックはうなずく。日本人として生まれれば、当たり前と思う調味料の数々である。それを、この世界で再現した先人達と言うことだ。
それは、チートである。
さぞ、
ぜひ、あやかりたいものだ。
「言っとくけどな、転生者なら、誰でも偉人になれるわけじゃないからな………オレも含めてよぅ?」
「………夢、壊さないでくださいよ………っていうか、チートの一つくらい、なかったんすか?誰も知らない料理とか、内政チートとか、あと、魔法も………」
お約束だ。
転生した主人公には、お約束のチートの数々である。内政チートについては、かなりの時間が必要だと思うが………実行して、効果が現れるまで、実際には数年単位だろう。
膨大な知識も、必要だ。
だが、料理なら?
ならば、魔法なら?
少なくとも、前世の記憶を思い出しただけで、魔力が跳ね上がったのだ。ステータス先生のご協力を仰ぐことは出来ないが、何らかの特殊能力、スキルがあってほしい。
チートを、させてくれと。
レックは期待を込めて、おっさんの反応を待つ。見た目はおっさんだが、中身の前世はいったい、何歳なのだろうか。
おっさん+おっさん=じいさん
こんな方程式が頭に浮かび、笑いそうになった。そのタイミングで、おっさんは口を開く。
「だから………ないぞ?」
「………へ?」
何気ない返答に、マヌケな声が出てしまった。『マヨネーズ伯爵』やら『ミソ将軍』やら『しょうゆ仙人』がいるではないか。彼ら先人たちは、やらかしたではないか。
転生者の特権として、なにかあってこその、偉業ではないのか。
疑問が顔に出ていたのだろう、おっさんが、同情の瞳であった。
「――っていうか、マヨネーズのレシピ、おまえは知ってるか?魔法で勝手にレシピが浮かぶって設定、ないんだぜ?魔法だっておんなじさ、前世が偉大なる魔法使いってことなら、話は違ってくるが………学校で学んだことって、どれだけ覚えてる?」
浪人生の前世が、胸を押さえて、うずくまった。
レックは、無言になった。
そもそも、本格的に農業や政治を学習した人物が転生しない限り、ネット小説のようなチートは不可能だ。
あいにくレックの前世は、その他大勢と言う、モブである。
言い方としては、ザコである。
「勉強………ちゃんとしておけばなぁ~………せめて、得意料理とかさぁ~」
自分でツッコミを入れて、悲しくなった。成績は中の下、料理はしたことがなく、ゲームの知識は、そのゲームにしか通用しない。そんな前世の知識で、どのようにチートをすればよいのかと………
おっさんは、窓の外を見つめた。
レックも、
「まぁ、転生した初日だしな………改めて、この世界を見て回ればいい。あのイノシシのモンスターの報酬で、しばらく余裕もあるだろう?」
独り言のようなセリフに、レックはうなずく。
窓越しにレックの返事を見て、おっさんは続けた。
「前世に引っ張られるやつもいるが、あくまで、前世だ。そのあたりは、間違えないようにすればいい………使命があるはずだと、今の暮らしをないがしろにしなきゃ、な――」
どこか遠くを見つめているが、それが、おっさんが経験した昔の出来事であることは、さすがのレックも分かってしまう。人生経験が浅くとも、分かる。
転生者になったと喜んで、ややSFだと驚いて………だが、この世界で生きている自分は、いったい、誰なのだろう。
レックは、おっさんとともに、遠くを見つめていた。
レックは、前世の浪人生なのか、記憶の混乱に振り回されるのか、それとも………
旅立った町が、見えてきた――
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